第48話 元最強騎士と吸血鬼の昔話(?)
「ズズズ……」
オステリカ・オスタリカ・フランチェスカ、そのホールにて、グラトニーが、取り皿の中にある白い液体を、警戒しながら飲んでいる。
「……どう、グラトニーちゃん? 美味しい?」
心配そうに尋ねているのはブリギット。
手にはお玉が握られており、その中にはうっすらと、グラトニーが飲んでいる液体がたまっていた。
「味は……特に変な感じはしないの」
「ほんと?」
「うむ。またパパの作ったスープを飲まされたらたまったもんじゃない、と思うておったが、これはこれで悪くない。これは、竜の骨のスープじゃったか?」
モーセから魁の情報を聞いたガレイトたちは、モーセが帰った後、今後の事について話しながら、ガレイトが取ってきた竜の骨を使用し、なんとか料理に仕立て上げようとしていた。
「そうだよ。いくら煮込んでも全然溶けなかったから、ガレイトさんに頼んで骨を割って、その中の骨髄液を水で溶かしたスープなの」
「うん。……それ、一般的な調理法なんじゃろうけど、言葉にして聞くと、なんかグロイの」
「……とはいえ、竜の成分はみっちりと詰まっているはずです。どうですか、グラトニーさん。何か体に変化などは……」
「今のところ、このスープが普通に美味いくらいしか特にわからんが──」
ドクン……!
グラトニーの心臓が大きく跳ねる。
それと同時に、店内にこだまするほどの心音が鳴る。
「こ、これは……!?」
白い光がグラトニーの体を包み、次第に体のシルエットしか見えないほど、光が強くなっていく。
腕。
脚。
体。
そのすべてがすらりと伸びていき、やがて光が収まる頃には──
「いや、なんも変わってないじゃん」
モニカがツッコミをいれた。
「うむ、変わっとらんの」
グラトニーが、スープの入った器を持ちながら、興味深そうに、自身の体を見回す。
「なに? さっきの変な……光がペカーっていう無駄な演出。てっきり、全盛期とやらに戻ったと思ったんだけど」
「いや、妾も知らん。なんじゃこれ。たしかに、手足や身長が伸びた感覚はしたのじゃが……」
「他に、何か変わったことはないの?」
ブリギットが尋ねると、グラトニーは顎に手をあて、しばらく思考してから口を開いた。
「……とくに、たいして変わっとらんの」
「そうなんだ……」
「ま、これに懲りず、もっと有用な食材を見つけて──」
「グラトニーさん」
ガレイトが射抜くような鋭い視線をグラトニーに向ける。
「誤魔化さないでください」
「は、はあ!? ごごご、誤魔化してなどおらんし……!」
グラトニーの視線が泳ぎ、手にスープがバチャバチャと音を立てる。
「いや、わかりやすいわ! ……て、ガレイトさん、誤魔化したって、何を?」
「はい、グラトニーさんの内に内包する魔力量が格段に増えました」
「いや、わかるんかい!」
グラトニーがすかさずツッコミを入れるも、その場の全員がグラトニーを見る。
「……なんで誤魔化した。グラトニーちゃん」
責めるような視線でグラトニーを見るモニカ。
グラトニーも観念したのか、しょぼくれた顔で自白を始めた。
「だって……妾の力がある程度戻ったら、見捨てられるんじゃないかって……」
「なるほどね。……でも、元々『さっさとここから出てく』みたいなこと言ってたし、力が戻ったなら、それはそれでいいんじゃないの?」
「戻ったと言っても、まだまだ全然戦える感じじゃないし……そもそも現状、パパにすら勝てんし……」
「え? 全盛期のグラトニーちゃんって、ガレイトさんよりも強いの?」
「勝て……やっぱ無理かも」
「おいおい。……じゃあ、さっき急に体が縮んだのは、それを悟られないため?」
「いや、それについては……よくわからんのじゃ……」
それを聞いたモニカと腰に手を当てると、わざとらしくため息をついた。
「そんな事、するわけないじゃん」
「え?」
「グラトニーちゃんはもう、私たちの──オステリカ・オスタリカ・フランチェスカの仲間だよ」
「こ、こむすめぇ……!」
「まあ、本当はもっと吸血鬼であることをアピールして、客寄せに使いたいんだけど、それは今はいいかな」
「え? なんか言った?」
「おーし、じゃあ改めて今後の作戦でも練ろっか。みんな集まってー」
モニカがパンパンと手を叩くと、全員が席に着いて行った。
「とは言っても、やることは変わらないね。さっきモーセからもらった情報をそのサキガケさん? に引き渡して、その代わりにグラトニーちゃんを諦めてもらう」
「すこし、いいでしょうか」
「はい、ガレイトさん」
ガレイトが手を挙げ、モニカがそれを指さす。
「あの、たしかに熊を倒すことによって、波浪輪悪極東支部は実績を上げることが出来ます。しかし、あのサキガケさんが本当に、そのような条件のためだけに、グラトニーさんを見逃すでしょうか?」
「……どういうこと?」
「いえ、なんというか、二人の関係性については未だによくわかっていないのですが、グラトニーさんとサキガケさんの話を聞いている限り、かなり根の深い因縁があるのでは……と」
「そう言われてみればそうだよね。餌をちらつかせても、食べないんじゃ意味ないし……そこんとこどうなの? グラトニーちゃん?」
「因縁……のぅ。そりゃ、あるっちゃある。なにせ、あやつの先祖であるリョウは、妾を封印した者じゃし」
「ですが、それだとグラトニーさんがサキガケさんを恨みこそすれ、サキガケさんがグラトニーさんを恨む理由にはなりませんよね?」
「だね。……なんか、まだ隠してることとかあるの?」
「隠してるわけではないが……ヤツも言っておったが、ヤツの
「たしかに、そう言うのもあるかもしれませんが……そもそも〝恨み〟というものがそんなに長い間伝承されているとは考えにくいんです」
「どういうこと? ガレイトさん」
「たとえば、あまり褒められる例えではありませんが、モニカさんのお父さんが、ある者に暴力を振るわれて亡くなったとします。モニカさんその犯人を恨みますか?」
「……恨むね」
「では、お爺さんは?」
「恨むよ」
「では、お爺さんの、そのまたお爺さんは……?」
「いや、うん。……たしかに、腹は立つんだろうけど、そこまでピンとはこないかも」
「おそらく、それが普通の感覚なのです。恨みとは、永遠には続かない。やがて薄れていき……霧散する。しかし、あのサキガケさんの、グラトニーさんを見る目は……もっとこう、直接自分も被害を被ってるような……そんな感じがしました」
「……おぬし、変なところで鋭いの」
「職業柄、人から恨まれることは多々ありましたので……」
「……それで、グラトニーちゃん、まだ、何か話してない事あるんでしょ?」
「根掘り葉掘り訊くのぅ。つか、結構デリケートな問題なんじゃぞ、これ。こんな、雑談ぽいノリで話すやつじゃないし」
「ですが、それを聞かないとどうにも……」
「わかった。わかった。……じゃが心して聞くんじゃぞ」
グラトニーはこほん、とひとつ咳をすると、ちょこんとガレイトの膝の上に座った。
「あれは、今よりももっと昔の話じゃった。妾が──」
「ああ、そういうのはいいから、なんでサキガケって人に恨まれてるのかだけ話して」
「うおい! 訊いてきたんはそっちじゃろがい!」
「いや~、なんかこのまま過去編突入されても……ね? 時間もそんなにあるわけじゃないし」
「な、なんて身勝手なヤツじゃ! けしからん!」
「ごめんごめん。……でも、結構かかるんでしょ? 時間」
「かなりかかる」
「なら今度、暇なときにまた聞いてあげるからさ」
「あほか! ……あほか!」
「二回言った……」
ブリギットが小さく言う。
「ただでさえ話すのが嫌なのに、そんな昼休憩みたいなノリで言えるか!」
「でも、それだとグラトニーちゃんを助けるの、難しくなってくるかもよ?」
「う……」
「どれくらい根深いのかわからないと、そもそも手柄に食いつくかどうかもわからないし。あたしたちとしても、そのサキガケさんって人と、荒事になるようなことはしたくないしさ。だから、簡潔にお願い」
「……のろいじゃ」
「……ん?」
「呪いじゃ。妾が封印を施される折に、
「呪い、かぁ……たしかに、その内容によってはサキガケさんに恨まれるのも妥当かな……?」
「では、グラトニーさん、どういった呪いを?」
「お……」
「お?」
「お、男が生まれてこなくなる呪いじゃ……」
「……なぜそんな呪いを?」
ガレイトが怪訝そうに訊き返す。
「だから言いたくなかったんじゃ! その過程を話さんかったら、絶対その反応するからって!」
「ま、まあ、話さなくていいって言ったのあたしだしね。これ以上はもうツッコまないよ。とにかく、その呪いがサキガケさんに恨まれる理由なんだよね?」
「そうじゃと思う。他には考えられんし」
「男が生まれなくなる呪いかぁ……どうなんだろ。ガレイトさんはどう思う?」
モニカがガレイトに意見を仰ぐ。
「まさか、サキガケさんが女性だとは思いませんでした」
「いや、そうじゃないから」
「……たしかに私怨から戦場に立つ者が多いのは事実ですが、そういった人間は高確率で散っていきます。目の前の事に固執しすぎて、大局を見失う……俺はそう言った人間を──」
「いや、そういうのを訊いてるんじゃないんだけどね」
「あれ?」
首を傾げるガレイト。
「さっきの話を踏まえたうえで、サキガケさんを説得出来そうか出来なさそうかって話」
「うーん……」
「判断が難しかったら、さっきと同じように騎士目線からでお願い」
「無理ですね」
「即答!?」
「はい。少なくとも、俺や団員はそういった教育を受けています。まず第一に国の勝利だと。……ですので、この場合、サキガケさんが、グラトニーさんを
「そっかぁ……」
「……いや、結局、そう言う結論になるんじゃったら、カミングアウトし損じゃね? 妾?」
「ですが、あくまでそれは我が団内においての話であり、決してサキガケさんもうそうだというわけではないと思います」
「ふんふん。つまり?」
「とりあえず、まずは説得してみるべきですね」
「なんじゃそら」
グラトニーがため息交じりに言葉を放り捨てる。
「大丈夫ですよ、グラトニーさん。さきほどのスープで、ある程度の魔力が戻っていますから、すぐには殺されないと思います」
「ん? おう、そういえばそうじゃったな! わっはっはっは!」
グラトニーが笑い始めると、そこにいた全員も一様に笑いだした。
「……妾、引きこもってええかの?」
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