第5話 抜けがけ野郎
北条殿にこの首を!」
藤太に籠を渡すと馬に飛び乗り、屋敷の表へと回る。
月はもう天空を大分巡っていた。南の方を見るが、山木の辺りはまだ火の手が上がっていない。苦戦しているようだ。表では太郎が屋敷から飛んでくる矢を矢楯で防ぎながら矢を射返していた。四郎が駆け付けて首を藤太に託したことを告げたら太郎は大音声を上げた。
「堤信遠殿の首は、我ら佐々木兄弟が貰い受けた!経高、いざ、火矢を放て!」
次郎経高が火矢を次々に放つ。太郎と四郎も自らの矢に火をつけて次々と屋敷に向かって火矢を放ち続けた。やがて、パチパチという音と共に屋敷が火に包まれ始めた。だがその直後、経高はその場に膝をついた。見れば、その肩に矢を受けていた。
「次郎。お前、無理をするなと言ったのに」
「これくらい掠り傷だ。それより堤の首はどこだ?屋敷の中とか言わないだろうな」
睨まれ、四郎は南に首を向けた。
「藤太に託した。今頃は山木に居る北条のおやっさんの所に届いた筈だ。太郎兄、俺らも山木に向かおうぜ」
四郎の言葉に太郎は笑って頷くと、四郎の背をバンと叩いた。
「よくやった。よし、我々も山木に向かおう。堤に続いて山木も一気に落として、北条のおやっさんを見返してやらなきゃな」
太郎はそう言って、先程くすねたらしい長刀を得意げに頭上で振り回して見せる。
「ああっ!俺もなんか貰ってくりゃあ良かった!」
「お前は美味い酒をたっぷりかっくらってたじゃないか。四郎、お前、山木で足をもつれさせても助けてやらんからな」
そう言って、竹の水筒を投げてくれる。
四郎はそれをグビグビと飲み干すと、ひらりと馬に跨った。
「へっ、俺に酒はきかねぇよ。でもおかげで喉の渇きが潤ったぜ。もう一働きどころか三働きくらい余裕さ。心配無用だぜ、太郎兄ぃこそ身に合わぬ重たい長刀で腰を痛めるなよ。なんつったってイイ歳なんだからさ」
そう言って太郎を追い越し、山木への道を南下する。
「待て待て!お前は本当に生意気で口が減らないな!」
そりゃあ、五人兄弟の四番目じゃあ、口以外で戦えって方が無理ってもんだ。四郎はそううそぶいた。生まれた時から上に三人の兄がいて、おまけに一人取り残されて育つという
苛烈な生存競争を生き抜いてきたからこその佐々木四郎高綱の要領の良さは、その後彼を飛躍させてくれることとなる。
ま、それはまた別の話として。
佐々木の三兄弟が辿り着いた山木の館は、分厚い柵門と山谷に囲まれた地形的な守りの堅さに守り手が助けられ、門の所で双方対峙したまま寄せ手は攻めあぐねていた。
「くそっ。この門さえ突破出来れば、山木方は警護の数も少ない。一気に落とせるのに」
「面倒だ。門の上を越えようぜ」
そう言ったのは次郎だった。次郎は縄の先に鎌を縛りつけた物を手にしていた。柵門の向こう側に投げ入れて引っ掛けて、それを伝って門の上によじ登るつもりなのだろう。
「やめておけ。槍で突かれるだけだ」
太郎が止めるも、次郎は聞かない。槍の届かないギリギリの所から鎌を放り上げ、柵門の向こう側へと投げ入れた。当然、門の向こう側の兵達は長槍を突き出してくる。次郎の隣に居た四郎は突き出された槍を握って引っ張ってやる。引っ張られた男が柵門にぶつかった所を太郎がすかさず長刀で仕留めた。
「はい、一人いただき!」
だが門の内側も必死だ。柵の間からまた狙ってくる。
「キリがないぞ。こんなことしてる内に、山木のヤツ、裏山から逃げちまうんじゃねえか?」
その時、小さく誰かが声を出した。
「援護くださいませ」
声のした方を見れば、藤太が門の向こう側に立っていた。
「とー!」
名を呼びそうになって、慌てて口を噤む。
藤太は山木の警護の者の隣にひっそりと立っていた。警護の者は藤太には気付いていても、まさかそれがこちら側の人間だとは思わないようで、門のこちら側を睨んだまま手にした長刀の刃を門のこちら側に向けて、いつでも突き出せるようにしていたが、次郎が投げた縄を引っ張った為に、鎌がゴツゴツ言いながら柵門を上り始めると顔を強張らせて長刀を構え直す。
「え、どう援護しろって?」
四郎は取り敢えず声を上げた。
「あーいやー。待ーたれーおえーおえーおえー」
自分でも意味不明だが、敵味方共に動きを止め、四郎に視線が集中する。その隙に藤太はサッと門のカンヌキを外してスッと脇へと身を隠した。
「え?誰がカンヌキを外した?」
警護の者がキョロキョロと辺りを見回すが藤太はもう居ない。
四郎もその行方を目で追ったが、既に藤太の気配は消えていた。
「門が開いたぞ。そら、かかれー!」
時政の合図で、槍を手にした者達がどっと門の内へと攻め入る。太郎も太い長刀を担いで入って行った。
「我こそは佐々木太郎定綱!山木兼隆殿の首、貰い受けん!」
ブウンと威勢よく大長刀を振り回し、辺りの男達を薙ぎ払う。だが、山木の者達も必死で長刀に食らいついて、太郎はその場に足留めされた。よし、俺がもう一つの首を今度こそかっこよく仕留めてやる。四郎が柵門をすり抜けようとした瞬間、誰かがドタドタと徒歩で駆けてきて、四郎の鎧を掴んだ。
ズルッ。
紐でしっかりと留められてなかった鎧がズレる。
「おら、退け退け!一番乗りはこの加藤景廉様だっ!」
長刀片手に駆け込んできた加藤景廉が、太郎や次郎、その他大勢の脇をすり抜け、ヌケヌケと屋敷へ向かって駆けて行くのが見えた。
「あっ、待て!この抜けがけ野郎!」
叫ぶが、加藤はブンブンと長刀を回しながら元気に走り去り、見えなくなる。
「あいつ、北条館でずっと休んでたんだもんな。ん?そう言えば、加藤と一緒に北条で休んでた三郎兄はどうしたんだ?」
四郎がそう呟いた時、ビチャビチャと変な足音が聞こえた。
「待て待て待て〜!俺にやらせろ!」
続いてやってきたのは、泥を跳ね飛ばしたか、茶色い足をした三郎盛綱。
太郎、次郎、三郎、四郎。兄弟全て揃った佐々木四兄弟の耳に声が届いた。
「山木兼隆の首!見事、この加藤景廉が討ち取ったり!」
加藤景廉の大音声だった。俺ら佐々木四兄弟はガックリと肩を落とした。
「三郎のヤツ、加藤と一緒に佐殿の警護してた筈だろ。何でバカトウに先越されてんだ?」
邸の中から、意気揚々と山木兼隆の首を抱えて出て来る加藤景廉。
しかもその右手に握られているのは、皆がずっと垂涎の眼差しで狙っていた、佐殿自慢の長刀。
「ああっ!加藤!テメェ、まさかそれは!」
次郎が叫ぶ。
加藤景廉がニヤッと笑って、黒光りする長刀を得意げに掲げて見せた。
「佐殿が下されたものだ」
「それ、俺も狙ってたのに!」
涙目の兄弟を尻目に、加藤は首を高々と掲げ、意気揚々と大路を徒歩で北条館に向かって行った。
「おい、何をぼんやりしている。早く火矢をかけんか」
時政の声に我に返り、兄弟はため息をつきながら矢に火を付け、山木の館に向かって射放った。
結局、館に火がまわり、全てが終わったのは、白々と夜が明け始めた頃だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます