第21話 だって、知らなかったから……
薄暗い部屋の中、マリアンさんは何度目かも分からないため息を吐いた。
「本当に、君が勘違いしていたように、ベルムが痛みを無効化する系統の固有スキルを持っていれば良かったのに」
「あの、それならベルムさんの固有スキルは、一体……?」
「絶対説得、よ」
「絶対説得?」
「そ、絶対説得。一日一回、どんな説得にも成功するっていう、非戦闘系のレアなスキルよ」
「そう、だったんですか」
ベルムさんの固有スキルが、戦闘とは全く関係ないものだったなんて……。
あれ? でも、もしその話が本当なら……。
「……何か言いたそうな顔ね?」
「あの……、その固有スキルがあるのなら、それこそ交渉に適任なんじゃないんですか? ほら、王様に使うとか……」
「まったく、よくそんな言葉が吐けるわね」
マリアンさんは眉を軽く寄せて、腕を組みながら今までで一番大きなため息を吐いた。
「魔術や対人系の固有スキルを王族に向けることは、禁じられてるでしょう?」
「あ……、そう、でしたね……」
「そうよ。そんな自分はおろか、場合によってはパーティー全体が罰せられる可能性があること、ベルムがするわけないでしょ」
「そうですか……」
「それに、ことあるごとにルクスが、自分がいるからいけない、的なことを言ってパーティーを抜けようとしてたらしくてね。それを引き止めるのに、スキルを使っちゃってたことがほとんどだったそうよ」
「それは……、知りませんでした……。でも、それなら……」
「それなら?」
「あの、ベルムさんはなんで、王宮との交渉を一人で担当していたんですか?」
痛みを無効化できない、交渉に有利なスキルが使えるわけじゃない、それなのになんで……。
「そうね……、そういえば、君って前にパーティーをクビになったんですってね?」
「え、ああ、はい。でも、なんで知ってるんですか?」
「ベルムがね、クビにはしたんだけど、ちょっと気にかかってる子がいるって言ってたから」
ベルムさんが僕を気にかけてくれていた?
「話を戻すけど、ギルドに失業保険をもらいにいったとき、いつから支払われるって言われた?」
「あ、えーと、一週間後って言われましたが……」
「そう。本当ならね、パーティーの掟を破って懲戒解雇になった場合、支給は三ヶ月後からなのよ」
「え、さ、三ヶ月後……?」
「そ、でもね、ベルムがパーティー都合の解雇として手続きしたから、待機期間が一週間で済んだのよ」
「それは、なんで……」
「クビにした人間が路頭に迷わないように、に決まってるでしょ。でも、通常の解雇として手続きをすると、ギルドから出るメンバーの基本給を保障するための補助金が、打ち切られるのよ」
「え……? じゃあ、ベルムさんのパーティーは、依頼がないときでも一定の金額をメンバーに払うルールになってたから……」
「ええ。補助金を打ち切られるっていうのは、結構な死活問題なのよ」
「そう、ですよね……」
「まあ、私がいたころはそれでも、なんとかなってたんだけどね。ルクスから聞いた話だと、当時の最難関ダンジョンを攻略して、私とヒューゴが抜けたあたりから、最強パーティーなんて評判につられて入隊するやつが増えたらしくてね」
「それで、増えたメンバーの給料分の資金を用意するため、報酬の高い王宮からの依頼に……」
そういえば、ソベリさんもそんなことを言っていたっけ……。
「そう。しがみつかざるを得なかったのよ。ただ、そのおかげで王宮御用達っていう評判までついてしまったから、ますます入隊するやつが増えた」
マリアンさんはそこで言葉を止めると、腕を組んで薬ビンの入った棚に寄りかかった。
「増えたのがまともややつだけなら、解雇することもないし、そのうち補助金も出るようになったんでしょうね。でも、実際は腕は確かでも王都最強パーティーで名を上げようとしたり、ベルムに認められようとしたりで、無茶な戦い方をして規則を破るやつも多かったそうじゃない?」
不意に、マリアンさんが冷ややかな目をこちらに向ける。
「ちょうど、君、みたいにね」
「僕、みたいに?」
「あら、違ったの? ベルムがクビにするのは、パーティーの規則を破ったやつだけのはずだけど?」
……確かに、ずっと憧れてたベルムさんに認めてもらいたい、という気持ちで焦ってはいた。
でも、僕は、僕にしかできない戦い方をしただけで、規則を破ってなんて――
自分が死んだりせず
仲間も死なせないことが
このパーティーの掟なんだよ
――ああ、そうだ、そんなことを言っていたかもしれない。
「どうやら、図星みたいね」
マリアンさんが、もたれかかっていた棚から起き上がる。
「さっきも言ったけど、ベルムは君のことを結構気にかけてたのよね。私にも『周りに上手くなじめないうえに規則を破ってクビにした新人がいる。でも、魔術の腕は確かだから、どこかで安全な戦い方を覚えて、一人前のダンジョン探索者になってほしい』なんて話をしてくれるくらいには。まあそうは言っても、うちの掟を破って解雇されるような無謀な子は、他のパーティーからも敬遠されるから、難しい話でしょうけど」
ベルムさんが、僕のことを認めてくれていた……。
「あと、あいつは騙されやすいみたいだから心配だ、とも言ってたわよ。王都にいたころは、いざとなれば助けられたけど、今じゃそれもできないからって」
いざとなれば助けられた?
それじゃあ、魔の森にベルムさんがいたのは、偶然じゃなくて……。
「そこまで、自分のことを心配してくれていた相手に、酷い目にあう状況に戻らざるをえないような話をした気分はどう? ざまぁみろ、とでも思った?」
そんなこと言われても、僕は何も知らなかったんだ……。
それに……。
「そこまでは思いませんが……、リーダーなら、メンバーのために命がけで頑張るのは、当たり前なんじゃないですか?」
「ああ、そう」
マリアンさんの顔に、あきれたような笑顔が浮かぶ。
「それなら、君は誰かのために命がけで頑張ったことがあるの? 当たり前のことなんでしょ?」
「それは……」
だって、僕はまだ、責任のある立場じゃないし……。
「……別に、自分のためだけに生きることが、悪いことだとは言わないわ。でもね、自分ができもしないことを当たり前だなんて、言わない方が良いと思うわよ」
マリアンさんがあきれた表情のまま、近づいてくる。
「さてと、そろそろ呪いの解除が終わったはずだけど……、どう? 外せそう?」
「あ……、えーと……」
首輪の留め具に手をかけると、今までが嘘のように簡単に外すことができた。
「外せ、ました」
「良かったわね。あ、そうそう、偉そうなことを言っておいてなんだけど……、ベルムのことについては、気づかないで放っておいた私も、他のやつらと同罪だと思ってるの」
「そう、ですか……」
「そう。それでね、ベルムがこれから穏やかに暮らしていけるように力を尽くすのが、私にできる一番のつぐないだと思ってるのよ」
目の前の顔に、険しい表情が浮かぶ。
「だから、今回は見逃してあげるけど、ソベリや他のヤツらにベルムがここに居ることを教えるようなことをしたら、罪に問われない方法で君を追い詰めることになるわ。さすが、命までは取らないけどね」
……命を取られた方がマシと思うような目にあわせる、と言いたげな表情だ。
「……分かりました。他の人には、絶対に教えません」
「そう、分かってくれて嬉しいわ」
マリアンさんは、目を細めて穏やかに微笑んだ。
嬉しいわもなにも、拒否させるつもりなんて、ないんじゃないか……。
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