一滴の涙《ティアードロップ》

 天上の世界には奇跡を作り出すために

乙女の騎士団があるらしい。

 これは絵本でよく語られる

叙事詩のようで空想の御伽噺フェアリーテイルの一つだ。

「こんな騎士団がいるのかな……?」

「いるはずだがねぇ」

 自身に溢れる女性は両手を腰に当てながら

少女に踏ん反り返っている。

 何も知らない無垢な子供には

自身が有り余る大人など前兆にしか見えないのは

明白な事実だ。

「どういうこと? お母さん……」

「だって私こそが天上の騎士団で団長だからねぇ」

 衝撃の事実に抑えていた好奇心が爆発する。

「お母さんの武器を見せてっ!」

「見たい? だったら朝ごはんを食べないと見れないんだよねぇ」

 その言葉を聞くや否や

ご飯をかきこみ始める

ベーコンや卵を焼いたものなどをパンに挟み

もしゃもしゃと口に無造作に放り込んだ。

「そんなに焦らんなくても……」

 喉に詰めないかを心配する母親は

おもむろに牛の乳を取り出して準備態勢を整える。

 しかし少女は頭が良かったのか

懐の水筒を持っていた。

「外に行くために用意させたんだったね」

「ひょとにふむにいくにょへいへんはっは」

 口に物を入れながら喋ったためか

ほとんどわからない言葉で話してしまっている。

「外って怖いもんねぇ」

 理解度が高いため

母親には意味が分かったらしい。

 水で流し込んだものが

喉をゴクリと鳴らして通り過ぎた。

 ぷはっと余韻の音を出すと

キラキラした目が母親を見つめる。

「仕方ないなぁ……」

「ヴァルキリン……」

 母親は両手を前に突き出したかと思うと

剣を持っているかのような仕草になった。

 すると空間から光が溢れ

豪奢ではないが白と金の装飾で覆われた剣が出てくる。

 天上の騎士団が持つという女性しか扱えない

女神のヴァルキリン

その正体は木彫りに装飾が施された木刀だった。

「木刀? 天上の世界って木が生えてるの?」

「違うよぉ? イグドラという特殊な大木が天まで伸びているんだよ」

 見せびらかすように娘であるレン=ドラグアスの目の前に

日本刀の置物が如く手の上に乗せる。

「これがヴァルキリン? すごいっ! いつか私も持ちたい!」

「大丈夫だよ…… この宿命はレンにも来ちゃうからね」

 途端に切なそうな顔で優しく笑いかけた

この時は気が付いていない

女神のヴァルキリンがどのような代物かを

知る由もない。


 朝の陽光は目に優しいが

ずっと刺さると痛いのは当たり前だ。

 頬に乾いた涙の跡が

張り付いている。

 部屋の中には殺風景な箪笥や棚にテーブルで

先ほど夢の中にいた母親は見当たらない。

「お母さん……」

 棚の上に存在する写真に

言葉を掛けるモノの名はレン=ドラグアス

ギルド所属の女性騎士であり

最強の実験検体ゼロイグドラという異名を持つ少女だ。

 実験ギルド【アルドケミア】

名を知らぬものはアルケミアスの住民ではない

そう侮蔑を受ける程度には有名で

非合法に近い実験も多い。

 レンはゼロに近いイグドラという

この世界では稀有な少女だ。

 イグドラとは

レンという少女しか今のところ確認がない。

 詳細を言うと

世界の理に干渉が出来うる操作能力の一種という

扱いが正しいだろう。

「今日も実験だ……」

 拳を握りしめて

棚の上に決意を向けた。

「絶対に見つけるからね」

 写真立てには

賞金首を探すために張られた

ポスターのようなものが入っている。

 リン=イグドラス

罪状国家転覆を目的とした集団殺人

娘を実験検体という形での囚役

これが決意の先にあったものだ。

 これでも恨んでいないのは

意味深な絵本のせいだろう。

 母親が自作した

天上の騎士団ヴァルキリンストーリア

という御伽噺だけ

それだけが少女の土台だ。


 日差しが強くなりつつある頃には

実験のほとんどは終了した。

「おつかれいっ!」

 パシンっと響いた背中は

ジンジンと痛みが広がっている。

「痛いですよぉ」

「レンにも痛みがあるのか……」

 ブラックに近いような灰色のジョーク

これは一種のケアだ。

「ありますよ? 見ますか? 背中は真っ赤ですよ」

 真面目なのか冗談かはわからないが

一連の動きなのは確かなことではある。

「まったく返しが上手くなったな」

「関心することですか?」

 仲が良い姉妹のように見える

周りもホッとするぐらいの和やかさだ。

「ところで今度の休みは予定あるのか?」

「予定ですか……」

 予定らしいものなどはない

しかし嫌な予感がする。

「ないんだよな?」

「そうですね……」

「じゃあいつものとこで集合だっ!」

 周りも活気づいていく

相当なイベントが待っているらしい。


 町の真ん中で貸切られた施設が

そびえ立っていた。

「楽しみだなぁ」

「私は全然ですがねっ!」

 イベントというより

試練でしかない。

「じゃあ行こうじゃないか……」

《おおっ!》

 全員で覚悟を持ち

臨むのは誰もが到達しえなかった

大盛の肉焼きセットの攻略だ。

 串焼きから鉄板までを

網羅した肉の塊に近い何かを

ギルド全員で攻略しに来たのである。

「景品のためにここまでしますか?」

「当たり前だとも」

《レンちゃんのメイド姿を拝むぞっ!》

 研究所員も全力で息巻いている

メイド服たる制服に対してなどでは

決してない。

 レンのメイド服姿での

イベント受付嬢のためである。

「これは我らのこう…… いや! 使命だっ!」

《おおっ!》

 レンを一人置いてけぼりで

メイド服という異国の文化を入手しようと

全力過ぎた。

 レンはアルドケミアで

アイドルというより皆の生きる糧である。

 最初は母親の件もあって

印象は最悪で尚且つ同情もなかった。

 しかしある事件が起きた

ギルドへの汚名が地の底を演じさせる。

 レンは自身の立場などを気にせずに

任務に町の困りごとまで粉骨砕身を通し

走り回った。

 少女が起こすには

到底にも気の遠くなるくらいの

そんな事象である。

 汚名の正体が

前所長の横暴だということも暴き

裏であった献金も何もかもを

少女は取り戻した。

 研究所員は鎖から解き放たれ

無理な残業と過度の資金稼ぎは必要を逃れる。

 大食いの結果だが

レンが仕方ないと全てを平らげた。

 九割を軽くお腹に収める

それがたったの半時という

あっという間にである。

「レン…… ありがとう……」

《レンちゃん…… めがみ……》

 死屍累々とした現場を制した少女は

メニューを取り出した。

「どうした……」

《レンちゃん……》

「追加で串焼き三種と地のサラダ二人前……」

 大量に注文をし始めたのだ

周りは衝撃な事実を知る。

「お腹が空きました……」

 あれだけを平らげておきながら

足りないという意味で腹部を押さえたのだ。

《かっかわいい……》

「皆のもの…… 目に焼き付けるぞ……」

 青い短髪と金色の瞳を備え

慈悲とチミッとながらの巨乳を持ち合わす。

 絶世の美少女レン=イグドラス

少し短めのジーンズと水色の羽織

黒のブラウスなワンピースでなお

清楚を演出した。

 アルケドミアのアイドル

そしてイグドラ戦の女傑のかつての姿である。

 天上に伸びるイグドラからの

一滴のティアードロップであった。

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 イグドラファンタジア あさひ @osakabehime

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