第49話 元最強騎士と交錯する因縁


「──探したぞ、サキガケ」



 グランティ周辺、枝葉が生い茂る山林地帯。

 ガレイトを引き連れたグラトニーの視線の先には、木の枝で積み重なった枯葉を突っついているサキガケの姿があった。



「ニン。……ぐ、ぐらとにぃ……!?」



 サキガケはグラトニーを見るなり立ち上がると、腰の苦無くないに手をかけ、臨戦態勢に入った。



「あの後で、よく臆面もなく、拙者の前に姿を現せたでござるな……!」


「まあ、待て」


「待つものか! 問答無よ──」


「サキガケ!」


「ニン!!」



 グラトニーの後ろで、真顔で控えていたガレイトの唇がぷるぷると震える。



「……というか、おぬし、こんなところで何をやっとるんじゃ」


「はあ? 見てわからん……わからんでござるか?」


「わからんから訊いておるんじゃが……」


「野宿に決まっとるやろ!」


「野宿なら……もっとこう、火を着けるとか、寝床を確保するとか、そういう事するじゃろ」


「火のつけ方とか……、そんなん知らんでござる……」


「だから、いじけておったのか」


「い、いじけてへん! ……でござる」


「そもそも、そんな調子でよくここまで来れたものじゃな」


「うっさいな~……で? なんの用でござる? もしや、気が変わって、拙者を亡き者にしようとしてるのでござるか?」


「いやいや、そのような野蛮なことなどせぬ。妾はただ話し合いに来たのじゃ」


「ふん、拙者がそのような戯言を真に受けるとでも? 油断した拙者を、後ろからグサーッいくつもりやろ! 知っとんやで!」


「……せめて口調は統一させよ」


「……む? そういえば、拙者の顔面を蹴った、あの眷属の眷属……いるざぁどが見当たらぬようでござるが……」


「あやつは、あの後すぐに旅立った」


「た、旅立った!? もう、逝ってしまったのでござるか!?」


「いやいや、死んだとかそういうのじゃなく、文字通り国へ帰った」


「く、国へ!? 眷属が!? いいの!?」


「まあ、妾の眷属契約はおぬしの所属先と違って、ホワイトじゃからの」


「拙者の、所属……?」


「のう? 波浪輪悪ハローワーク極東支部支部長、サキガケ殿?」


「な、なぜそれを……!?」


「もちろん知っておるよ。そして、おぬしの性別もの」



 サキガケはそこまで言われて観念したのか、顔に巻いていた布をするすると取っ払った。

 中から出てきたのは、黒髪ポニーテールの少女。

 年の頃はブリギットと同じか、それよりも少し年上で、活発そうな顔立ちをしている。



「まあ座れ。妾も情報という名の手土産を持ってきた」


「情報……?」


「ああ、今からするのは戦いではなく交渉じゃ。──それに、本当におぬしの命を奪うつもりなら、もうすでにやっているはずじゃろ?」


「それも……そうでござるが……」


「なんじゃ。まだなにか、訊きたい事でもあるのか?」


「……我が家系と、吸血鬼ぐらとにぃの間に因縁があるのは、貴様も知ってるでござろう?」


「まあの」


「では、なぜそこまで安い・・のでござる!」



 サキガケはそう言うと、手に握っていた木の枝を折った。



「安い? ……気安いということか?」


「拙者たちのご先祖であるリョウ様を殺して・・・なお、一族を呪うなど……!」


「……ちょっと待った。妾が、なんじゃって?」



 目を丸くして訊き返すグラトニーに、怒っている様子のサキガケが続ける。



「ご先祖を殺し、挙句、拙者たちに呪いをかけたのでござろう! 吸血鬼とはまさに、読んで字のごとく。鬼畜にござる……!」


「……は?」


「あの、グラトニーさん、さすがにそれはひどいと思──」



 ブンブンブン!

 グラトニーが必死になって首を左右に振る。



「待て待て! 何を言っとるんじゃ、馬鹿者!」


「バカ? 今、拙者の事、バカって言った?」


「めんどくさ! ……つか、何がどうなって、そうなったんじゃ! リョウのやつは、あの後国へ帰ったのではないのか!?」


「ふん。無知蒙昧な吸血鬼にちょこっとだけ教えてやるでござる。……ご先祖は身重の妻を国へ残し、命がけで貴様を封印し、この地で果てたのでござる」


「はあ? あやつ既婚者なの? それなのに、妾口説いたの?」


「口説いた? なにを言っているのだ、吸血鬼!」


「……ああ、いや、あいつが女たらしなのはこの際どうでもよい」


「お、女たらし!? 貴様、ご先祖を愚弄する気か!?」


「そもそも、妾があやつを逃がしたはずじゃぞ。それなのに、なんでここで死んどるんじゃ、あやつ。……逃げきれなかったのか? いや、十分に時間は──」


「う、嘘をつくな!」


「嘘なんてつくか!」


「じゃあなんでご先祖様は、結局帰ってこなかったのでござる!」


「いや、そこはもう、妾が封印された後じゃから知るはずもないし……」


「ほら!」


「な~にが『ほら!』じゃ!」


「ほらほらほらほらほら!」


「……二、三発ぶん殴ってもよいかの」


「ダメですよ、グラトニーさん。俺たちは戦いに来たわけではありません」



 横にいたガレイトがグラトニーを諫める。



「わ、わかっとるが……あやつ、あんな出鱈目言うし……」


「誰も知らない、不確かな情報を延々と言い合っても不毛なだけです」


「まあ、たしかに……」


「ここは早く、本題へ行きましょう」


「ええ!? このタイミングで!?」


「ここしかありません」


「ここじゃないことは確かじゃない!? 普通に決裂するぞ!?」


「いきましょう」


「いやいや、見よ、あの顔! 目を細めて、舌まで出して……! べろべろばーって、ガキじゃろ!」


「ほら、グラトニーさん」


「だから、ほらとかじゃなくて……なんでそんなに急かすんじゃ。もうめんどくさくなったのか?」


「……頭に血が上っているときほど、思考は単純化するのです。そこを狙っていきましょう」


「わ、わかった。でも、最初の沈黙はやめてね」



 ガレイトに急かされると、グラトニーはバツが悪そうに顔を伏せ、さらに一歩進んだ。

 それを見た魁は、姿勢を低くして身構えた。

 一触即発。

 下手に動けば、魁がグラトニーに即座に攻撃を仕掛けるようなこの空間で、最初にグラトニーが口を開いた。



「おぬしが欲しがっている〝成果〟の話を持ってきた」


「……成果?」



 ぴくぴく。

〝成果〟という言葉に反応したサキガケの耳が、微かに揺れる。



「竜の件は空振りに終わったが、まだまだこの地には他種族を脅かすような変異種がうじゃうじゃおる。それを捕縛し、きたる定例会にてそれを報告すれば、波浪輪悪の上層部も貴様の事を……極東支部の事を見直すだろう」


「そ、それは……! たしかにそうでござるが……けど、なぜいきなり拙者にそのような提案を……それだと貴様に得がないでござろう! 怪しすぎる!」


「妾の要求はひとつだけじゃ」



 グラトニーが低いトーンで言うと、サキガケはごくりと生唾を飲み込んだ。



「そ、それは……?」


「もう妾に関わるな。それだけじゃ」


「関わるな……? むしろ、関わってきたのはそっち──」


「無駄な問答はいらん。責任の押し付け合いも飽きた。妾が訊きたいのは、肯定か否定かのみ──」


「いいよ」


「……ん?」


「もう戦闘の意思とかないから、その、変異種とやらの場所を教えてほしいでござる」



 サキガケはそう言うと、戦う意思はないと言わんばかりに、袖や腰、胸元、足元に忍ばせていた暗器を、バラバラと地面に落とした。



「いや、そこはもうちょっと考えるじゃろ。悩むじゃろ」


「悩まなくてごめん」


「えぇ……」


「どのみち、このまま成果を上げられなければ、波浪輪悪が千都から撤退する。そうなれば母上も、父上も、妹のひでりも、食うに困ってしまうでござる。それに比べたら一族の因縁など些末な物」


「……案外、さっぱりとした方でしたね」



 ガレイトがグラトニーにだけ、聞こえるように言う。



「本当じゃ。なんか、変に身構えて損したの」


「まあ、家族を食べさせるため……というのも、もちろんあるでござるが──」



 ──パシッ!

 不意に飛んできた手裏剣を、ガレイトが親指と人差し指で、器用につまむ。

 それを見たサキガケは一瞬だけ、驚いたような顔を見せると、すぐにキュッと口を一文字に結びなおした。



「むぅ……」


「な、なにしとるんじゃ! 情報教えてほしいんじゃなかったのか? 決裂か!? もう妾たち帰るぞ!?」


「いや……攻撃の意思はあれど、貴様を傷つけられると思い上がって・・・・・・はおらぬ。さすがは我が一族の怨敵。良い眷属を連れてるでござるな」


「……え? あ、そっか。パパってば、妾の眷属なんじゃった」


「え、忘れてたん……?」

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