外れぬ推理の果て

曇りの夜空

第1話 外れぬ推理の果て

 三山木洋治は大仰な態度で指先を男に突き付けた。


「以上のことからこの殺人事件の犯人はお前だ!!!!」


「ち、違う!!!俺じゃない!!!俺じゃないんだよ!!」


 犯人と指さされた男、代島博は顔を真っ青にして首を横に振る。だが三山木はそんな彼に冷ややかな視線を浴びせかけるのを止めたりしない。


「この期に及んで言い逃れをする気か?状況証拠、証言、物的証拠、そしてそれらのことから導き出した俺の完璧にロジカルな推理、その全てがお前のことを犯人だって言ってんだよ。潔く認めろ薄汚い殺人犯」


「違うんだよ!!!絶対に絶対に違うんだ!!!何かの間違いなんだよ!!!なあ助手さん何とか言ってくれよ!!!」


 代島の戯言に耳を傾ける人間は一人もいない、誰もが彼の行動は悪あがきだと確信しているからだ。足りない脳みそを使って精一杯考えたであろう自分の殺人計画をつまびらかにされたバカの最後の抵抗だと思っているからだ。


 警察に連行されていく代島を見ながら米原紫は浅くため息を吐いた。





 事務所の中に一歩足を踏み入れた瞬間、外の漫然とした空気から細胞の一片に至るまで味が行き渡るような空気が口の中に行き渡る。質の良い木材の匂いが鼻孔をくすぐり上等な調度品が人々の目を楽しませる。

 三山木こだわりのティーカップにコーヒーを注ぎ込み、慣れた手つきで音を立てずにテーブルの上に差し出した。


「どうぞ」


「おお、ありがとう。うん、相変わらずお前が入れてくれたコピルアクは最高だな」


 紫は顔色一つ変える様子もなく事務的に頭を下げた。


「恐縮です」

「はぁ、お前は相変わらずだな。うん、俺はやっぱりお前の顔が艶やかになってるのを見てみたい」


 紫の腰に手を回してグイっと自分の方に抱き寄せる。だが彼女は冷静に手を払った後に本棚からファイルを取り出した。


「またセクハラですね。今月だけで9回目、証拠も揃ってきたので訴えましょうか」


 三山木は大げさに手を挙げた。


「おいおい、冗談よしてくれよ。お前にはそれ込みで相場よりもずっと高い給料払ってやってんだぞ。それにまだお前の乳も尻も触っちゃいねえよ」

「そうですね。触ってはいませんね」


 黒曜色の瞳と日本人らしい真っ直ぐで当たる光をすべて吸収するような漆黒の髪、そしてキュッと引き締まった肢体はこれまで多くの男の視線を引き寄せてきた。


「いいか?お前はとても美しい、本当に俺がこれまで見てきた中で間違いなくダントツだ。普通の感性をしていたらお前に取り込まれたように見惚れてしまう。だけど大抵の男は見惚れた後にお前のその全てを弾き返す拒絶タップリの雰囲気に飛ばされて諦めるしか出来ないだろう」


 三山木は顔を作った。


「だが、俺は違う。俺はお前の魅力に取り込まれることはない。そしてもちろん拒絶されたからと言っておめおめと諦める男でもない。俺の能力はお前の美しさを十分に抱擁できる。これからの人生苦労したくないなら俺に抱かれろ」


 そして豊かに実った胸に伸びていく三山木の腕を彼女は振り払うことはしなかった。


 ただ、小さく口を動かし。


「ぺっ」


 唾を吐いた。


「な!?」

「すいません。汚い手で触られるよりは自分の体液をつけた方がまだましかと思いまして」

「お前!!自分が何をしたのか分かってるの……か?」


 紫の瞳を見た瞬間、三山木の背筋に冷たい何かが走った。


 色がなく、まるですべて用済みだと言わんばかりの瞳。


「三年前、私がここで働き始める少し前に貴方が解決をした矢黒琉人(やぐろりゅうと)の事件を憶えていますか?」


「な、なんだ急に……ああ憶えているとも、たしかあれはストーカーだったな」


「ええ、そうです。そしてあなたに現行犯で捕まった彼は全ての罪を認めました」


「なんだ?まさか君は矢黒と何か関りでもあると?」


 紫はその問いに答えず先ほど取ったファイルをめくった。


「貴方は矢黒の事件の一月後に起こった事件の解決に多大な貢献をしたことで警察と政治家先生に気に入られました。矢黒のことを覚えていたんですからこちらも当然憶えていますよね、波佐本衆議院議員宅で起こった毒殺事件です。一時は議員が犯人と目されたが、彼の息子さんと懇意な仲だった貴方は助けを求められ真犯人を突き止めた」


 彼女の視線は冷たくもなかった。何もかもを感じられない虚無の眼差し、ただただ事務的に機械的に唇を動かしているだけ。


「それから貴方は都内にとどまらず日本各地で起こる奇怪な事件に貴方は関わるようになっていった。そして貴方は全ての事件において確固たる証拠を突き付け解決に貢献をしてきた。まるで小説の主人公のような八面六臂の活躍です」


「すべて俺の才能と努力の積み重ねた結果だ」


「ええ、その点については私も同意します。本当にお見事というしかありません」


 紫はファイルの中から一枚の紙を取り出してテーブルへ静かに置いた。


「警察は勿論、世間の全ての方々に気づかれないように証拠の捏造は勿論犯人の捏造まで行っているんですから」


「な!?」


 紙には様々な事件名が羅列されていた。全て三山木が不正をした事件だ。


「貴方の捏造の上手い点は必要最低限かつ決してバレないように細やかなものにしていること。そして何より悪賢いのは自分自身の差し金で事件を起こしていることです。その中には怪奇事件どころか世間の興味など少しもひかれないようなつまらない事件も多々ある。素晴らしいカモフラージュです」


「何を……」


「日本は平和な国ですが人口も多いためトチ狂った人間が多いのも事実。そして金がない人間が多いのも事実です。そのような人に依頼をして自分が作った事件を起こさせる、当然自分の作った事件が解けないわけがない。探偵小説を書いている人は探偵や犯人そのものよりも事件の本質を理解しているんです。貴方は名声が上がれば上がるほど入ってくる金も増える、すると依頼を出来る量も質も増える、好循環ですね」


 全てが知られていた。自分がこれまで積み重ねてきたからくりが明かされていっている。


「当然そんな自作自演を自分でしていると知られるわけにはいかない、だから貴方は小説家役にまた別人を用意する。とにかくバレずに犯罪がしたいと願う人間は大勢います、そんな人間に推理小説をパソコンに保存しているとでも言って席を開ければそれで終了、あとは勝手に事件が起きます」


 また紙を差し出した。今度は人名がずらりと書かれている。


「つまり貴方は自分自身で事件を作ったり捏造をしたりすることで絶対に推理が外れない探偵になっていった。いや、本当に頭が下がりますよ、ここまで絶対に解決できる事件の量産に努めることが出来るとは、貴方は探偵よりも犯罪組織に入った方が良いと思いますよ。知り合い紹介でもしましょうか?」


「お前、何者だ?」


「探偵ですよ、少し悪徳な。最初は矢黒さんのご家族から冤罪を晴らしてくれと頼まれました。もっともその事件自体は間違いなく矢黒さんが犯人でしたしその後貴方の名が跳ね上がった波佐本さんの事件も不自然な点は見つからなかったのでこれらは間違いなく貴方の実力で解いたのでしょう……が、貴方はこれに味を覚えてしまった」


 三山木は乱暴に椅子を引いて紫の首を掴んだ。


「てめえ!!どうやって知った!!??」


「言いましたよね、探偵です。普通の探偵のお仕事も忘れちゃいましたか?」


 掌に力を入れるが紫は顔色一つ変えずに三山木の股を長い脚で蹴り上げた。「グエッ」と悲痛なうめき声が上がる。


「スマートじゃないですね。安心して下さい、まだ誰にも言ってませんし、それに何より私は正義の味方じゃありません。取りあえずは貴方をテストしたいんですよ」


「テストだと?」


「はい。問題は何故このタイミングで貴方の不正行為を突きつけたのか、その理由と目的を述べよ。制限時間は30分、せいぜい頭を捻ってください」


「そんなにいるか!!!もうとっくに分かってる」


「ほう、ならそれは一体?」


「脅そうとしたんだ!!!俺の全てをしゃぶりつくそうと」


「違います」 


 紫の機械的な顔がこの時ようやくほぐれた。


「そんなスマートじゃないことはしません。それに本当に気づいていなかったんですか?」


「な、何をだ?」


「この前の殺人事件、あれは貴方が起こしたものじゃありません、私が起こしたんです」


「な?」


「あんまりやりすぎて自分がどんな事件を作ったのか把握してなかったんですか、愚かですね……あの事件は貴方の能力を計る目的ともう一つ、お試しをしたかったんです」


「お試しだと?」


「はい。これから貴方が築き上げてきた地盤を私が運用しても平気かどうかのね」


 美しかったはずの顔がニタッと醜悪そうに歪む。


「結果は知っての通り大成功でした。私の描いたシナリオ通りに事が進んだんです。もうこうなったら貴方は必要ありません、セクハラも酷いですし退場していただきます」


 瞬間、この女は自分を殺そうとしているのだと理解をした。いや、推理をした・


「は」


こみ上げてくる。


「ハハハハハハハ!!!!!!バカかお前は!!!お前がどうやって俺を殺す!?それにお前タダで済むと思ってんのか?この光景は」


「カメラで撮られている、ですか?知ってますよ、この事務所のいたるところ、更衣室やトイレに至るまでカメラが仕掛けられているなんて。勿論事前に切っておきました」


「な!?」


 にわかに三山木の視界がぐりゃりと歪み、気が付いたときには地面に叩きつけられていた。


(まさか……コーヒーに毒を?)


「安心して下さい、ただの睡眠薬ですから。私が殺人なんてリスキーなことするわけないでしょう」


 ほんの少しの希望を抱いた三山木に紫はこれまで一度も見せたことがない艶やかで麗しい笑みを贈った。


「これから貴方に人生を狂わされた男女がこの事務所にやってきますので、楽しみにしててくださいね」




(ああ、ちくしょう……最後の推理まで……こんな推理まで……外れねえのかよ) 

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