呪術師としてパーティーに貢献してたのに、裏切られて殺されかけたので呪いで復讐してやる。美人で優しい幼馴染だけは見逃してやろうと思ったけど、今さら告白されたってもう遅い

木村直輝

プロローグ ~報復絶倒~

「……来たぞ!」

 勇者ルクスが叫び、閃光の如く腰の太刀たちを抜く。

「ニャオーン!」

 モンスターたちの咆哮がダンジョンに響き渡る。

 薄暗いダンジョンの内壁、その陰から姿を現した十数匹のモンスターはネコマタだった。

「はぁーァ!」

 ルクスが突き出した太刀の刀身は瞬く間に閃光そのものとなり、跳びかかって来る化け猫、ネコマタの逆立った毛におおわれた皮膚を焼き貫いて心臓を突き抜ける。

 ――我らの道に栄光のあらんことをライトニング・フォワード――!

 辺りに獣の肉が焼ける焦げくさい臭いが漂うが、美しい容姿を勇姿で染め上げたルクスは構うことなく、行く手を阻むネコマタたちを一瞬で突き殺してゆく。

「ルクス! 後ろ!」

 後衛でその戦いを見守っていた美しい女性ルチアが叫ぶ。

「っ!」

 振り向いたルクスの目の前で、今にもその鋭い歯牙を勇者の綺麗な肌に突き立てようと宙に身を投じていたネコマタが、突然、痙攣し右になびく。胴体を横方向から燃える刃が打ち抜いたのだ。

 ――栄光はこの手の中にランプ・グラスプ――!

「ふッ!」

 すかさずルクスは身をひるがえし、失速しながら降りかかってくるネコマタの死骸をかわして、背後に迫っていたネコマタへくれてやる。

「ありがとう、イグニス!」

「ふっ。例には及ばんさ」

 忍者のイグニスは燃えるクナイをふぅっと吹き紫煙をくゆらせると、横目で呪術師のアモールを睨んだ。

「それより、ネコマタたちの動きが早くないか? アモール、ちゃんとデバフとやらをやっているのか?」

「やっ、やってるよ!」

 オドオドと声を張り上げるアモールからもう視線をそらし、イグニスは言った。

「そうか。なら、いいが……」

 そんな二人の様子を、ルチアは不安そうな顔で見ていた。

「はぁーァ!」

 最後のネコマタをルクスの閃光が貫き、ダンジョンには束の間の静寂が戻ってくる。

 ルクスは太刀を鞘に戻し、後衛のパーティーメンバーの方へ駆けて来た。

「お疲れ様、ルクス。ここ、ちょっと血が出てる。待って……、んっ」

 ――“汝の身に栄光のあらんことをサンシャイン・ラブ”――!

 ルクスの傷口に手を添えてルチアが息を漏らすと、たちまちその傷は完治してしまった。

「ありがとう、ルチア。荷物、持つよ」

「……ごめんね、ルクス。ただでさえルクスには負担かけてるのに。あっ、これは大丈夫だってば。軽いから」

 そう言ってルチアは、小さな背負い袋まで持とうとするルクスに微笑んだ。

「せめて、もう一人男手があればいいんだがなぁ」

 絡繰り忍具の手入れをしていたイグニスはそう言うと、アモールを一瞥いちべつしてから皮肉を込めて笑った。

「ああ、アモールは雄々しい・・・・雄々しい・・・・男の子だったか。貧弱すぎて、女が二人いるんだと錯覚していたよ。すまないすまない」

「イグニス……」

 不安そうな面持ちで紅一点のルチアが呟く。

「ああ。悪かったなルチア。別に女を馬鹿にするつもりはないんだ。ただ、俺はコイツが」

「イグニス、今はやめてくれ。いつもごめんな、アモール。アモールもほら、なんだ? デバフ? 頑張ってくれてるよな?」

「……う、うん」

「うん。じゃあ、みんな。気を取り直して、行こうぜ!」

 ルクスが笑顔でそう言うと、パーティーメンバーは再び前を向いて歩き出した。

 それぞれの思惑を、胸に――。





 『ダンジョン』。

 百五十年前の大戦により、一つになっていた世界は再び分裂し、このヘリオス列島で“ダンジョン”という名称はもはや死にかけていた。


 しかし、世界ギルドが残したギルドのシステムはいまだに色濃く残っており、数多あまたの民が今なお徒党パーティーを組んで『黄泉蔵ダンジョン』に潜り生計を立てている。


 ルクスをリーダーとするこのパーティーも、そんなよろずのパーティーの一つであり、カチカチ国の中では指折りのつわもの集団として名を馳せていた。


 “勇者”や“閃光のルクス”とうたわれるリーダーは、その太刀でどんな頑丈な『もののけモンスター』もたちまち仕留めてしまう凄腕の武士であり、そのルックスと相まって多くの民に愛されている。


 そんなルクスの幼馴染であるルチアもまた、絶世の美女でありながらあらゆる傷ややまいをたちまちに癒してしまう陰陽術の使い手であり、“聖女”や“女神”と呼ばれ偶像アイドルの如く崇拝されている。


 さらに、たった一人で悪徳な権力者たちを相手取り戦っていた庶民の人気者、義賊イグニスを迎えてからは、実績も人気もとどまるところを知らず、カチカチに彼らを知らぬ者なしと民の間では評判だった。


 しかし、ルクスとルチアの幼馴染である呪術師のアモールだけは違っていた。冴えない見た目と呪術という陰険な戦法などから、パーティーの闇や面汚しだと囁かれ、様々な黒い噂が絶えなかったのだ――。





「アーハァー!」

 全身を叩き揺さぶらんばかりの咆哮を浴び、アモールは恐怖で硬直した。

「あれは……、ダイダラボッチ……!」

 巨大な人型のもののけが、不気味な真夜中の古戦場をそのまま黄泉蔵に落とし込んだような大広間に、だらりと突っ立っている。

「マズいぞ、ルクス! 流石にあのデカさのもののけじゃ、今の装備では太刀打ちできん!」

「でも、逃げる隙はなさそうだ……」

 険しい顔でそう言ったルクスの見据える先には、上空から疾風の如く飛来するノブスマの群れがあった。

「……」

 ルチアは何も言わず、不安げにアモールを見る。

「イグニス! 援護を頼む!」

 すでにパーティーのメンバーたちより前へ出ていたルクスは、すーっと流れるように麗しくその名刀を抜き、瞬く間に刀身を光へと変えて光速の刺突を放つ。頭上に迫っていたノブスマたちは、一瞬の内にボトボトと床に落ち骸になっていった。

「安心しろ、ルチア……」

 イグニスは不安そうなルチアと一瞬視線が合わさるとそう呟き、すかさず懐から取り出した奇怪な形のクナイ三本を、籠手こてに擦る。ぼうっと炎がともった次の瞬間、ノブスマの群れに向かってそれは投げられた。

 ドゴァーン! と間もなく盛大な爆音が響き渡り、かなりの数のノブスマだったものが床へと散っていく。

 そして、晴れていく爆煙。その奥に見えたのは――。

「なっ、イッタンモメン?!」

 数切れのイッタンモメンと無数のノブスマが、まるで赤い月が浮かぶ夜空のような黄泉蔵の天井、その暗闇の遥か彼方から飛んできていた。

「アァーハァァァァ~!」

 ダイダラボッチも爆音に興奮し、その巨体で辺りを揺らしながらパーティーの方へと向かって来る。

「おい、アモール! これをルクスに届けてくれ!」

 イグニスはそう言って三種類の火薬玉を手渡した。

「えっ? なんで、俺が……」

「俺は援護で忙しい! お前は暇だろ! 上空からの敵が多すぎる! ルクスにもいくつか必要だ! わかったらさっさと持っていけ!」

「えっ……、でも……。俺もデバフを」

「なんだ?! ルチアに行って来いとでも言うのか?! お前以外誰がいる!」

「……わ、わかった」

 アモールは震える手で火薬玉を受け取り、突っ張る足でルクスに向かって走り出した。

 そんなアモールを不安そうに見送るルチアに、イグニスがうなずいて見せる。

「大丈夫だ。きっと上手くいく」

「……うん」

 一方、何度も足をもつれさせ転びそうになりながら走っていたアモールは、ついにルクスのもとまで辿り着き、火薬玉を差し出す。

 ルクスはそれを待っていたかのように数歩下がると、アモールと並んで悲しそうに言った。

「すまない」

「……うぁっ!」

 突然、アモールの脚に激痛が走る。

 驚きのあまり火薬玉を落として地に伏したアモールは、視界の隅でルクスが二つの火薬玉を拾い、走り去るのを見た。

「ルク、ス……!」

 上空からの爆音を聞きながら、遠ざかっていくルクスの方を見ると、イグニスが燃えるクナイを手にこちらを睨んでいるのが目にとまった。

 アモールがまさか、と思ったのも束の間。投げられたクナイが、ルクスの目の前に残っていた火薬玉に突き刺さった。

 強烈な悪臭と共に煙が周囲に広がり、アモールは脚の激痛と猛烈な吐き気で涙を流す。目の前で炸裂した火薬玉は、もののけの忌避きひ効果が高いかわりに人体への害も大きい煙幕だったのだ。

「なんで……。なん、で……」

 アモールのむなしい声が、黄泉蔵の喧騒に紛れて消えた――。

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