第113話 見習い料理人と反逆者


「──失礼、取り乱しました。……あの、皆さん」



 アクレイドはこほんと咳払いをすると、テーブルにいた全員の顔を見る。



「ひとつ、付け加えさせていただきますが、僕は決して、ガレイトさ……ヴィントナーズ元団長殿が好きだとか、そういうのはないですから。というか、そもそも、なんとも思っていませんので」


「すきなんだ……」

「がれいと殿は人気でござるな……」



 ブリギットとサキガケがそれぞれ小声で呟く。

 しかし、それを聞いたイルザードは挑発するような感じで続ける。



「まぁ、ガレイトさんが騎士を辞めて、団内で一番へこんでいたのはアクレイド殿だったからな」


「へこんでいませんが!?」


「おや、そうでしたか?」


「勿論ですとも」


「なら、その後、一週間ほど自室に引きこもって、エルロンド殿に叱られていたのは……どこのアクレイドでしたか?」


「そ、それは……!!」


「──その辺にしておけ、イルザード。そもそもの話、俺が無責任に自分の仕事を放棄したのがすべての元凶だ」



 ガレイトはそこまで言うと、改めてアクレイドのほうを向いた。



「……すまなかったな、アクレイド」


「ガレイトさん……」



 ガレイトはそう言うと、軽く頭を下げた。



「せめて一度、きちんと話し合ってから辞めるべきだった」


「……いえ、僕は気にしていませんので」



 アクレイドはそう言って、ガレイトから視線を逸らした。



「ちなみに、一週間自室に引きこもっていたのは、ヴィントナーズ元団長の料理を食べたからです」


「あ、ああ、そうだったのか……すまなかった。でも、いちおう食べてはくれたんだな……」



 ガレイトは引きつったような苦笑いを浮かべた。



 ◇



 すっかり陽が暮れた、夜のニーベルンブルク。

 グロース・アルティヒの前。

 そこにレストランで食事を終えたガレイトたちが居た。



「……ヴィントナーズ元団長」



 アクレイドが、帰路に着こうとしていたガレイトに話しかける。

 その頭には相変わらず、麻袋がかかっていた。



「なんだ?」


「その、明日の会場についてはご存じですか?」


「会場?」


「はい。料理の……」


「ああ、そういえば詳しくは聞いていなかったな。てっきり城でやると思ていたのだが……違うのか?」


「いえ、会場は野外訓練場横に併設されている、野外炊事場で行うそうです」


「ああ、あの、ミカン畑へ行く途中の──」


「はい。それと、その二人には、使いの者がすでに場所を伝えているはずです」


「それも知っていたのか」


「ええ、皇帝陛下よりそう聞き及びました。『もしガレイトに会ったら伝えておけ』と。おそらく、ご自宅のほうにも、通知の文は届いているはずかと……」


「そうか。……なにからなにまで、悪いな」


「いえ、それは僕ではなく皇帝陛下に……」


「……だが、なぜ外でやるんだ?」


「それは──」


「外なら、そのまま吐いても大丈夫だからじゃないですか?」



 イルザードがその会話に参加してくる。



「いや、そんなはずが……」



 ガレイトはそう否定しかけて、口をつぐむ。



「……本当なのか? アクレイド」


「い、いえ、それは僕にもわかりません」


「むぅ……」



 ガレイトは腕組みをすると、低く唸った。



「ただ……」


「ただ?」


「皇帝陛下は……いつもよりどこか、楽しげでした」


「……そうか」


「とにかく、場所はお伝えしましたので、僕はこれで……では、ヴィントナーズ元団長、また明日……」



 アクレイドはそれだけ言うと、軽く会釈をし、そのまま立ち去ろうとした。



「ああ、また明日……」



 ガレイトはそう言って、手をあげかけて──口に手を添える。



「……アクレイドォ!」



 ガレイトが大声でアクレイドを呼び止める。

 アクレイドはすこし驚いたような表情を浮かべ、振り向いた。



「は、はい……! なんでしょうか……!」


「明日は楽しみにしてくれていい! とびきりの料理を馳走してやる!」


「……わかりました。楽しみにしています」



 アクレイドはほんのすこしだけ笑うと、そのまま再び歩き始めた。



「……いいんですか? そんな大見得切っちゃって?」



 イルザードがガレイトに尋ねる。



「ああ」



 ガレイトはアクレイドの背中を見送りながら答えた。



「自信、あるんですか……?」


「まあな」


「……それとも、自分の尻に火をつけるために言ったんですか?」


「いらんことを訊くな。……まぁ、どっちもだな」


「へえ、じゃあ本当に自信あるんですね。……私も食べにいこっかな」


「おまえは便所掃除だろう」


「ええ~? そんな~……」



 ダダダダ……!

 石畳を大勢の人間が踏み鳴らす音。

 いつの間にか、ガレイトたちは武装した兵に囲まれてしまった。

 イルザードとサキガケは姿勢を低くし、即座に臨戦態勢に入る。

 ガレイトはブリギットとカミールをかばうようにして、一歩前へ進んだ。



「……こんな時間に何の用だ?」



 ガレイトがそう言って、兵のひとりを睨みつける。



「が、ガレイトさん……!」



 ブリギットが心配そうに、ガレイトの服の裾を引っ張る。



「大丈夫です。ブリギットさ──」


「あ、あの……その、麻袋……!」



 ブリギットがおそるおそる、ガレイトの麻袋を指さす。



「え?」


「それで、憲兵さんに通報されたんじゃ……」


「そ、そんなバカな……! こんなに風通しが悪いのを我慢しているのに……!」


「か、風通し……? でも、それ以外考えられないし……」


「し、仕方ない……ですね。誤解を解くためには、もう脱ぐしか──」


「ヴィントナーズ元団長殿」



 兵のひとりが口を開く。

 ガレイトは麻袋から手を離すと、もう一度、兵の顔を見た。



「……なんだ。俺を知っているのか」


「はい。もちろんです」


「なら、この騒ぎはなんだ? 俺たちは今から……」


「失礼ですが、そこを退いていただきたい」


「なんだと?」


「私たちは貴方に用はありません」


「なら誰に──」



 ダッ──!

 イルザードが兵の頭上を飛び越え、一目散にその場から走り去った。



「逃げたぞ!」

「追え!」

「逃がすな!」



 兵はそれぞれ声をあげると、そのままイルザードの後を追った。

 ガシッ。

 ガレイトは兵のひとりの肩を掴むと、そのまま尋ねる。



「なんなんだ、この騒ぎは? イルザードが何かしたのか?」


「え? ご存じないのですか?」


「なにをだ」


「イルザード隊長殿が、城のトイレをすべて破壊したのです」


「は?」


「そのせいで城は大混乱で……」


「そ、そうか……引き留めて悪かった……」



 兵はガレイトに会釈すると、そのまま走り去っていった。



「……野外になった理由、わかりましたね」



 ブリギットがそう言うと、ガレイトは手で顔を覆った。

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