第3話 先に教えてよ!

 クビになってから一夜が明けた。


 胃のあたりがなんだか重い……、さすがに飲み過ぎたのかも。

 もう少しだけ横になってたい……、でも、今日はダンジョン探索者ギルドに行かないといけないか。手持ちの金は昨日で使い切ったから、失業保険をもらわないとまずいし。


 まさか、失業保険をもらうことになるなんて、一年前は思ってなかったな。

 ……でも、いいか。

 

 今まで頑張ってきたんだから、しばらくはゆっくり過ごそう――



「それでは、支給は来週になります」


「え?」



 ――と、思っていたのに。

 

 面倒な事務手続きのあと、ギルドの受付嬢が笑顔でとんでもないことを言い放った。


 支給が来週?

 所持金はもう底をついてるのに……。


「それでは、次のかた……」


「あ、あの! 支給ってもう少し早くなりませんか!?」


「申し訳ございません。フォルテさんの場合、大きな怪我も持病もないため、それはいたしかねます」


「そこをなんとか!」


「申し訳ございません。規則ですので」


「もう所持金もないし、食べ物もパン一個しか残っていないんです!」


「申し訳ございません。規則ですので」


 受付嬢の表情はいっさい変わらない。こんなに必死になって、頼んでるのに……。


「他にご質問はございませんか?」


「支給を早める方法を教え……」

「それ以外で」


「……なら、結構です。失礼しました」


「かしこまりました。では、次のかた」


 失業保険がすぐに支給されないなんて、知らなかった。

 リーダーも、教えてくれればよかったのに……。

 ともかく、早く仕事を探しにいかなきゃ。

 


 そんなわけで、求人コーナーに移動して、個人向けの依頼を確認してみたけど――


「畑に生えた毒草の除去」

「庭のゴミ拾い」

「大量発生した羽虫の退治」

「逃げ出した鶏の捜索」

「買い物の手伝い」


 ――貼り出されてるのは、見事にろくでもない依頼ばかりだ。

 

 ダンジョン探索者になるには、厳しい訓練や難しい試験を受けて、免許を取得する必要がある。ダンジョンを攻略して無力化するには魔力、知識……、体力なんかも必要になるから。

 それなのに、ただの便利屋と勘違いしてるやつがかなりいる。

 こんな依頼を受けてしまったら、そういうやつらがまた増長するんだろう。


 やっぱり、個人向けの仕事を探すんじゃなくて、パーティーの求人に応募しよう。きっと、僕ならすぐに採用されるから。


 えーと、このパーティーは三十人規模か……、前の所よりは少し小さいけど、まあ妥協はできるな。

 よし、ここの面接を受けにいこう。




 それから、ギルドで手続きを済ませて、求人元のパーティーに向かった。

 

 事務所に入ると、受付の女性に面接用の部屋に案内された。

 前のパーティーの事務所よりは古くて狭いけど、何だか落ち着く雰囲気があるな。

 壁に掛かっている時計も、かなり古いものだけど、なんだかおもむきがあるし。

 あ、そろそろ面接の時間だ。


  ギィィッ


 扉が軋みながら、ゆっくりと開いた。  

 現れたのは、初老の男性だ。  


「おまたせしました。このパーティーのリーダー、ミティスです」

 

「面接に参りましたフォルテです。今日はよろしくお願いいたします」


「こちらこそよろしくお願いいたします。面接といっても、簡単な質問を少しするだけでなんで、あまり緊張しないでくださいね」


 ミティスさんは、穏やかに微笑んだ。

 こんな人がリーダーのパーティーなら、理不尽な思いはしなくて済みそうだ。それに、給料の前借りにも、応じてくれるだろう。


「えーと、フォルテ君の職業は、魔術師、ということでいいですか?」


「はい。その通りです。ちなみに、固有スキルは『ひるみ無効』です」


「そうなんですか! それは、素晴らしいですね!」


 ……ほら、見る目がある人は、僕のスキルのすごさが分かるんだ。


「それでは、以前所属されていたパーティーと、転職の理由を教えていただけますか?」


「あ、はい。以前は、ベルムさんのパーティーに所属していました」


「えぇ!? そんな大手のパーティーにいらっしゃったんですか!? それは、すごいですね……」


「いやいや、僕なんて末端も末端でしたから」


「それでも、すごいですよ。しかし……、それなら、なぜうちのような弱小パーティーへ転職を?」


「あー、えーと、その、リーダーのベルムさんに、嫌われてしまったみたいで……」


「……え? ベルムさんに、嫌われた?」


 それまで穏やかだった顔の眉間に、突然シワが寄った。

 

 しまった。

 いくら不当な解雇だったとしても、リーダーと上手くいかなかったなんて話はするべきじゃなかったのかも。


「あ、えーと、ベルムさんと一緒にモンスター退治に向かったんですけど、そのときの行動がベルムさんの気に障ったみたいで……」


「はあ……」


「僕としては、考えがあってのことだってんですけど、ベルムさんとしては許せなかったらしくて……」


「……それで?」


「それで……えっと、出ていけ、的なことを言われて、売り言葉に買い言葉みたいなことになってしまい……」


「そうでしたか……」


 どうしよう、ミティスさんの表情が、どんどん沈んでく。

 なんとか、挽回しないと。


「で、でも! そのモンスターにとどめを刺したのは、僕で……」

「……いえ、それ以上のお話は結構です」


 言葉をさえぎって、ミティスさんは深いため息を吐いた。

 これは、多分……。


「ベルムさんのパーティーの方針に疑問がある方は、うちのパーティーに来ていただいても、つまらない思いをさせてしまうと思いますので……」


「……つまり、不採用ですか?」


「……残念ながら」


 向かい合った顔に、苦々しい表情が浮かぶ。

 きっと、リーダー……、ベルムさんに嫌われるような人間を雇うと、諸々の会合とかで不利益になるのだろう。

 それなら、仕方ないか……。


「……分かりました。それでは、僕はこれで失礼いたします」


「はい……、お気をつけて」


 厄介な事態におちいってるみたいだけど、こっちも生活がかかってる。

 なんとかして、ベルムさんの息がかかっていないパーティーに入って、絶対に見返してやるんだ。

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