第64話 元最強騎士と元従業員


「おじいちゃんが……私と同じような答えを出したの……?」


「そうだ。さっきブリギットさん・・・・・・・が言っていた、揚げるや煮るといった調理法も、ひと工夫すれば全然、料理として提供できるものなんだが……前に、ダグザさんがセブンスカジキを調理するにあたって、選んだ調理法こそがセブンスカジキのムニエルだったんだよ」


「そ、そうなんですね……」


祖父ダグザさんブリギットさん。感性も思考も似ているのだろう。今、俺は、たしかに君とダグザさんに繋がりを感じた。──そうなってくると、この出会いも不思議な縁を感じる」



 ティムは感慨深げに、独り言のように言うと、改めてブリギットの目を見た。



「……さっきまで半信半疑だったが、これでやっと君がブリギットさんだ・・・・・・・・・・と確信できた。本当はブリギットさんの名を騙る不届き者だと思って、適当に二言三言話して、あしらおうと思っていたんだが……」


「あの、それは、どういう……?」


「すまない。まずは、色々と嘘をついてしまった事を詫びさせてくれ」


「嘘?」


「ああ、そうだ。俺はあんたたちに嘘をついていた」


「……ということ、もしや、さきほどのセブンスカジキの講釈はすべて……?」


「いや、あれは本当だ。実際に特殊調理食材だし、間違えて食ってしまったら洒落にならんからな」


「だったら──」


「……嘘なのは、俺が修業時代でお世話になっていた店の事だ」


「修業時代のお店……?」



 ピンと来ていないのか、ブリギットは首を傾げた。



「あー……わかってる。皆まで言うな。俺がぐだぐだと自分語りしたあの辺りだ。あんたらはさっき寝てたからな。もうひとりのネーチャンもどっか行っちまったし、覚えてないんだろうなとは思ってたよ……それ以外は本当だったんだが……」



 腰に手を当て、ずぅぅん、と項垂れるティム。



「──まぁ、それはいいさ。んで、そこの店の名前だが、オステリカ・オスタリカ・フランチェスカ。……あんたらもよく知ってる店だろ?」



 ティムの話を聞いたガレイトとブリギットは、目を丸くさせて驚いた。



「ということは、つまりティムさんは──」

「従業員さん!?」


「元、だがな。何年間か、俺はあそこで修業させてもらっていた。そして、未だに俺はあの店で働けたことを誇りに思っている」



 唇を震わせ、鼻息を荒げ、ティムが興奮するように話すと、ブリギットは萎縮するように、俯いてしまった。



「す、すみません、ティムさん。私……その……」


「いいんだ、気にしないでくれ。俺が働いていた時は、君はまだ生まれていなかったからな。知らないのも無理はない」


「そう、だったんですか……」


「ああ。そして、君が生まれるよりも前に、俺は仕事場を陸からこっちへと移したんでな。そしてそれから数年後、偶然、たまたま、俺が働いていた船にダグザさんが乗り合わせたんだよ」


「ということは、そこから、おじいちゃんはぶらぶらと……」


「『ぶらぶら』はちょっと違うかもしれんが……、そうだな。『レストランも完全に引継ぎが終わったから、あとは孫娘に押し付けて、儂は世界を回る』て言ってたな」


「……え? な、なにがですか……?」



 ティムの話を聞いていたブリギットが、すぐに訊き返す。



「ど、どういう……? えっと、引継ぎが……え?」


「な、なんだ? 俺、変なこと言ったか?」


「うん。……あ、ううん、私の聞き間違いかもしれないんですけど……」


「いや、でも、いまのオステリカ・オスタリカ・フランチェスカの支配人オーナーって、ブリギットさんなんだろ?」


「ぴぃええええええええええええええええええええええええええ!?」



 ブリギットが船中に響き渡るような大声をあげ、ガレイトはその声に驚いた。



「わ、わた……私が、支配人?」


「な、なんだ。もしかして、知らなかったのか?」


「し、知りません……全然! おじいちゃんは、その、ただ、散歩に行ってくるって、それっきり帰って来なくって……」



 その話を傍で聞いていたガレイトが、おそるおそる口を挟む。



「……あの、ブリギットさん、知らなかったんですか?」


「ぎぃええええええええええええええええええ!?」



 二度目の絶叫。

 ブリギットは腰が抜けてしまったのか、厨房の床にぺたんとへたり込んでしまった。



「ななな、なんで、ガレイトさんも知ってるの……?」


「い、いえ……前に一度、ダグザさんからブリギットさんに店を押し付けた、と聞いていたので」


「そ、そんなの聞いてない……」


「えー……っと……」


「そんなの聞いてないです!」


「は、はい……言ってなかったかも……しれません……」


「なんで言ってくれなかったの……」


「いえ、その……」


「モニモニも、おじいちゃんの帰りを待ってるって言ったのに……」


「す、すみません。オーナー・・・・としてのダグザさんの帰りを待っているのではなく、ただダグザさんの帰りを待っているものだと……」


「えぇー……」



 ブリギットが、魂の抜けた人形のように口をぽかんと開け、部屋の隅を見つめる。



「──なにやら、ダグザさんとブリギットさんの間ですれ違いがあったようだな……」


「す、すれ違いどころじゃ……でも、まさか、おじいちゃんがお店を辞めてたなんて……」


「まあ、あの人の料理の腕は凄いが、適当なところがあるからな……」


「適当過ぎますよぉ……」


「でも、ブリギットさんはダグザさんがいなくても、きっちりと仕事をしてたじゃないですか」



 ガレイトが励ますように言うと、ブリギットの表情もぱっと華やいだ。



「ほ、ほんとですか? 私、きちんと出来てました……?」


「ええ。厨房で働くブリギットさんは、とても立派でしたよ!」


「そ、そうかなぁ……えへ、えへへへへへへへへ……」



 ガレイトに褒められて、照れくさそうに、くねくねと、まるでミミズのように体をくねらせるブリギット。



「ところでティムさん、ダグザさんは他に何か仰っていましたか?」


「他に?」


「はい。ブリギットさんの事とか、お店の事とか、他になんでも……」


「そうだなぁ……『もし外で会うようなことがあったら、よくしてやってくれ』とも言ってたな」


「なるほど」


「まあ、それについては『たぶんないとは思うが──』て前置きしてたけどな」


「え? ど、どういう意味ですか……?」



 ブリギットがティムに尋ねる。



「ああ、それだよ。結局俺が最後まで、ブリギットさんを疑ってた理由は」


「え? え?」


「ダグザさんからは、ブリギットさんは料理のセンスはいいけど、重度の引きこもりだって聞いてたからな」


「ひ、ひきこ……!?」


「だから、現にブリギットさんがこうやって、旅に出ているなんて夢にも思わなくてよ。──悪かった。恩人の大事な孫娘なのに、ぞんざいな態度をとっちまって」


「ああ、俺もダグザさんから聞きました。ブリギットさんには色々と問題がある……と」


「な、なんでそんなこと言ってるの……おじいちゃん……」


「ただまあ、その様子だと、どうやらいい出会いに恵まれたみたいだがな」



 ティムがガレイトを一瞥して言うと、ブリギットは恥ずかしそうに、小さく頷いてみせた。



「──よし。なら、早速料理してみるか」


「え、こ、ここでするんですか……?」



 ブリギットが遠慮がちに尋ねると、ティムは自信満々な様子で口を開いた。



「『一流の料理人は、どんな時でも、どんな所でも、美味い料理を作れる』……ダグザさんが常々言っていたことだ」



 ガレイトが、ティムの言葉をメモしようとすると、今度はブリギットが口を開いた。



「……でもおじいちゃん、『調理場はなるべく清潔に保て』て、言ってたような……」



 ティムとブリギット。

 ガレイトは交互に両者の顔を見た。



「……うん、まあ、片付けるか」



 ティムは特に何も言い返すことはなく、そのまま大人しく、厨房を片付け始めた。

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