第13話 まあ、僕は有能だからね

 その後、ソベリさんと一緒にパーティーの事務所に移動して、応接室へ通された。


「今、お茶を持ってきますから」


「あ、はい。ありがとうございます」


「いえいえ」


 ソベリさんは軽く頭を下げて、部屋を出ていった。

 さて、今のうちに、断るときのセリフを考えておこうかな。


 僕は必要ないんじゃなかったんですか?


 うーん、ちょっと、ありきたりな気がするな……。


 ふーん、でも、僕にはもう関係ありませんから。


 これだと、さっぱりしすぎか……。


 切り捨てた相手に頼らないといけないなんて、無様ですね。


 ……うん。これにしよう。

 ベルムさんたちの悔しそうな顔、早く見たいなぁ……。


  ガチャッ


 お、さっそくおでましか……、え?


「お待たせしました。フォルテ君」


 扉から出てきたのは、お茶を乗せたおぼんを持ったソベリさんだけだった。

 ベルムさんは遅れてくるんだろうか?


 でも、お茶を置き終わって席についても、扉が開くどころか近づいてくる足音すら聞こえない。


「さっそくお話を……、ん? なにか、気になることでもありましたか?」


「あ、えーと……、相談事なら、ベルムさんも同席した方がいいんじゃないかな、と」


「ああ、そのことですか」


 うんざりした表情の顔から、深いため息がこぼれる。

 

「彼はですね、先日辞めたんですよ。このパーティーを」


「あ、そうだったんですか……、えぇ!?」


 ベルムさんが、パーティーを辞めた?


「はい、そうです。しかも、ルクスさんまで、一緒になってね」


 あの二人が、そろって辞めるなんて、そんな……。


「信じられませんよね」


「そうですね、にわかには……」


「そうですよね。でも、先日、私の机の上にお二人直筆の退職願が、置いてありましたから……」


「そうですか……、でも、一体なんでお二人は辞めてしまったんですか?」


 見る目がなかったとはいえ、ベルムさんは責任感が強い人だったし、ダンジョン探索者であることに誇りを持っていたはず。それに、ルクスさんだって、過大評価されすぎてるところはあるけど弓の腕はたしかだし、過大評価されすぎてるところはあるけどパーティーメンバーの憧れの的だったのに。


「えーと、その、なんといいますか……」


 ソベリさんは眼鏡の位置を戻して、視線を反らした。


「このパーティーは、お二人に少し頼りすぎていた部分があったので、それが原因かと……」


「頼りすぎていた?」


「ええ。たとえば、難関ダンジョンの攻略や危険な大型モンスターの討伐などの高難易度な依頼は、ベルムさんのタンクとしての経験と、ルクスさんの固有スキルが必要なものばかりでした」


「そう、ですか……」


「はい。それに、王から直々に依頼を受けるための交渉は、ベルムさんに任せきりでしたし……」


「そういえば、そうでしたね……」


「だから、お二人の負担はかなりのものだったんでしょう……、だからといってですよ? 急に出ていかれたりしたら、本当に困るんですよ……」


 言葉を続けるうちに、声は弱々しくなっていき、顔が下を向いていく。


「依頼は失敗続きですし……、ベルムたちが辞めたことを正直に伝えたら、国王はお怒りになって、もう二度とうちには依頼を出さないとおっしゃるし……」


 ついには頭を抱えて、泣き出しそうな声になってしまった。

 ……この人も、色々と大変なんだな。


「メンバーへの基本給や各所への費用の支払いは、王宮から受けた依頼の報酬をあてていたのに……、しかも、このパーティーはギルドからの援助金支給の条件も満たすほど、弱小ではないのに……」


 ……うん。

 このまま放っておくと、延々と泣き言が続いて、いつまで経っても本題に入りそうにないな。


「あの、ソベリさん」


「あ、はい。なんでしょうか?」


「それで、僕に折り入って相談したいことというのは、結局なんだったのですか?」


「あ、ああ、そうでしたね」


 そうでしたね、じゃないよまったく。


「実は、フォルテ君に、このパーティーへ戻って来て欲しいのです」


 まあ、予想通りの言葉だ。

 ベルムさんの口から出た言葉じゃないのが、ちょっと残念だったけど……、ソベリさんも僕を辞めさせるのを止めなかったわけだし。


「お断りします。僕は、このパーティーには必要無い、と言われた人間ですから」


「でも、その言葉を言ったのは……、多分、ベルムさんですよね?」


「ええ、まあ、そうですが……」


「それは、ベルムさんが短絡的すぎただけですよ」


 ……たしかに、そうだ。

 僕みたいに有能な人間を一度の失敗だけでクビにしたんだから。


「今のリーダーは私ですので、ベルムさんの言ったことは忘れてください。それに、私は前々から、君のことを評価していたんですよ。特に、その固有スキルとか」


「この、『怯み無効』をですか?」


「はい。そのスキルも使いようによっては、戦闘でかなり役に立ちますし」


 使いようによっては、というところが気にかかるけど、その通りだ。


 僕の固有スキルがあれば、どんな依頼にだって対応でき―― 



「それに、王宮の交渉でも、間違いなく役に立ちますから」



 ――え?


「王宮との、交渉に、ですか?」


「ええ、その通りです」


「え、でも、僕のスキルは戦闘に特化したものなので、交渉の場で緊張しない能力というわけでは……」


「ふふふ、そんなに謙遜しないでください。モンスターの攻撃を受けながらも魔術の詠唱を続けてきた君なら、どんなことにも動じない勇敢さをもっているんでしょ?」


 まあ、たしかに、それもそうだ。

 でも、さすが国王の前では緊張しないことはないだろうし……。


「あ、そうそう、ベルムさんにはフォルテ君が入隊した当時から、交渉に連れていってはどうか、と提案していたんですよ」


「え? ベルムさんに?」


「はい。でも、彼は、それは絶対に認めない、の一点張りで。多分、君が怖じ気づいて使い物にならなくなる、とでも考えた、という可能性がある気がしますね」


 ……あの人は、どれだけ僕のことを見くびれば気が済むんだろう。それなら、結果を残して見返してやらないと。


「分かりました。そのお話、引き受けましょう」


 僕の返事に、眼鏡の奥の目が輝いた。


「本当ですか!?」


「はい。ちょっと緊張するかもしれませんが、できる限りのことはいたします」


「ありがとうございます! 本当に、助かります!」


 ソベリさんはそう言うと、勢いよく頭を下げた。

 ほんの少し恐いけど、僕ならば交渉ごとだって絶対に上手くこなせるはず。

 それに、恐いといったって、テラストリアルワイバーンの群れに噛みつれたときみたいに、命に関わるわけじゃないんだから。

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