第39話 一刻も早く

 ヒューゴさんの店を出てから走り続けてるけど、まだダンジョンの入り口は見えない。

 早く、見つけないといけないのに。


「そうすれば、フォルテちゃんひとりぼっちで泣かなくてよくなるでしょ!?」


 ……なんで、リグレの言葉を思い出すかな。

 別に、一人だからって、泣いたりなんてしないのに。

 今までだって、一人でいることが普通だったんだから。



 でも―― 



「それじゃあ、ちゃんと『ごめんなさい』して、仲直りしなきゃ」


「よかったね! フォルテちゃん!」


 

 ――リグレのおかげで、諦めていた人間関係を改善できた。



 それに、僕のことを温かく迎えてくれる場所もできた。

 

 ……ああ、もう。

 今は、感傷的になってる場合じゃないのに。

 

 早く、リグレのところに……、ん? 道の脇に見えるあの看板は……。

 えーと、「この先ダンジョン。許可のない方の立ち入りは禁止します」、か。

 よし、あと少しだ。


 有刺鉄線でできた簡易的な柵を跳び越えて、看板の側の林道に入り、ダンジョンの入り口までたどり着いた。

 巨大な大理石をくりぬいて作ったアーチ状の入り口から、地下に続く階段が見える。

 リグレの姿はないけど、林道に子供の足跡があった。

 それに、ダンジョンの内部の灯りもついてるから、中にいることは間違いないだろう

 まったく、攻略後とはいえ、もっと厳重に管理してくれればいいのに……。

 いや、今は文句を言ってないで、早く中に入ろう。



 階段を下り、開けた場所に出て、また階段を下り、再び開けた場所に出て、さらに階段を下る。



 同じような景色の繰り返しで、どこまで下ったのか分からなくなって――



  カラン


「うわっ!?」



 ――不意に、何かに足を取られた。



 急いでるっていうのに、一体なんなんだ……、うわっ!?



 これ……、小型モンスターの骨だ……。



 マルスたちが退治して、放置したものが白骨化したのか?

 まさか、攻略が不完全で生き残ってたモンスターが、餓死なり、病死なりしたあとなんじゃ?

 だとしたら、まだ生き残りがいるかも……。

 いや、そんなこと気にしてないで、先に進もう。


 早く、リグレを見つけなきゃ。


「私もね! たくさん練習して、たくさん強くなって」


 そうだ。

 覚えてもらいたいことは、まだまだあるんだ。


「それで、フォルテちゃんと一緒にダンジョン探索にいくの!」

 

 ……そのためには、しっかりダンジョン探索者の免許を取ってもらわないとな。


「フォルテちゃんを守るの!」


 ……ははは。

 なら、そんなことができるくらい、強くなってもらおうじゃないか。 

 だから、こんなところからさっさと帰って、今日の授業をしないと。



「フォルテちゃんがいなくなったら、私いやだもん!」


 

 僕だって、弟子にいなくなられるなんて、ごめんなんだから。

 

 

 何度目かの階段を下りて、何度目かの広間に出た。



 その奥には、ヤギの頭をした巨人の石像と――



「よーし……、今日こそキラキラのところまで登るぞー……」



 ――それによじ登ろうとするリグレの姿があった。



 よかった……。特になにごともなかったみたいだ。

 でも……。


「リグレ!!」


「わっ!?」


 リグレはよじ登ろうとするのをやめて、小さく跳びはねた。それから、こっちに振り返って、目を見開いた。


「フォルテちゃん! こんなところで、何してるの!?」


「それは、こっちのセリフだ! 一人で、こんなところに来たら危ないだろ!」


「ふぇっ……」


 短い声が上がり、目がキョロキョロと泳ぎ出す。


「だって……、フォルテちゃんに、プレゼントあげたかったから……」


「だってじゃない! ダンジョン跡地に入ったりしたら……、下手したら怪我どころじゃ済まないんだぞ!」


「うー……」


 いつの間にか、目には涙がたまってる。

 ちょっと、キツく叱りすぎたかな……。


「……怒鳴って悪かった。でも、ダンジョン跡地は本当に危ないから、一人で来たりしたらだめだよ」


「うん、分かった……」


「分かってくれたんなら、それでいいよ。ほら、もう帰ろう」


「でも……、まだ、フォルテちゃんにあげるキラキラ、取ってないから……」


「キラキラ?」


「うん。ほら、あれ……」


 リグレの指さした先には、石像の目にはめられた、赤銅色の宝石があった。


 ん……?

 なんだか、ものすごく強力な魔力を感じる。

 あれって、もしかして……。



 間違いない。

 このダンジョンの核だ。

 ということは、今は動かないみたいだけど、あの石像がここの主か。



 あいつら……、本当に適当に処理してくれて……。



「フォルテちゃん、どうしたの?」


「……リグレ、あの宝石はすごく危ないものだから、下手に刺激しちゃだめだ」


「えっ!? そうなの!?」


「ああ。ひとまず、ここから出て、役所とかに報告を……」




「グォォォォォオォォォォォ!」



「うわっ!?」


「きゃっ!?」


 突然、石像が雄叫びを上げた。


  ミシッ、ミシッ


 しかも、動き出そうとしてる。

 これは、本当にまずい……。



「リグレ、今すぐここから出て、誰か街の人にこのことを報告してくれ」


「わ、分かった! フォルテちゃんも、一緒に……」


「僕はここに残る。あいつを足止めしないといけないから」


「え!? で、でも……」


「いいから、早く行け!」


「ふぇっ……」


 またしても、リグレが目に涙を浮かべる。


「……僕なら、大丈夫。リグレが強くなって一緒にダンジョン探索にいけるようになるまで、絶対に死なないから」


「……! 本当に?」


「ああ、約束する。だから、早く逃げてくれ」


「……分かった。約束、絶対に守ってね!」


「分かった」


 リグレは目をぬぐって、階段を駆け上っていった。

 

「グルルルルルルルル……」


 石像は広間の中央まで移動して、うなり声を上げた。

 赤銅色の目が、階段の方に向けられる。

 ……狙いは、リグレか。


「東をつかさどるものよ……」


「グォ……」


 詠唱を始めると、石像が小さく声を漏らした。


「……お前の相手は、この僕だ。バケモノ」


「グルルルルルルルルル……」


 石像がうなり声とともに、殺気のこもった目をこっちに向ける。


 アイツがどんなモンスターなのかは、全く分からない。

 でも、せめて、リグレがここを出るくらいの時間は、稼ごう。

 絶対に。

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