第47話 結と水着 前編
夏休みに突入した。
長い長い休みの中で俺達学生の休息を妨げる最も大きな障害となるのが宿題である。
やっとの思いで補習を免れたというのに、結局我々は勉学の呪縛から解き放たれることはなかった。
後半に思いっきりダラダラしようと考えた俺は終わらせることが可能な宿題を早急に済ませようと計画していた。
しかし。
夏休み初日。
俺はリビングで寝転がりながら、ぼーっと天井を眺めていた。
テーブルの上には広げられた宿題。しかし数問解いただけでそれから進んではいない。
宿題と向き合ってから既に一時間は経過しているので、経過時間と解いた問題数が比例していない。
部屋の中はエアコンが効いていてわりと涼しい。なので暑いからやる気が出ないという言い訳はできない。
昼飯も食べたし、睡眠時間もしっかり取った。何においても決して悪くないコンディションにも関わらず宿題は一向に進まない。
つまり、極論を言うとシンプルに集中できない。やる気が出ない。モチベーションが持続しない。
「あー、怠い」
まあ初日だしな。
明日に今日の分をやればまだまだ挽回できるだろ。
そうだな、夏休み前に作った計画表を早々に狂わせることになるけど大丈夫だ。
リスケというやつだ。
「暇だな」
といっても、特にすることはない。
限りない自由を与えられ、何でもできる状況に陥るとそれはそれで持て余す。
そういう意味では、宿題というのはある種夏休みを存分に楽しむためのスパイスなのかもしれない。
そんな考えに至ったところで、宿題と向き合う気持ちは湧いてこないが。
そんな時だった。
スマホがヴヴヴと震える。
突然音がすると驚くので俺は基本的にマナーモードに設定している。だから遠くにあると結構気づかないことが多い。
誰からかと見てみると結からのメッセージだった。
『合宿の買い出し一緒に行こ?』
買い出しか。
別に何か買い揃えなければならないものはないと思う。だからきっと荷物持ち要員だろう。
まあ、暇を持て余していたしちょうどいいか。散歩がてら外に出るとしよう。
俺は結に了承の返事を送る。
するとすぐに返信がきた。開いて見てみると『それじゃあ玄関開けてもらってもいいかな?』と書かれていた。
俺は溜め息をつきながら玄関に行きドアを開ける。
「……ライン送る場所間違えてるだろ」
「ん?」
「俺が用事あったらどうしてたんだよ?」
結果的に暇だったわけだけれど。
「んー、それなら日を改めてたかな」
「別に一人で行けばよくない?」
「こーくんと行きたいの。察してよ、ばか」
むう、と頬を膨らませる結を家の中に入れる。といっても準備に時間はかからないのですぐに家を出発した。
「それで、どこに行くんだ?」
この辺だといろいろ買うなら駅前の商店街しかない。大きめのショッピングモールに行くなら電車に乗る必要がある。
「んー、商店街でいいかな」
「そっか」
散歩がてらにはちょうどいい距離だな。遠くに行くとなると俺が面倒くさがると思ったのかな。
別に外に出た以上はわりとどこにでも行く所存だけど。近いに越したことはないけどね。
「こーくんは準備してる?」
「いや全く。あんなの前日に適当に済ませばいいだろ」
「その時に何か足りないってなったら困るでしょ?」
「んー、最悪現地で買えばいいしなー」
とはいえ、それは男子の意見だ。いろんなものにこだわりがないのでどうとでもなる。
でも女子はそうもいかないんだよな、よく分からんけど。
「結は何買うんだ?」
「いろいろ買うけど、メインは水着かな」
「水着?」
ああ、そう言えば海に行くんだよな。水着ないと困るか。
白河のやつ、結局水泳の練習にはずっとスク水参加だったけど、まさか合宿もスク水じゃないよな?
さすがに買うよな。
「引っ越しのときに捨てちゃったからないんだよね」
「ちなみにだけど、白河は水着に関して何か言ってた?」
俺の質問があまりにも突拍子もないものだったので、結は不思議そうに首を傾げる。
普通はそうなるか。同級生の水着事情気にするとか気持ち悪いよな。
「んーん、なにも。なんでこーくんが明日香ちゃんの水着を気にするの?」
「え?」
白河の泳ぎの練習に付き合っていたから云々、という理由を伝えると「明日香ちゃんだけずるい! わたしともプール行こ!」となる可能性が少なからずある。
厄介だ。
「いや、深い意味はない」
「深い意味がないのに気にしてるのもどうかと思うけど」
「忘れてくれ」
そんな話をしながら商店街へとやって来た俺と結。相変わらず地元の人だけに愛されているだけあって、人が少ない。
ゆっくり買い物するにはもってこいの場所だな。
「とりあえず水着見に行っていい?」
「それ俺も行くべきなの?」
「もちでしょ。行かない理由を教えてほしい」
普通に恥ずかしいだろ。
女の子が一緒であっても、女性用の水着売り場に足を運ぶとか気が引ける。
あ、でもそうか、ここは商店街だから人いないんだ。いてもその辺のおばちゃんだよな。
「それならさっさと行こうぜ」
結の案内でお店に到着する。
俺のイメージでは水着って男物も女物も一緒に売ってるもんなんだよ。その辺に一緒に浮き輪とか置いたりして。
「……なにこれ」
しかし。
結の案内でやって来たお店は完全にレディースショップだった。男物は一切なく、店内のほとんどは水着でその他には日焼け止めやアウトドアのケア商品。
完全に女性に向けたお店だ。
案の定、中にいるのもほぼ女性。
「さ、入ろ?」
「入れるか!」
さすがにツッコんだ。
もっとフランクに入れる場所想像してたのに。こんなんだと知ってたら最初から来てない。
「なんで?」
「振り返ってみろよ。理由が明らかだから」
俺の言うとおりに振り返ってみる結だが、再びこちらを向いたときにはきょとん顔だった。
何で分かんねえんだよ。
「女子しかいないだろ!?」
「え、いるよ?」
確かに数人いるけど。
あれ、明らかに恋人だろ。めちゃくちゃイチャイチャしてるもん。明らかだと思えるくらいに恋人だもん。
「あれはカップルだろ」
「カップルじゃなくても入れるよ?」
「空気感の問題なの。耐えきれないの、その空気に」
「じゃあわたしとイチャイチャしながら入ろうよ」
「それはそれで恥ずかしいわ」
平気でそんな提案してくるなよ。
俺は呆れながら肩を落とす。
「えー、じゃあわたしのこーくんと水着選ぶ計画が遂行できないよ?」
「とにかく、俺はこの店には入らん!」
「わたしはこーくんに水着選んでもらうまで帰らないよ!」
なぜそこで張り合ってくるんだ。
結は店の前からてこでも動かないと言わんばかりに腕を組んで仁王立ちをする。
「なら放って帰るぞ?」
「こーくんはそんなことしないもん」
「……するよ」
「しないよ」
こいつ結構頑固なところあるからなあ。
わがままな部分と相まって、面倒くさい展開になることもある。
今までも思い返すと強引に巻き込まれたことは多々あった。
そう。
最後に折れるのは結局俺なのだ。
「店を変えよう。それなら付き合ってやる」
それが妥協点だった。
この店にはやはり入れない。入る度胸が俺にはない。
俺が諦めたように言うと、結はしゅんとしていた顔をぱあっと明るくさせた。
「ありがと、こーくんっ」
そうして、俺達はお店を変えることにした。
その後知ったけど、商店街にはそこ以外に水着を買えるお店はなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます