第53話 元最強騎士と少女の旅立ち。プラス忍者


「……どう? モニモニ?」



 オステリカ・オスタリカ・フランチェスカの厨房。

 そこにはガレイトと、もぐもぐと口を動かしているモニカ。

 そして、そんなモニカを心配そうに見ているブリギットがいた。



「う~ん……やっぱちょっと臭いかも……?」


「そうなの?」


「やはり、鴨と熊では違いますか……」



 そのやり取りを聞いていたガレイトが、残念そうに肩を落とす。



「うん、グランティ・ダックのほうはまだ食べられたんだけどね、こっちはちょっと、獣肉によくある、独特の臭みが……」


「このままでは……ただ焼いただけでは、提供するのは厳しいということですか?」


「まあね──」



 ◆



 数分前。

 オステリカ・オスタリカ・フランチェスカ店内ホール。



「──いい機会だ。ついでにこの子も連れてってよ」


「……ええええええええええええええええええええ!?」



 ガレイトとブリギットの声がホール内に響く。



「も、モニモニ……?」

「モニカさん、一体、どういうおつもりで……?」



 ガレイトとブリギットがほぼ同時に、モニカに質問を投げかける。



「な~に。可愛い子には旅をさせよって言うだろ?」


「わ、私、旅なんて……」


「でも、外国の食べ物には興味あるでしょ?」


「そ、それは……そうだけど……」


「モニカさん、いくらなんでも、それは急では……?」


「べつに急じゃないよ。それにさ、こういう仕事やってると、オーナーみたいにブラブラしない限り、まともな休みもないでしょ?」


「ブラブラって……」


「ちょうど、ガレイトさんっていう心強い護衛さんもいるしね」



 モニカに言われると、ガレイトはすこし間を置いて、ブリギットを見た。



「……ブリギットさんはどうしたいですか?」


「わ、私……ですか?」


「はい。たしかに、モニカさんの仰っていることも一理ありますし、俺自身も、賛成です。これから、間違いなくオステリカ・オスタリカ・フランチェスカはどんどん人気になっていくでしょう。そうなってくると、今以上にいろいろなことが経験できなくなる。だから、その前に色々なことを経験しておく……というのは、ブリギットさんのプラスになると思うのです。──ですが、最終的に決めるのはブリギットさんです」


「そう……ですよね……経験……」



 ガレイトが諭すように言うと、ブリギットはしばらく押し黙り、やがてモニカを見て、口を開いた。



「モニモニは……?」


「ん、なに? あたしがどうしたの?」


「モニモニはついてきてくれないの?」


「あはは、あたしがついてってどうすんのよ。これはブリの為の旅なんだから。それに、あたしがいたら、また頼りっきりになるだろ?」


「それは……そうかもだけど……」


「だから、その旅にはあたしはむしろ邪魔なんだよ。……だけどまぁ、ブリがどうしてもイヤってんなら、あたしも無理にとは言わないけど……どうする?」



 ブリギットはガレイトとモニカを交互に見ると、やがて、モニカと向かい合った。



「……行く。行きたい。ガレイトさんについてく」



 それを聞いたモニカは一瞬驚いてみせると、すぐに満面の笑みを浮かべて、ブリギットの頭をガシガシと乱暴に撫でまわした。



「よく言った! 成長したね、ブリ!」


「や、やめて、モニモニ……いたいよ……」



 そう言っているブリギットの顔も、どこか嬉しそうにしている。



「──よし、そうと決まったら、旅費を稼ぐために、はやく鴨熊フェアの準備に取り掛からないとね。あの熊肉を食べられるようにしなきゃ」


「旅費……ですか? いつもお世話になっていますし、ブリギットさんの旅費については、俺が負担──」


「だめだめ。ただでさえ、ガレイトさんにはまともな給料は払えてないのに、これ以上頼れないっての」


「ですが──」


「だからそのぶん、どうか、ブリのことをお願い」



 強く言うでもなく、ただまっすぐにガレイトを見て言うモニカ。

 ガレイトも、それ以上は何も言わず、ただ黙って頷いた。



「ブリも、料理なんかを作るときは、なるべくガレイトさんと一緒に作るんだよ?」


「う、うん……わかった──」



 ◆



「──ガレイトさんも、食べてみます……?」


 

 さっきと同じ、オステリカ・オスタリカ・フランチェスカの厨房。

 ブリギットはフォークで熊肉のステーキを刺すと、肉汁が零れないように、手で受け皿を作り、それをガレイトに差し出した。

 ガレイトはそれを受け取ると、すこしだけ肉をじぃっと見たのち、一気に口の中へと入れた。

 もぐもぐもぐ……。



「どう、でしょう?」


「うん。たしかにモニカさんの仰っていた通り、鼻の奥にツンと来る独特な香りがあります……ですが、これは許容範囲内では? むしろ、こういう原始的というか、ワイルドな味を好む方も、それなりにいらっしゃると思いますが、いちおうメニューにも独特な味だという注意書きをしておけば──」



 ガレイトがそう提案すると、モニカは静かに首を振った。



「たしかに、こういう肉を好む人もいるけど……裏を返せば、この肉じゃなくてもいいんだよ」


「どういうことでしょう?」


「つまりね、臭い味を好む人は、べつに臭くない肉も食べられる。……けれど、臭くない肉を好む人は、臭い肉は食べないんだ」


「な、なるほど。たしかに臭い肉を嫌いだと言う方はいますが、臭くない肉を嫌いと言う方は、そもそも肉自体が好きじゃない方ですからね」


「そう。こっちはそういうニッチなのじゃなく、普通の人も相手に商売したいからね。それに、なるべく肉の廃棄はしたくない。店にとってもマイナスだし、なにより肉になってくれた獲物に申し訳ない。……だから、出来る限り、臭みはなくしたほうがいいの」


「となれば、どうやって臭みを消すか、という問題ですが……」



 ガレイトとモニカが腕組みをしながら、小さく唸る。



「あ、あの……でも、熊さんはダメだったけど、鴨さんのお肉は大丈夫なんでしょ?」


「ああ、そうだね」


「じゃあ、臭みを消すのは後にして……先に鴨フェアだけ開催する? 生のお肉だし、このまま悩んでても……腐っちゃう……」


「いや、同時開催にしないと、今度はブリたちがヴィルヘルムに行く船に間に合わないでしょ。フェアになるとかなり忙しいから、臭い消しなんて考えてる暇もないし」


「そう、だね……。フェア中はほとんど動きっぱなしだし……モニモニも痩せちゃうし……」


「いや、あたしが痩せるのはべつに関係ないでしょ。……だから、それまでの猶予を逆算して……って、次に港から船出るのってどれくらいだっけ?」


「一週間後くらいでござる~」



 ホールから厨房へサキガケの間延びした声が聞こえてくる。



「じゃあ、あと明日、明後日あたりにはなんとか食べられるようにしないとね」



 モニカがそう言うと、ブリギットは小さくうなずいた。



「……酒はどうでしょうか? たしか以前、モニカさんから聞いた方法の中にありましたよね」


「あー……うん。お酒もいいんだけど……」



 モニカはそう言うと、口に手をあて、サキガケには聞こえないほどの声量で話し始めた。



「……前にも言ったけど、お酒や調味料はギルドから横流し品だから、あんなに大量な熊肉を調理するとなると、調味料はともかく、お酒が全然足りないの」


「あ、たしかにそうですね。鴨鍋のほうに使いますし……」


「うん。だから、調味料やお酒に頼らない感じで、臭いを消したいんだ」



 腕組みをし、さらに低い声で唸るガレイト。



「では、この前、モニカさんとイルザードが大量に摘んだ、あの野草は……?」


「あれは臭みを消すというよりも、旨味を増幅させるようなものだからね。臭みも多少は消えると思うけど……」


「厳しいですか?」


「だね。あの獣臭さまでは消せないと思う。……うーん、やっぱ臭みが消えるくらい強い味付けにするか、他の野草に頼るくらいしかないんだけど……ここらへんに生えてたかな?」


「そのうえで、大量に無いと使えないですよね……」


「──失礼」



 音もなく、サキガケが厨房へと入ってくる。



「うわあ!?」

「びっくりした……!」



 モニカとブリギットが声を上げる。



「失礼。……ですが、話は聞かせてもらったでござるよ」


「ど、どこから!?」


「ギルドの品を横流ししている、というところから」


「いや、ダメじゃん」


「あ、大丈夫。そのことについては誰にも言わないでござるよ」



 サキガケがそう言うと、モニカはホッと胸をなでおろした。



「うん、それで? なにか用?」


「なに、すこしばかり、提言しておきたいことが……」


「提言?」


「ニン。拙者の故郷──千都でも、じつは熊肉は食べられているでござる。拙者は好きじゃないけど」


「ああ、うん。さっきも言ってたね」


「ニン。と言っても、一般的ぽぴゅらあなものではござらんがな。……それでも、ある地方においては、熊肉が名物になっている所もあるのでござる」


「そうなんですね。ちなみに、どのような食べ方なんですか?」


「専ら、熊鍋でござるな」


「おなべ……」



 ブリギットが小さく呟く。



「たしかに、今、ぶりぎっと殿がやっておられる熊の〝すてえき〟という食べ方も、あるにはあるでござるが……あれは、木の実や山菜だけを食べている熊の食べ方。此度の熊は、同種の熊まで食っていた肉食の熊でござるから、熊鍋にすればよいのでは、と。味噌と野菜で煮込まれた熊鍋は、それはもう絶品だと聞き及んでいるでござるよ」


「まあ、選択肢にはあるけど、熊鍋って言ってもねぇ……」


「む? 何か、問題でもあるでござるか?」


「あのね、ミソ・・、最近見ないの……」



 勇気を振り絞って、ほぼ初対面のサキガケ相手に声を出すブリギット。



「見ないとは……?」


「この街では、食料品の流通量が制限されているのです。ですから、サキガケさんがおっしゃっておられた、〝ミソ〟というものが手に入らないものだと、ブリギットさんはおっしゃっているのかもしれません」


「なるほど。この街にも、のっぴきならない事情が……しかし、安心してほしいでござる」


「え?」


「ふっふっふ。じつは拙者、実家から大量の醤油と味噌を持ってきているのでござる」



 両手を腰につき、ふんす、と鼻息を荒げるサキガケ。



「だからもし、もにか殿たちがご所望とあらば、拙者、喜んでそれらを──」


「み、ミソ……あるんですか……!?」



 ブリギットが、キラキラと目を輝かせながら、サキガケの手を取った。



「あ、う、うん……あるお……」

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