第47話 元最強騎士へのお礼
「──〝
イルザードがオステリカ・オスタリカ・フランチェスカを発ってから数分後──そのホールにて、モーセが口を開く。
「波浪輪悪定例会……?」
その場にいた、モーセ以外の全員が首を傾げる。
それを聞いたモーセは少しだけ面白そうに頬を緩める。
「……これまた綺麗にハモったわね」
「定例会って、あの定例会ですか……?」
ガレイトがモーセに尋ねる。
「はい。おそらく、ガレイトさんの思い浮かべてらっしゃる定例会とまったく同じかと。要するに、『年一で、皆集まって、一年の成果を報告しましょう』という集いなんです」
「ふーん? なんか、ずいぶんフレンドリーだね」
モニカが頬杖をつきながら言う。
「つ、伝わったんならいいじゃない」
「……それで? その定例会と、ガレイトさんたちが会ったっていう波浪輪悪の職員さんと、何の関係があるのさ」
「えっと、波浪輪悪が全世界に展開しているのは、もう知ってますよね?」
「いや、知らんが」
グラトニーがいち早く首を傾げて否定するも、他の全員はうんうんと頷いている。
「いや、マジか。おぬしら」
「あー……そうよね。たしかに、グラトニーちゃんなら知らないか。じゃあ簡単に説明だけ……冒険者ギルド波浪輪悪ってね、ほぼ全ての国に展開してるの」
「ほぼ?」
「そう。例外として、〝冒険者ギルド〟自体を必要としない国や、そもそも介入が難しい国なんかがそれだね。ちなみに、ヴィルヘルム……ガレイトさんの国は前者なの」
「そうなんか? パパよ」
「はい。俺も、国を出るまでそういった団体があるだなんて知りませんでした」
「ガレイトさんの国は、ほら、そもそもヴィルヘルム・ナイツがいるしね。何が出ても、何か問題が起きても柔軟に対応できる世界最強の実働部隊。だから、わざわざ外部に委託する必要なんてないわけ」
「なるほどの。対価を払って、自分よりも弱いやつらを雇うなんてせんわな」
「む。たしかに認知度、華やかさでは敵いませんが、波浪輪悪にも精鋭は……」
「いやいや、対抗心燃やすのは後にしなよ」
「ああ、ごめんごめん」
モニカに
「……で、ここからが
「きょ、キョクトウ……なんかかっこいいの」
「響きだけは……ですがね」
「お? 言い方にトゲがあるの」
「……なにか、極東支部に問題でもあるのですか?」
話を聞いていたガレイトが、何気なく質問すると、モーセは難しい顔になって唸り始めた。
「うーん、問題がある……というよりも、むしろ問題がないことが問題というか……」
「どういうことですか?」
「ああ、すみません。波浪輪悪極東支部……その拠点は〝
「何もない……? 俺も千都という国は知っていますが、あそこは──」
「はい。……ああ、いえ、べつに国を
「魔物が出ない? しかし、サキガケさんの肩書はたしか……」
「〝魔物殺し〟ですよね?」
「はい」
「たしかにサキガケさんは魔物殺しであって、実力も冒険者さんたちと遜色ない方なのですが、魔物殺し、ストレンジハンターという称号は……なんというか、ご自身で名乗っておられるだけなのです」
「自称、ということですか?」
「はい。──ああ、いえ、厳密には違いますが……たしか、サキガケさんの屋号……国のほうでの家の名前だと聞いています」
「モーセさんがさきほど仰っていた、古くから続いている……という?」
「はい。どうやら、魔物殺しについては、波浪輪悪よりも歴史は長いようなのですが……それ以上は何とも。……とにかく、原因はわかりませんが、千都において、ここ百年間の魔物による被害件数はゼロ」
「ゼロ!?」
その場にいたほぼ全員が驚く。
「はい。そして、波浪輪悪極東支部に届くような依頼は、どれもお使い程度なものばかりなのです」
「いやいや、お使いって……実際はどういう感じのよ? 〝お使い〟はさすがにちょっと盛りすぎなんじゃないの、あんた?」
モニカが尋ねると、モーセは苦い顔をした。
「あたしが覚えてる限りだと……ペットの散歩とか、民家や公園の清掃……とか?」
「お使いじゃん」
「そう。だから去年、定例会で、『今年一年、特に何か成果がなければ、千都から波浪輪悪は撤退する』……という決議が出されたんです」
「ということはつまり、サキガケさんは成果を上げるためにここまでやってきた……と」
「はい、ガレイトさん。あたしはそう睨んでいます」
「なるほど。ありがとうございます、モーセさん。これでサキガケさんの狙いが絞れ──」
「あ、まだ終わりじゃないです。ここからが本題なんです」
「え?」
「ちょっとあんた、いくつ本題があんのさ……」
「しょうがないでしょ。伝えたい情報がいっぱいあるんだから。……まあ、これもサキガケさんに関係のある情報なんだけどね」
「ちなみにそれは……?」
「さきほど、ちらりとお聞きしました。今、グラトニーさんがサキガケさんに狙われているのですよね?」
「う、うむ……そうじゃが……」
グラトニーが伏し目がちに答える。
「あたしに秘策があるんですよ」
「秘策……じゃと? どうするんじゃ?」
「ちょっと待った」
モニカがグラトニーを手で制する。
「……あんた、まさかまた、ガレイトさんを利用しようとしてるんじゃないでしょうね?」
「いやいや、勘違いしないで。今回のはお礼よ、お・れ・い。実際、ガレイトさんのお陰でいい思いさせてもらってるしね」
「お礼ぃ? あんたがぁ?」
「何よ、その反応。ちょっと傷つくわね」
「損得でしか物事を判断しないあんたに、お礼とか言われてもねぇ……怪しむなってほうが無理あるでしょ」
「……まぁ、ぶっちゃけ、あたしも得する話ではあるんだけどね」
「やっぱり」
「まあ、聞きなさいってば。……〝グランティ・ベア〟って知ってる?」
「ただの熊でしょ? 要するに」
「まあ、そうなんだけど……じつはその熊の死体を、ここ数日の間、よく見かけるようになったの」
「……どういうこと? もしかして、サキガケって人が──」
「ちがうちがう。……魔物じゃなくて、害獣なんかの駆除を専門とする、冒険者たちからの目撃情報でね、山で狩りをしてると、決まって一頭は腹を食い破られた熊を見るんだって。しかも、その食い跡から察するに、その主の体は、熊の何倍もあるって噂なのよ」
「気味悪いね。なんかの魔物なの?」
「たしかひとりだけ、
「それで?」
「『巨岩のように大きな熊が、
「熊が熊を……」
「まあ、そこは珍しい話じゃないんだけどね。この話の肝は、
「まさか──」
ガレイトが思いついたように声を上げる。
「はい。ガレイトさんが倒したという、竜の死体を食べた、もしくは血を飲んだ熊なのではないかと」
「なんじゃい。結局、この前の鴨と同じで、パパの尻拭いの第二弾ではないか」
グラトニーにツッコまれたガレイトは、肩を落としてシュンとなる。
「……でもさ、モーセ。それのどこがお礼なのよ? 結局、あんたのところで処理されて、依頼したあんたの手柄になるだけじゃん」
「ふふん、言ったでしょ、これはお礼だって」
「え?」
「……あたしは、たまたまこの情報をここでぽろっと話しただけ。あとはガレイトさんたちがその熊を狩って食べるもよし。……その熊の情報と引き換えに、手柄を欲しがっているサキガケさんを説得するのもよし……ってこと」
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