第114話 見習い料理人の試験前夜
夜。
ガレイトの
その食卓にて、談笑している人影がふたつ。
ガレイトとブリギットである。
グロース・アルティヒでの食事を終えたガレイトたちは、イルザードと別れ(?)、カミールを寮まで送った後、歩いて寮まで戻って来ていた。
「──え、それで、もう捕まっちゃったんですか? イルザードさん?」
ブリギットが食卓を挟んで向こう側にいるガレイトに尋ねる。
「はい。カミールを寮へ送り届けた際、ひとづてに聞いたので、まず間違いないかと……」
「そ、そうなんですね……でも、あのイルザードさんを、そんなに早く……。やっぱりすごいんですね、ヴィルヘルムの騎士の人たちって」
「いや、あいつもそこの隊長ではあるのですが……とはいえ、かなりの大捕り物だったようですよ」
「大捕り物って、そんな泥棒みたいに……」
「泥棒なんて可愛いもんです。実際はもっとひどい……逃げるイルザードを捕まえるために、ウォルターまで出張ったと聞きますし」
「ウォルター……さん?」
「……あ、すみません。ご存じないですよね。ウォルターも隊長なんです。四番隊の」
「そうなんですね……って、た、隊長!?」
「はい」
「隊長まで出動したんですか……?」
「そのようですね。……まぁ、頭や倫理観が腐っていても、腕っぷしだけなら騎士団の中でもトップですからね、イルザードは」
「く、腐ってはいないと思いますけど……」
「ですので、同じ隊長格でないと……一般の兵や騎士なんかでは相手にならんのでしょう」
「た、大変ですね……」
「──それにしても、そんな人がよく隊長になれたでござるな……」
すこし髪の湿ったサキガケが、タオル片手にブリギットの隣に座る。
「騎士団は実力主義ですからね。……極論をいえば、人語を話せる魔物でも、実力さえあれば隊長になれるのですよ」
「いやいや、どんな制度でござるか、それ」
「まぁ、いままで魔物が隊長を任された話は聞いたことはありませんが」
「当たり前でござる!」
「……サキガケさん、もうよろしかったのですか?」
「ニン。昨日に引き続き、お風呂、かたじけないでござる。千都のお風呂もいいでござるが……こちらの〝ばすたぶ〟もまた、よいものでござるな」
「ありがとうございます。……それで、どうでしたか、ブリギットさん、サキガケさん。グロース・アルティヒの料理は?」
「はい。美味しかったです……」
「ニン。美味でござった……」
ブリギットとサキガケは余韻を楽しむように、静かに目を閉じた。
「それと……その、面白かったです」
「面白い?」
「うん、やっぱり、国によって考え方や暮らし方が違うから、食べ物も変わってくるんだなって。おじいちゃんが、あちこち行きたくなるのも、わかった気がします」
「そうですね。世界は本当に広い……」
ガレイトはそう言うとブリギットから視線を逸らし、その後ろの空間を見つめた。
「俺なんて、この国にいた頃は、あまりそういうのは気にしませんでしたし」
「おや、そうなのでござる?」
「たしか……最初の頃は食べ物に無関心だったって言ってましたね、ガレイトさん」
「はい。今思い返してみれば、たしかに塩漬けや酢漬けといった保存食をよく食べていた気がします。おそらく、そのせいもあって、ダグザさんに会うまでは、食に興味がなかったのだと……」
「なるほどですね。……でも、保存食をあそこまで美味しく昇華できるのは、さすがグロース・アルティヒさんでした」
「ニン。おいしいヴィルヘルム料理をお腹いっぱい……でござるな」
「はい。料理ももちろん美味しかったですけど、料理に対しての考え方も……私も見習わなくては!」
「ええ、俺も改めてそう思いました。やはり、ヴィルヘルムで一番の料理店というのはダテではありません」
ブリギットとサキガケがガレイトの言葉にうなずく。
「……そうだ。料理といえば、明日の試験、何を作るかもう決めたのでござるか?」
「ええ、はい。ヴィルヘルムらしく、ここはソーセージをつくろうかと」
「ほう、
「そういえばサキガケさん、こっち来てから食が進むようになりましたよね」
「ニン。故郷の飯も美味でござるが……ヴィルヘルムもなかなか。元々、濃い味付けが好きだったせいか、肌に合うのかもしれぬでござる」
「ミソとショウユを常備してますからね……」
「香腸を作るということは、もう、その仕込みは……?」
「いえ、さすがに今日作り置きをしたものを明日、茹でて焼くだけ……というのは、失礼かなと」
「なるほど。では、ぶっつけ本番……ということでござるな」
「はい」
「……あの、こんなことを訊くのはあれでござるが、大丈夫なのでござる?」
「……お、おそらく」
「が、ガレイトさん……」
ブリギットがガレイトを見て、すこし悲しそうに項垂れる。
「でも、アクアさんからガレイトさんの弱点も聞きましたし、大丈夫ですよ! 自信をもって!」
「がれいと殿の……弱点でござる?」
「はい。ガレイトさんは自分の感覚を信じ過ぎちゃうんです」
「感覚……あー……なるほど。天才肌というやつでござるな」
「はい。戦うときはそれが上手く働いていたんですけど、料理を作ることに関しては……」
「ま、まぁ、なにごとも基本は大事でござるからな……感覚で動くのは経験を積んでから……と拙者もよく母上から言われていたでござる」
「おっしゃるとおりで……」
ガレイトが肩を落として項垂れる。
「だから、まずは基本どおりに、忠実にやりましょう! ガレイトさん! 大丈夫、私が付いてますから!」
「は、はい……! 頑張ります……!」
「……思えば、ぶりぎっと殿も随分と積極的になったでござるな」
「え!? な、なにか、変ですか!?」
ブリギットが顔を真っ赤にして、サキガケに尋ねる。
「いやいや、良い兆候でござるよ。ぶりぎっと殿は笑った顔のほうが似合ってるでござるし……」
「あ、ありがとうございます……」
サキガケにそう褒められると、ブリギットはそのまま俯いてしまった。
「拙者も、行くことは出来ないでござるが、陰ながら応援してるでござるよ、がれいと殿」
「ありがとうございます」
「……それはそうと、明日はよろしく頼むでござる」
「……明日?」
「いるざぁど殿が御用となったので、誰も拙者を送ってくれる人がいないのでござるよ」
「ああ……そうでしたね……」
ガレイトはそう言って、頭を抱えた。
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