第3話 歌舞伎といえば確かに女形だが
「はぁ?何を考えてやがんだ、あの狸親父!」
思わず叫ぶ。
「おや、狸親父とは北条殿のことでしょうか?」
藤太の声に四郎は首を竦めた。これ以上くすねられたらたまらない。
「わかった、わかったよ!何でもやってやらぁ!」
月にむかってそう吠えた。
確かに兄弟の中で一番若くて綺麗な女顔をしてるのは四郎だった。遊女宿でも一番モテるし、綺麗ねぇと紅を塗られたこともある。こう言っちゃあなんだが、そこらの女には負けないくらい美人だなぁと思わず鏡を見返したくらい。だが。
だが今日死んで首を晒されるとしたら、せめて紅だけは拭ってから晒してくれと言っておこうか。そんなどうでもいいことを考えてしまう。
太郎が、さて、と立ち上がった。
「では、俺と四郎は裏から忍び込んで邸内に押し入り、堤の首を狙う。経高、お前はあと半刻程したら屋敷の表の少し離れた物陰から中庭に向かって弓を放て。中が混乱すればそれでいい。お前は無理に中に突入しようとするなよ。俺と四郎とで堤の首を取り次第、屋敷の表に出て加勢するからな」
「承知!」
兄弟は二手に分かれた。
太郎と四郎は藤太の案内で屋敷の裏手へと回る。
「中の者に女と従者の来客は予め伝えてありますので、お二人はこちらからお入りください」
そう言って、藤太は太郎に酒と手土産らしき物を渡して去った。
四郎は渋々甲冑を脱ぎ脛巾も脱ぎ捨て、単の腰布に鎧通しを潜ませ、その上に紅の袿を頭からすっぽり被った。
「おぉ、やっぱり似合うじゃないか」
「黙れ!俺の甲冑はどうなるんだよ?」
噛みついたら藤太が答えた。
「お二人が入り次第、私が裏庭に置いておきますので、必要があらば取りにお戻りください」
「必要あるに決まってんだろ。ったく、何でこんな目に遭うんだ」
四郎がボヤいたら太郎がニヤッと笑った。
「いい男に産んでくれた母上に感謝申し上げるんだな。さ、行くぞ。お前は小股で歩けよ」
細く開けられた裏戸から二人は中へと入る。出迎えたのは下女一人に警護の男一人。だが男は軽装で、すぐにでも倒せそうだ。
今ここで殺してしまうのは容易だろうが、下女に騒がれても困る。四郎は袿を深く被り、静々と下女の後を追った。裏から屋敷の庭をまわり、入り口へと辿り着く。
「それで、殿はどちらですの?」
四郎が裏声を出して下女に問うたら、太郎の肩がくくくっと小刻みに揺れた。それをギッと睨み付けるに留め、四郎はそそと内股で屋敷内へと足を踏み入れる。
「こんばんはぁ。殿は何処におわしますぅ?山木殿よりご紹介いただきましたお高と申しますぅ。東国では珍しい西国の酒も預かって参りました。殿ぉ?殿ぉ?何処ですのぉ?」
四郎の後ろでは太郎が我慢しきれずに壁に手をついて笑い倒している。その背中を肘でど突いて四郎はズンズンと奥へ進んだ。予め聞いておいた屋敷内の構造から、堤の居る部屋はすぐに当たりがつく。その戸が開いて、中から大柄な男が出て来た。
「おぉ、よく来たな。私がここの主の堤信遠だ。そなたはお高と申すのか。どれ、顔をよく見せてみろ」
ぶっとい声に腕。確かに大男だ。これを俺と太郎の二人で殺るのか。背がブルッと震える。だが怖いんじゃねえ。武者震いってやつだ。
「あい」
四郎は作り声で返事をすると、頭の上にすっぽりと被っていた袿を斜めにずり下ろし、しゃなりとシナを作って見せた。堤信遠は、ふむ、と頷いて笑顔を見せた。
「うむ、さすがは山木殿。私の好みを熟知しておられる」
そう言って、いきなり四郎に抱きついてきた。
「まぁ、嫌ですわ。そんなお忙しいこと。先ずは酒など一献傾けましょう」
四郎は男の手の甲をつねりあげて手を離させると、太郎を見下ろして命令した。
「ほら、定吉。早く殿にお酒を召し上がっていただかないと!」
太郎定綱が進み出て盃を差し出した。
「山木殿より堤様に特別にとお預かりした西国の銘品ですのよ」
言って、盃をまずは四郎が受け取って酒を注いで貰い、堤の目の前で一口含んで見せる。
それは本当に美味い酒だった。なかなか飲めない美酒を味わえた喜びが満面の笑みからダダ漏れる。
「あらぁ、嫌だ。本当にこれ、とぉっても美味しいわ。さぁさぁ、殿もどうぞ一献」
言って堤に盃を渡す。その偽りのない満足そうな笑顔に信遠は警戒を解いたようだった。信遠は四郎のお酌でまず一杯を開けた。
「おぉ、確かにこれは美味。初めて口にしたが、香りも良く味も深くてドスンと腹にくるな。山木殿の趣味にはほとほと感服致す。さて、お高、そなたももっと飲まぬか?」
「あい、いただきますぅ」
並々盛られた酒を、カパッと威勢よく開ける四郎に、信遠は満面の笑みを向けた。
「おぉ、お高はいける口だのぅ。それもまた愛いな」
そう言って、四郎の肩を抱いた。
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