第22話 【幸せ結び編⑥】映画を観よう


 家の中にほのかなシャンプーの香りが漂う。同じシャンプーを使っているというのに、なにがここまで違いを起こさせるのだろうか。

 昨日と同様に風呂上がりの結には俺のシャツを貸している。結の後に風呂に入り、リビングに戻ると結はカップに注いだホットミルクを飲んでいた。


「こーくんもいる?」


「ああ、じゃあ貰おうかな」


 はーい、と優しい返事をして結はパタパタとキッチンに行って準備を進める。

 明日は土曜日だ。

 ということは、つまりそれなりに夜更しをしても許される日なのである。

 こんな言い方をするとこの後めちゃくちゃイチャイチャする展開が待っているように聞こえるかもしれないが、健全な男の子なのでそんなことはない。


「どうぞ」


「サンキュー」


 そして、結はソファに座る俺の横に腰掛ける。肩が触れ合うほど近すぎず、かといって明らかな距離を感じるほど遠くない。二人で座るのにちょうどいい位置に座る。


「それで、何を観るの?」


「とりあえず結が選んだの観るか」


 今日は早々に食事と風呂を済まし、映画の鑑賞会を行う。といっても、俺が観たいだけで結は隣で付き合えるだけ付き合うというスタンスだけど。

 それを決めたのが放課後で、実は蔦屋でDVDを借りてきていたのだ。


 俺は実は映画鑑賞を趣味としており劇場に足を運ぶことはもちろんだが、こうして旧作を観たりすることが多い。

 蔦屋では顔を覚えられる程度には常連となってしまった。


「結はこれ観たことあるのか?」


「んーん、ないよ。せっかくだから観たことないのにしようかなと思って面白そうなのを選んだ」


「チャレンジャーだな。まあ、そういう気持ちが、隠れた名作と出会うのには必要だったりするもんな」


 言いながら、俺はプレイヤーにDVDをセットする。パッケージはなくクリアケースだけなので内容や雰囲気は伺えない。

 タイトルは『ストラディバリウスの憂鬱』というものらしい。結のことだから恋愛絡みのものだとは思うけど、タイトルだけではどうにも予想できない。


「なんでこれ選んだの?」


 セットを終えてソファに戻りながら尋ねると、結は一瞬口をへの字に歪める。


「んー、何となくパッケージとあらすじを見て面白そうだなと思ったの。深い意味はないよ」


 一応あらすじとかは見たのか。そりゃそうだよな、そんな直感任せに選ぶような性格してないだろうし。


 内容としてはガッツリの恋愛ものというよりは青春ラブストーリーといったところだろうか。

 高校の吹奏楽部をメインとしたストーリーで、主人公とヒロインが恋愛する。

 面白くなくはない。けれど、特別傑作かと言われるとそうでもない。つまらなくはないので問題なく観れるがリピートはないかな。

 そんな感じ。


「何というか、普通だったね」


「お前もそういう感想なのか」


 一応選んだ結に気を遣って本音では話すまいと思っていたが、どうやら結も同じような感想を抱いたようだ。


「うん、まあ。感想が似ているということは感性が近いということだし、相性いいのかもしれないね」


「こじつけ方が無理やりすぎて清々しいな」


 観ていたものの片付けと次の準備をする。次は俺が選んだアクションヒーロー系の映画だ。


「こーくんは恋愛もの嫌い?」


「別に嫌いってほどじゃない。ただ、病気だ何だっていう題材のお涙頂戴が目に浮かぶ作品は好きじゃないけどな」


「そっかあ」


「恋愛ものじゃなくても恋愛要素を盛り込む作品は多いだろ。この映画も主人公とヒロインがそれっぽい雰囲気は出すし、男と女が出れば恋愛感情はだいたいの作品が語ってる気がするけどな」


 これは不思議な力を得た普通のサラリーマンが地球を侵略しようと襲いかかってくる敵を退治する、という感じの作品。

 アメコミとかの雰囲気に近いのだろう。あのレーベルが出す映画は基本的にハズレないし、このヒーローもいずれオールスター作品に出演するのかもしれない。


「こーくんはアクション系が好きなんだよね」


「そうだな。別にジャンルで観ず嫌いとかはしないけど、特に好きなのはアクションだな」


「わたしあんまり観ないから楽しみだなあ」


「評価も高いし、つまらないってことはないと思うぞ。まあどう思うかは結局その人次第だから参考程度って感じだけど」


 開幕から戦闘シーンだった。

 既に主人公は力を得ており、自分よりも何倍もある大きい体の敵と戦っている。

 そして敵を倒したところで、力を得るまでの回想が始まる。あれだけの人間離れした力をどう得るのか、というのは一つの見どころなのかもしれない。


「結は苦手な作品あんの?」


「んー、ホラー映画はあまり観ないかな。あと血がドバドバ出るのとかは好きになれないかも」


「スプラッタ映画とかがダメなのか。俺もあんまり得意じゃないけどな、さのシーンに大きな意味があるならいいけど、こうしとけばグロいでしょくらいなら入れないでほしい」


「怖いのは大丈夫なの?」


「まあ、それなりに。驚いたりはするけど、観れないことはないかな。たまにむしょうに観たくなるときもある」


「おばけとか嫌だな」


「そういや肝試しとかも嫌がってたな」


 小学生の時の催しで何度かすることがあったが、わりとガチめに嫌がっていたもんなあ。

 参加することになればちょっと痛いくらいに腕を掴まれていた記憶がある。


 そんな雑談を交わしながら映画を観勧めていたが、中々に面白い作品だった。

 最初の戦闘シーンで心を掴み、力を得るところは主人公の境遇もあって鳥肌が立ち、中盤はコメディシーンを入れつつヒロインとの仲を深め、クライマックスは手に汗握る興奮の展開、ラストは感動の結末。

 後半は結も魅入っていたので楽しんでもらえただろう。評価通り、いい作品だった。


 映画二本を見終えた時点で時間は夜の一一時を回っていた。明日が学校ならそろそろ寝ないと日中がしんどいので布団に入るが、何といっても明日は土曜日だ。

 ここで寝てはもったいない。


「俺はもう一本観るけど、どうする? もう寝るか?」


 聞かないと延々と付き合ってくれそうなので一応聞いておこう。結は少し考えてから俺の方を見てにこりと笑う。


「まだ眠たくないから、わたしも観よっかな」


「無理すんなよ。別に観たくないならあっちでダラダラしててもいいからな」


「うん、ありがと。でも大丈夫だよ、楽しんでるから」


 ならいいけど、と思いながら俺は三枚目のDVDをセットする。

 この作品は評価は良くもあり悪くもあるという、観る人を選ぶ作品だ。ジャンルも何と言えばいいのか悩ましいところらしく、一応アクションのゾーンに置かれていた。

 暗い雰囲気で始まったその作品の冒頭は何だかおどろおどろしく、こちらの恐怖心を煽るものだった。


 そして。

 結論から言うと結構なホラー作品だった。グロいというよりはホラー寄りで、観るのを止めることはなかった。

 というより、ホラーなくせに内容が面白いせいで止めようと思えなかったのだ。

 ホラー嫌いな結でさえ、体を震わせながら薄目で見たりして、ちゃんと最後まで観切ったのだ。

 それだけ、内容は面白かったということだろう。

 まあ、物語が進むに連れ俺との距離は縮まり最終的には腕をガッチリホールドされていたのだが。


「大丈夫か?」


「……う、うん」


 あまり大丈夫じゃなさそうな返事だった。

 時間は深夜の二時。いい感じに眠たくなり、寝るにはちょうどいいタイミングだろう。


「いい時間だし、そろそろ寝るか」


「そうだね。おトイレだけ行ってこよ」


 我慢していたのか、結は駆け足でトイレに駆け込んでいった。その間に布団を敷いてしまおうとリビングの整理をする。

 その時だ。


「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!?!?!!?」


 近所迷惑が過ぎる結の叫び声がトイレから聞こえてきた。

 驚いた俺だったが、すぐさまトイレの前まで向かう。


「どうした結、ゴキブリでも出たか?」


 この時間にあんな叫び声が聞こえれば普通は起きる。明日クレームが入ったら誠心誠意謝るとしよう。


「で」


「で?」


 カチャリ、とゆっくりドアが開かれる。頭だけを覗かせた結の顔は半泣き……いやもう泣き顔だった。


「どうした」


「だ、ダメ! 入ってこないでっ」


「……あ、ああ悪い」


 トイレしてたわけだし、そのままならば下半身出しっぱなしだもんな。これは俺がデリカシーなかった。


「んで、どうしたんだよ? やべえくらいの近所迷惑だったぞ」


「電気が突然消えたの」


「電気? 電球が切れたのかな。久しく変えてなかったし、そういうこともあるだろ」


「もうちょっとタイミングを考えてよ! 言っておくけど、あとちょっと早かったらわたしお漏らし確定だったよ!?」


「……女の子がお漏らしとか言うなよ」


 俺が言ったら怒るくせに。

 そんなことが気にならないくらいにテンパっているのは伺える。ホラー映画観た後にそんなことになれば、さすがの俺でも声を出すだろうし。

 災難だったな。


「仕方ないから、そこにいてもらっていいかな?」


「なんで?」


「何となく!」


「……はい」


 逆らわないでおこう。

 再びトイレに戻っていった結は少しして出てきた。何故かムスッとした顔をしているが、俺は悪くないだろうと自分の行動を遡っていた。

 布団を敷き終え、俺と結は別れる。結はリビングで、俺はいつも通り寝室で寝る。


「……」


 目を瞑る。

 時間が時間だし、程よく疲れているので今日はぐっすり眠れそうだ。

 睡魔が襲ってきて、意識が落ちようとしている。


 ―――。


 何か音がした。

 俺は目を開く。気のせいだったろうか? そう思えば確かに気のせいだったようにも感じる。

 何より、確認のために布団から出るのが億劫だ。

 寝よう。


 ―――ん。


「……なんだよ」

 

 今度は微かに声がした。気のせいで片付けるには聞こえすぎていた。

 リビングと繋がるふすまの奥から聞こえてきたところから考えると、その発生源は結だろう。


「……こーくん?」


「なんだ?」


 ゆっくりと体を起こしふすまの方に歩いて行きながら、今度はしっかり聞こえた結の声に返事をする。



「……一緒に寝てもいい、かな?」



 瞬間、俺の体はピタリと止まった。

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