上手なミステリーの作り方

クロロニー

上手なミステリーの作り方

 カクヨムアニバーサリーチャンピオンシップ2021、通称KAC2021の第4回のお題が発表された。「ミステリー」or「ホラー」だそうだ。これまでのシチュエーションを規定する方向性のお題とは違い、構造を規定する方向性のお題になるので少し書きにくそうに感じるけど、あまり触れたことのないお題に挑戦する機会が与えられるのは僕にとって願ったり叶ったりと言えなくもないお題だ。さて、じゃあどんなミステリーを書いてやろうかと思ってはたと手が止まる。4000字で出来うる限り面白いミステリーを書きたいと思うのだが、ではどんなミステリーを書くべきなのか、それが全然見えてこない。今までのお題は単語を目にした瞬間にある情景が浮かび上がり、それを肉付けしていけば一つの話になったのだが、「ミステリーを書きたい」だけでは何の情景も浮かんでこない。ましてやトリックやロジックやどんでん返しみたいなあっと驚くアイデアなんて何一つ浮かんでこないわけだ。なのでまず面白いミステリーとは何かと考えてみる。幸い、ミステリー作品はいくつか読んだことがある。探偵が殺人事件を捜査してなんだかんだで驚きの真相が明らかになるミステリーもあれば、社会問題が絡んできて自分の身の振り方を考えさせるようなミステリーもあるし、一方で人が死なない平和なミステリーもある。そのどれもに共通するのは「背景が不透明な出来事が起こって」「その出来事には犯人がいて」「合理的な流れによって背景が明らかになる」という構造だ。つまりその三つの流れを作ればミステリーが書けたことになる。とりあえずここでは前から順番に要素1、2、3とする。

 要素1は、じゃあ仮に「通り魔殺人事件が起きる」ということにしてみよう。通り魔ということはもしかすると社会問題に絡められるかもしれないし。起こる場所は、そうだなぁ、僕のいる町、朝陽峰町、にしようか。書きやすいし。4000字以内だから作中で起こる殺人事件は一件でいいかな。事件現場は小学校前のあの公園ということにしよう。常夜灯がないから夜とかは意外と暗くなって犯行もしやすそうだし。殺害方法はナイフとかがいいのかな。絞め殺すのは大変そうだし。あっ、でも被害者を子供とかにするなら絞め殺すというのもいいかも。逆に中学生や高校生を殺すならバットとかもそれっぽい感じがする。人が少ない夜中の時間帯で公園に人が居そうな状況を考えると、家出してきた中学生とかが被害者になりそうかな。

 そんな感じで次は要素2を考えよう。とりあえず犯人の名前を天海翔にしておこうかな。これは僕の名前なんだけど、感情移入しながら書くための試みだね。やっぱり犯人の気持ちは自分でも理解できるように書かないと、人間っぽくなくなってつまんなくなっちゃいそうだからね。とりあえず僕の名前で書いて、最後にパパっと変えてしまおう。

 要素3は、まあ今は決めきれないね。通り魔事件となると容疑者がめちゃくちゃ多いから警察が解決することになるのかな? 警察対殺人犯という構図になるのなら、殺人予告とかを送るのも面白そう。なんか現代社会の闇っぽいし。今どき郵便って感じはしないし、インターネットでの殺人予告になるのかな? ならIPアドレスの開示で犯人の大体の居住区が判明してどんどん追い詰めていく感じになりそう。

 これで大体3要素の方向性が決まったけど、これを面白くするにはどうしたらいいんだろうね? 例えば警察が追っている犯人像とは実は真逆の犯人だった、とかだと面白くない? なんかミステリーってこういう「構図の反転」があると驚きがあっていいみたいな感覚がある。本当の犯人は自分みたいな人間だとして、その真逆の犯人像っていうとどうなる? 大人の男で、会社勤めしていて、復讐心に燃えていて、理知的で、みたいな? ついこ先月隣の家の僕と同じ歳くらいの娘さんが、確か轢き逃げ被害に遭って入院することになったんだけど、その家のお父さんとかまさにそういう感じな気がする。あの子植物状態になったって聞いた気がするし、お父さんもビラとか配って犯人を必死に探していたから、もし匿名の連絡で情報が入ったら警察に連絡せずにそういうことしてもおかしくなさそうだなぁ。でも実際それは犯人からの連絡で、実際に公園に行ったら既に人が死んでて、復讐用の凶器とか持ってきちゃったから周りに見られないように立ち去るしかなくて。その時にお父さんの手掛かりが現場に残ってしまう、みたいな。まあそれは都合のいい妄想かな? あーでも警察か何かにも匿名の連絡をして、目撃者を増やすのはいいかも? ただ、そもそも匿名の連絡なんてあんまり信じないかな? まあでも通り魔殺人事件の犯人はひき逃げ事件の犯人でもあるから、犯人しか知らないこと言えば信じてくれそうか。

 でも実際の犯人は天海翔なわけで、どうにかして天海翔が犯人だと言えるような手掛かりが必要だよね。例えば家出した少年もまた天海によって公園に呼び出されていて、彼のスマホが現場のどこにも見つからないことから犯人は彼の知り合いであるということが判明する、みたいな。そうだよね、この現代でスマホを持ち歩かないなんてことは絶対にありえないから。僕のことに少なからず好意を持ってくれている子が幸いにも一人いて、彼ならきっと親と大喧嘩してでも言う通りに来てくれるだろうなぁ。

 これで大体の筋立てが出来たわけだ。纏めると、インターネットで殺人予告があったあとに朝陽峰町の小学校前の公園で通り魔殺人事件が起きて、家出した中学生が殺されている。殺人予告のIPアドレスから朝陽峰町のネカフェか何かが出てきてどうやらその辺りに住んでいそうだということがわかる。最初警察は予告の内容から復讐心に燃えた男が犯人だと思っており、しばらくして過去にひき逃げで娘を失ったも同然の男が捜査線上に浮かびあがってくる。実際に彼の目撃情報が現場近くにあり、その時の不審っぷりから一度は逮捕までされる。でも実際は匿名の電話によって復讐心をダシに呼び出されていただけで、現場から男の子のスマホが見つからないところから犯人が顔見知りに限定されて、最終的には天海翔が犯人であることに決まる。うん、なかなかいいじゃないの。

 肝心の、顔見知りからどうやって天海翔に限定するかはちょっと難しそうだね。まあ色んな物証は残るだろうけれど、轢き逃げ事件と同一人物だと示すような何かがあればなんとなく繋がりそうだね。例えば現場付近に残った自転車のタイヤ痕とか。男の子が乗ってきたはずの自転車が轢き逃げに使われた自転車にすり替えられていて、同種の自転車を男の子が乗っているのを知っている人が犯人の条件だったりすれば、毎朝の登校を目撃している天海翔が犯人ということにはなりやすいかも。

 あとはそうだなぁ、純粋に小説としての面白さも必要だよね。文章の強度っていうか、やっぱりミステリーってリアリティ路線だから、臨場感のある描写は大事にしていきたいわけじゃん? 面白い小説ってやっぱりどこか作者の人生経験が元になっている部分があるというか、優れた観察眼ゆえの面白さみたいなのは絶対あるよね。ミステリーもそう。幸いミステリーって自分で経験しようと思えばいくらでも経験できるわけで、そこはリアル路線の強みだよねー。人を思いっきり殴って頭蓋骨が陥没した時にどういう音が出るのかとか、息が絶える瞬間を見下ろしながら人は何を考えるのかとか、実際に警察の捜査はどう進んでいくのかとか。隙を見つけて警察の捜査をちょっと盗み見たいな。でも今からだと間に合うかなー、結構タイトなスケジュールになりそうだから合間合間にちゃんと書いておかないとね。まあ最悪間に合わなかったら長編にして別の賞に投稿するからそれで全然いいか。

 じゃあ、さっそく執筆の下準備しに行ってこようかな。

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