小佐野探偵事務所の依頼

nekotatu

ミステリー

時刻は朝九時、小佐野探偵事務所にて。

須賀煌すがこうは事務所に入るなり首をかしげた。


「珍しいすね。今日は皆集まってるじゃないすか」


須賀の言うとおり、現在事務所内には全ての所員が集まっていた。

風民蓮司かざたみれんじはコーヒーを淹れながら新聞を読み、原美乃利はらみのりは簡易的なキッチンで目玉焼きを焼き、笹崎蛍ささざきほたるはソファーでソシャゲに夢中になっている。

そして小佐野探偵事務所所長、小佐野中おさのあたるは書類を整理しながら答えた。


「いやね、二日前に来た依頼がどうも怪しくて。軽く笹崎さんに調べてもらっただけでもボロが次々と出てくるもんで。須賀君は昨日まで工場見張っててくれたでしょ?お休みでいいかと思ってたんだけど、ごめんね!連絡するの忘れてたよ」


「おさっさん!それ忘れないであげて!」


原は小佐野に突っ込みつつ目玉焼きを皿に移した。全員が集まってるのは珍しくても、各々の行動は変わらない、のどかな朝だ。

どうやら今日は須賀は休日で、他のメンバー全員で依頼にあたるつもりだったらしい。

なお、『おさっさん』というのは45歳の『おさの』と『おっさん』を掛けた呼び名だ。原に悪意はない。


「マジっすか。じゃあ僕は純さんの仕事でも手伝いに行きますかね」


「ごめんねー、無駄足させちゃって。今他に依頼ないから……」


「任務もねぇからなぁ。すまん」


須賀は申し訳なさそうな小佐野と風民に肩をすくめると、事務所を後にした。

ちょうどコーヒーと目玉焼き、トーストが出来上がったので残った4人でテーブルを囲む。


「あっ先輩の分も焼いちゃいました。うーん、リーダー食べます?」


「食べる食べる」


「えー、僕も半分ほしいなぁ」


「みのりん、そこの醤油とってー」


「はいよー!おさっさんは塩でした?」


「そうそう!原さんはよく覚えてるなぁー」


「ハンバーガーショップのスーパー店員なので!」


原はまだ大学生であり、正確には所員ではなくアシスタントという肩書きになっている。

事務所の依頼も組織の任務もない日はハンバーガーショップでバイトしながら噂などを収集して過ごしているのだ。

他のメンバーも風民は実家が神社で神主をしており、笹崎はホームページ作成などの仕事を受けている。

ほぼ全員が兼業であるのには特大の訳がある。

それは、小佐野探偵事務所は彼ら『パンドラの管理者』がカモフラージュに作った事務所であるということだ。

一応探偵事務所としてもちゃんと機能しており、今回みたいに依頼が来ればしっかりこなすため、部隊の収入源の一つとなっている。


ここで『パンドラの管理者』と部隊について軽く説明しておこう。

『パンドラの管理者』は超能力の乱用を取り締まり、それに関するアーティファクトを回収し封印する事を目的とした秘密組織である。

部隊とは、力を乱用する超能力者を押さえ込むための超能力者部隊であり、第1部隊から第4部隊まである。

彼ら小佐野探偵事務所のメンバーは『パンドラの管理者』第3部隊に属している。

なお、部隊リーダーは風民であり、探偵事務所の所長である小佐野は裏方担当、事務専門の隊員である。つまりこの部隊における実質的なリーダーは風民だ。

若い者ばかりで組まれたこの部隊は普段はのんびりと暮らしているが、任務となるとどんなことでも忠実に実行し、特に組織への被害を最小限に抑えることについて大きく評価されている。


とてもそうとは思えないようなのんびりした朝食を終え、片付けを済ませた彼らは再びテーブルを囲った。


「……それで、今回の依頼についてだけど。煌を外したのは彼の友人が関わっているからか?」


「そう!そうなんだよ。例の彼がチラッってくらいなんだけど関わっててさ。須賀君には教えたくなくて」


小佐野の言う例の彼。それは栗須純くりすじゅんのことだった。

栗須は須賀の友人で、職業は編集者。組織や超能力とは関係がない一般人だが、何かと巻き込まれやすい体質があった。

彼自身の経歴も不明な部分が多く、小学生の頃に行方不明になってから記憶をなくし、家族のことも自分のこともわからなくなったという。

地図や写真を広げ始めた小佐野に変わって、情報収集を担当していた笹崎が説明を引き継ぐ。


「依頼の内容はシンプルでさ。舞桜高校の制服を着た人物がいきなり現れたり急に目の前から消えたりするんだってー」


「ああ、状態変化系の能力者か?」


「たぶんね。笹ちゃんもそう思う。それが万引きが多発しているコンビニにも現れるらしくて、その人物について調べて欲しいだってさ。本当に万引きしているのかって事も含めて」


「それだけだといつもの任務だね?でも笹ちゃんは何か感じてるってことかな」


「そう、みのりんの言うとおり、この依頼はおかしい。それを証明する情報がいくつかあってさ、一つ目は依頼人のこと。うちに依頼をもってきた人は代理人だったんだけど、本来の依頼人が掴めなくてさ。慎重に丁寧に痕跡を消されてた」


「なるほど。敵対組織の罠という線が浮かんでくるわけか」


「二つ目、コンビニの監視カメラをハッキングしてみたんだけど過去のデータが一部よく見えなくなっててさ。氷の膜が張ってるみたいな感じで」


「能力者が二人いるかもしれない……のかな?」


「そうだね。可能性はあると思う。以上が依頼の全容です」


笹崎はそう言うと、自分の仕事は終わったとばかりにソシャゲを再開した。


「じゃあ、ここからは僕が説明するね」


地図の前でそわそわと待機していた小佐野はまず1枚の写真を指した。


「まずこれがターゲットの舞桜高校の制服ね。一応男女とも用意しておいたよ」


続いて地図に丸い磁石を置いていく。


「それでここがコンビニ。ついでに舞桜高校はここね。……それと、例の彼の住むマンションがここ、例の彼の義父の家がここ」


「ふむ、義父の家がコンビニから徒歩5分と」


「あと義妹が舞桜高校の3年生。さすがにこれだけだと彼が関わってるとは限らないけどさ、彼のことだから過剰に気にするくらいがいいかと思って」


「そうだな。彼が関わったら何が起こるかわからんしなぁ。まあ、須賀が行ってくれたから何かあったら離してくれるだろ。その点は安心だな」


ここで一旦、皆でコーヒーを飲んで一息ついた。


「能力者が関わってるなら探偵としてというよりは、任務かな。作戦はどうします?」


「敵対組織の罠かもしれないから『パンドラローブ』を着ていこう。そのあたりはみのりんよろしくな」


「あいあいさー!私の能力で『違和感を消す』んだね」


「さすがに真っ昼間からローブは目立つしねぇ」


「あとはいつも通りにな。能力者を捕らえ情報を得て報告。張り込みは俺と原。情報支援は笹崎頼むな。以上!」


1時間後。

風民と原は黒のローブを纏ってコンビニの影で待機していた。

黒のローブは影と『違和感なく』一体化しており、その存在には誰も気づいていないようだった。

二人の位置からはコンビニの中は見えないが、何かあれば監視カメラから見ている笹崎が指示してくれるため、問題はない。


「笹ちゃんの情報だと、そろそろかな?」


「どういう能力かわからないから、油断はするなよ」


「二人とも、来たよ」


笹崎の指示が来たため違和感を消したままコンビニに入ると、店内には店員以外に女子高生が一人いるだけだった。


「その子がターゲットの能力者だね。まだ声はかけないで様子見て」


「了解」


女子高生はおにぎりの棚の前で立ち止まると、財布を取り出して肩を落とした。

そしてキョロキョロと警戒するように周囲を見ると、消えた。


「消えたよ、笹ちゃん。動いていいよね」


「お願いね、みのりん」


原はそれを聞くとすぐに女子高生がいた場所に向かった。

まずは棘のない声で優しく声をかけてみる。

できることなら大事にしたくないし、傷つけることなく捕らえたい。


「まだそこにいる?あのね、聞きたいことがあるんだけど」


「!?」


しかし女子高生は驚くと、すぐに逃走したようだった。


「やっぱり難しいか……リーダー、よろしく!」


入り口近くで待機していた風民は見えない女子高生に的確に足をかけ、転んだところを押さえ込んだ。


「よっと。ここじゃみのりんの負担になるから一旦コンビニの裏に行こうか」


「さすがリーダー仕事はやーい。任務終了?」


「まだ……うおっ」


風民が女子高生を運ぼうと手を掛けると、足元から鋭い殺意を感じた。

さっと避けると、そこには氷柱が生えていた。

続いて女子高生と風民の周りに氷柱が次々と生え、風民が女子高生から離されたところで白い人影が現れた。

いや、『パンドラ』の黒いローブと対照的な、白いローブを纏った人物が現れた。


「気を付けて、やっぱり罠だったみたい。『導き手』のやつらだ」


「『氷』……俺の『風』と同じくらいのレベルか。ここで戦うのはきついな」


「逃げることも視野にいれた方がいいかも」


「みのりんは退避。俺は少し様子見ようかな」


「了解!リーダー気を付けてね」


風民は白ローブとにらみ合いながら原の撤退を見送ると、相手の出方を見るように声をかけた。


「君は『導き手』かい?その子も?万引きはよくないと思うけど、良心は痛まなかったか?」


「黙れ」


白ローブは一言だけ発すると、風民の前に大きな氷柱を立てた。

風民がそれを風で砕くと、その間に白いローブは遠ざかっていた。


「タダで逃がすのはもったいねぇ……な!」


風民が放った風は白いローブのフードを的確に捕らえ、その下の黒髪を晒した。


「…………」


風民はその黒髪から嫌な想像をして、冷や汗をかいた。


「いや、まさかな……」


その黒髪は栗須純の義妹、柳圭衣と同じ色だった。


結局依頼人からその後の連絡はなく、ただ依頼料だけが振り込まれていた。

正体不明の依頼は今後も進展することがなく、これにて小佐野探偵事務所の依頼は完了ということになった。

ただ不穏な気配を残して。

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