第119話 見習い料理と新たな旅立ち


 早朝のニーベルンブルク。

 濃霧が立ち込める帝都、その正門前にガレイトたちはいた。

 ガレイトは来た時と同じような大荷物を抱え、その両隣には、ブリギットとサキガケ。

 ふたりとも、見送りに来ていた者に挨拶を返していた。



「うーん……むにゃむにゃ……ばいばい……おじさん……」



 そう眠たそうに眼をこすっているのはカミール。

 彼は小脇に枕を抱えたまま、裸足で立っていた。



「あ、ああ……見送りは嬉しいが、無理しなくてもよかったんだぞ?」



 ガレイトがそう言うと、カミールは首を横に振った。



こういうの・・・・・はダイジだって、おかあさんがいってたから……」


「そ、そうか……ともかく、一生懸命励むんだぞ! 色々なことを学び、立派な騎士になるんだ」


「わかったぁ……」



 カミールは相変わらず、ふらふらになりながら答えた。



「もう、行ってしまうのか」



 そう名残惜しそうにガレイトに言葉をかけたのは、アルブレヒト・ヴィルヘルム。

 ガレイトはゆっくりとうなずくと、改めてアルブレヒトと向かい合った。



「はい。此度の件について、陛下には大変、お世話になりました。ありがとうございます」


「いや、それは構わんが……どうだ。もう料理の腕も悪くないことだし、このままヴィルヘルムで料理の勉強をせんか?」



 ガレイトはそう尋ねられると、ブリギットに視線を送る。

 ブリギットはすこし心配そうな顔で、ガレイトを見上げた。



「……いえ、俺はまだまだ、ブリギットさんから学ぶことがあるので……」



 ガレイトがそう言うと、ブリギットの顔がパァッと明るくなった。



「そうか……まあ、おまえらしいといえば、らしいのか……」


「申し訳ありません。ですが晴れて……胸を張って、一人前になったら、改めてまたヴィルヘルムへと帰ってこようと思っています」



 ガレイトがそう言うと、アルブレヒトはにっこりと優しく微笑んだ。



「ああ、達者でな。ガレイト」


「陛下も、お元気で……」


「おっと、そうだ。支援に関してだが、もう送ってあるぞ」


「え?」


「たしかおまえの住居はグランティの〝オステリカ・オスタリカ・フランチェスカ〟でよかったな?」


「はい。……あ、いえ、そこが正式な住居ではありませんが……もう送ったとは、一体?」


「なに、楽しみにしながら帰ればいい」


「いやな予感しかしないでござるが……」



 ガレイトの隣。

 サキガケが小さくつぶやく。



「──ガレイトさ~ん……私も連れて行ってくださ~い……」



 そう消え入りそうな声で話しているのは、全身を荒縄で巻かれているイルザードだった。

 そしてその縄の先を、まるで犬のリードのように、フリードリヒが持っていた。



「おまえはもっと反省しろ。……申し訳ありません、殿下。イルザードのバカが……」


「いや、いいさ。ガレイトが謝る事じゃない。それに、城のトイレを余すことなく破壊されただけだからね。そのお陰で色々と面倒はあるが、そこまで怒っちゃいない」



 笑顔のまま答えるフリードリヒ。



「あの……殿下?」


「怒っちゃいないとも」


「……おまえ、どうするつもりだ。城の便所をすべて破壊するなんて、最悪、国家反逆罪で死罪だぞ」



 ガレイトがイルザードに耳打ちをする。



「ああ、いろいろあって結局、見逃してくれました」


「……は?」


「本当ですよ。その代わり、無期限奉仕活動を命じられましたが」


「奉仕って……何をするんだ?」


「さあ? 花に水でもやるんじゃないですか?」


「そんなわけがあるか」


「一般的な騎士の公務から、国内における脅威の排除はもちろん、魔物の駆除、その他雑務を諸々、給与なしで行わせるつもりだよ」



 フリードリヒが笑顔のまま答える。



「だそうです」


「『だそうです』っておまえな。……まったく、本当に反省しているのか?」


「反省しましたよ」


「返事が軽いな。していないだろ」


「しましたってば! 私の目を見てください!」


「……死んだ魚のような目だな」


「ね?」


「なにが『ね?』だ。馬鹿者め」


「……さて、挨拶もしたし、そろそろ行こうかイルザード。激務がきみを待っている」



 フリードリヒが縄を引っ張り、イルザードが石畳の上を引きずられる。

 イルザードは特に抵抗らしい抵抗はせず、ガレイトに向かって口を開いた。



「ではでは! また会いましょう! ガレイトさーん! さーん……さーん……さーん……!」



 やがてふたりが見えなくなると、ガレイトの隣にいたブリギットが口を開く。



「……なんか、最後までイルザードさんはイルザードさんでしたね……」



 ブリギットが苦笑しながら、フリードリヒとイルザードを見送っている。



「まぁ、あいつはあんなことをされても一生治らんでしょうけど」


「……そんなことは……あるかもですね」


「──さて、がれいと殿。拙者たちもそろそろ……」



 サキガケが降ろしていた荷物を抱え、ガレイトと向き合う。



「……そうですね」



 ガレイトはそれに対し短く返した。



「あくれいど殿……でござるか?」


「……はい」


「たしかに、こういう別れ方は後味が悪いでござるな……もう少しだけ、ここで待つでござるか?」



 サキガケがそう尋ねると、ガレイトはゆっくりと首を横に振った。



「いえ、もう行きましょう」


「……いいのでござるか? 拙者、それほど急ぎ帰る用事もないでござるよ?」


「わ、私も。……なんならもう一泊しても大丈夫だよ?」



 ブリギットとサキガケが心配そうにガレイトを見上げる。



「いえ、おそらくアクレイドは来ないと思います。俺も、あいつがどれくらい俺を慕ってくれているか知っていましたし、結果として、あいつを裏切ったことには変わりません。ですから──」


「おー……」



 霧の中。

 パタパタと手を振りながら走る人影が現れた。

 その人影はどんどんと、ガレイトたちに近づいてくる。



「おーい! ガレイトさーん! 待ってくださーい!」



 そう言って霧の中から現れたのはアクレイドだった。

 アクレイドはガレイトたちの真ん前までやってくると、膝に手を置いて息を整えた。



「アクレイド……! おまえ、来てくれたのか……!」


「は、はい! 僕もご一緒しようと……!」


「は?」



 よく見ると、アクレイドの手には、すこし大きめのリュックサックが握られていた。



「先日のガレイトさんの言葉、大変染み入りました! ガレイトさんは騎士を辞めたのではなく、新たな騎士道を歩まれている。騎士とは職業でも肩書きでもなく、概念であり、魂であり、その生き様であると! ……僕はその言葉を聞いて、目を覚ましました! おはようございます!」


「おはようございます。と言われてもだな……」


「はい! ですので僕も、その道をご一緒しようと! ガレイトさんが進む道の先にある景色を、僕も見てみたいのです!」


「あの……ど、どういうことだ? というかおまえ、騎士団はどうするのだ?」


「辞めます!」


「いや、ダメだろう! 隊長だろう、おまえは!」


「皇帝陛下!」


「許可する!」


「やったー!」


「えぇ~……」



 ガレイトとブリギット、そしてサキガケが声を重ねる。

 アクレイドはブリギットとサキガケの荷物を持ち、正門から出て、ガレイトを振り返った。



「さあ、ガレイトさん! まだ見ぬ食材が僕たちを待っていますよ! さあ! さあ!」


「あの、陛下……本当によろしいのですか?」


「うむ」


「隊長ですけど……」


「ああ。おまえも知っておるだろうが、あれは我が盟友エルロンドの孫だ。くれぐれも、アクレイドをよろしく頼むぞ」


「う、嘘だ……こんなことって……」



 ガレイトはがっくりと項垂れると、ブリギットとサキガケに支えられながら、ニーベルンブルクを後にした。


────────────

 申し訳ありません。

『懐かしのヴィルヘルム編』はここで終了となり、この物語の更新もしばらくの間ストップさせていただきます。

 というのも、以前からずっと新連載をやろうと機会は窺っていたのですが、こちらをぶつ切りにして終わらせるか、いいところで区切るかで迷っていたのです。(結果として、章終わりで区切らせていただきましたが)

 結果、近々そちらのほうも投稿しようと現在いろいろと練っている状態です。


 いちおう次章(ヴィルヘルム編の後)についても考えているのですが、それはまた新連載が落ち着いてから、時間が経ってから再開したいと思います。

 すこし中途半端ではありますが、ここまで読んでくださって本当にありがとうございました。

 誠に勝手なお願いではありますが、よろしければ新連載のほうも読んでいただければな、と思っております。

 

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最強騎士、身分を隠してパーティ付きの料理人に転職したが追放される ~戻ってきて魔物と戦ってくれと言われてももう遅い。夢は料理人なので~ 水無土豆 @manji

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