第30話 元最強騎士とトラウマ(屠殺描写注意)


「食べたい! 食べたい! 食べたい! たーべーたーいーのー!」



 子どものように床に転がってジタバタと転げまわり、喚き散らすイルザード。

 それを困ったような、呆れたような顔で、ガレイト、モニカ、そしてグラトニーの三人が見下ろしていた。

 ブリギットは相変わらず、陰に隠れたまま、その様子を窺っている。



「せっかくここまで来たんだから、ガレイトさんの料理、たーべーたーいーでーすー!」


「だから、もう帰れと言っているだろう……」


「約束したじゃないですかー!」


「約束……?」


「んもー! やっぱり忘れてるー! でも好き!」


「イルザード、たのむから、俺はともかくここの人に迷惑をかけないでくれ……」


「やー! 食べるまでここを動きません!」



 今までその様子を見ていたモニカが、たまらず、ガレイトに向かって言う。



「いいんじゃないの? べつに作ってあげてもさ」


「で、ですが……モニカさん……」


「それとも、イルザードさんがガレイトさんの料理を食べて、お腹壊しちゃうんじゃないかって心配なの?」


「いえ、それは問題ないと思います」


「へ?」


「一度、団内で俺の料理を振舞ったことがあるのですが……」


「え? 本当に? なんでそんなことしたの?」


「団員にせがまれたので……」


「せがまれた……?」


「はい。あの時、団内には俺の料理の腕について知っている者はいませんでしたから」


「なるほどね」


「……のぅ、妾、逆にパパの作る料理とやらに興味が湧いてきたんじゃが」


「飛ぶと思うよ」


「飛ぶ? 飯を食べて……飛ぶ?」


「うん。それで、どうなったの? ガレイトさん」


「団員からはブーイングの嵐でしたが、イルザードこいつだけはただひとり完食したんです」


「が、ガレイトさんの料理を……完食……?」


「えっへん!」



 床に寝そべりながら、でんと胸を張るイルザード。



「いや、褒めてないんだけど……心配してるんだけど……」


「独特な味付けだな~とは思いましたが、そもそも私自身、食べ物にこだわりなんてものは持ち合わせていないので」


「そ、そうなんだ……ん? そういう問題じゃなくない?」


「私、ぶっちゃけ、砂以外ならなんでも食べられるのですよ!」


「それははたしてすごいのか、すごくないのか……いや、すごくはないのか……」


すごい・・・省エネなんですよ、こいつは。遠征に行っても、兵糧がいらないので。現地調達でなんでも食べてます」


「あー……たしかに、それだとすごいっていうか、便利ではあるかな……?」


「動いているものなら基本、なんでも食いますよ! わっはっは!」



 自信満々に言ってみせるイルザード。

 話をしていたモニカは若干引き気味になっている。



「じゃあもうさっさと作って、さっさとヴィルヘルムに送り返せばいいんじゃない?」


「そ、それがですね、モニカさんじつは……」



 そう言いかけて言葉を濁すガレイト。

 そのガレイトに助け舟を出すようにして、どこからともなくブリギットの声が店内に響く。



「モニモニ、食材ね、もうないの」


「……食材が、もうない?」



 深刻そうな顔で訊き返すモニカ。



「う、うん。さっきガレイトさんに野菜の下処理とかを教えてたら、その……私もつい張り切っちゃって……それで……」


「今日の分の食材を全部使っちゃったと?」



 責めるようにして声を上げるモニカ。



「ううう……ごめんね、モニモニ……」



 モニカは何か言いかけると、代わりに深いため息をついた。



「……まあ、どのみちそろそろ食材の補充を考えなきゃいけない時期だったしね」


「すみませんモニカさん」


「気にしないで。……だから、ガレイトさん、ブリギットを連れて食材の調達に行ってくれる?」


「食材の調達ですか? はい、わかりまし──」


「え? 私、お外出るの? やだ……」


「わがまま言わないの。ガレイトさんだけじゃ何持って帰るかわからないし、場合によっては、その場で調理しないとダメな時もあるし」


「調理って……もしかして、狩りにいくの?」


「すみません、お願いできますか? ブリギットさん」



 頭を下げるガレイトにそれ以上何も言えなくなったのか、ブリギットの声はそこで止んでしまった。



「……それに、あんたもそろそろ、肉に慣れないとダメでしょ?」


「肉に……慣れる?」



 ガレイトがモニカに尋ねる。



「あー……ごめんガレイトさん」


「ど、どういう意味ですか? 肉に慣れるとは……?」


「えっと、ブリってお肉苦手なんだよね……」



 ガレイトが首を傾げる。



「肉が苦手……というのは、その、食べるのがですか?」


「そう。食べるのが苦手……それと、触れるのもダメなんだよ」


「ええ!?」



 ガレイトの声がホール内に響く。



「で、ですが、俺がここで最初に食べたビーフシチューは……」


「あれ、じつはあたしが捌いたお肉なの」


「ええ!?」


「ブリがあらかじめ作っておいたシチューの中に、その肉を入れて煮込んでるだけ」


「そ、そう……だったんですか……」


「うん、だから火山牛キャトルボルケイノフェアの時──」


「レイチェルさんがいらしていたのですね!」


「当たり。レイチェルがあの時、肉を捌いたり、切り分けたり、焼いたりしてたの」


「そうだったんですか……では、ブリギットさんは?」


「ブリは味付け担当」


「なるほど。たしかに思い起こしてみると、ブリギットさんが肉を捌いているところは見たことがありません……」


「──ふむ。聞いたことがあるな」



 話を聞いていたグラトニーが声を上げる。

 しかし、それを見たイルザードが、すかさず口を挟んだ。



「あ、ガレイトさんの娘さん」


「だから、それは全部おまえの勘違いだったと説明しただろう」



 ガレイトがすばやくツッコミを入れる。



「おお、そうでした! 毎夜毎夜、美少女エルフとハッスルしているガレイトさんは、ここにはいないんですよね!」


「何を言っているんだおまえは……」


「話を続けてもよいかの?」


「申し訳ありません、グラトニーさん。……こいつが話の腰を折ってしまって」


「よいよい。パパの部下なんじゃから妾も多少の事は目を瞑ろう」


「……ところで、なぜ幼女にパパと呼ばせているのですか?」



 イルザードがこそっとガレイトに耳打ちしたが、ガレイトはそれを無視した。



「──エルフの中には極端な潔癖症を患っている者がおっての」


「潔癖症、ですか?」



 ガレイトが気を取り直して、グラトニーに尋ねる。



「うむ。まあ、潔癖症とはいっても、たまに人間どもの中にいる、一日何回も風呂に入ったり、着替えをしたり、他人の作った飯が食えんかったりするようなものではなく、正真正銘、そういった病気・・・・・・・を患っている者たちの事じゃ」


「な、なるほど。それは深刻そうですね……」


「まあの。そういう者は基本、普通のエルフとは比べ物にならんくらい人間を毛嫌いしとるでの」


「でも、それじゃあ餓死してしまうのでは……?」


「それがの。そういう者に限って、エルフの中でも位が高い者なのじゃ」


「位の高い……つまり、ハイエルフということでしょうか?」


「俗に言えばそういう名称になるかの。そうなってくると、食事も基本貢物じゃから、食べ物も、果物や野菜しか食さぬようじゃ」


「そうだったんですね……」


「えへへ、さすがグラトニーちゃん、物知りだね」



 どこからか現れたブリギットが、小動物を愛でるようにグラトニーの頭を撫でた。



「ふふん。伊達に長生きしとらんわい。小娘もおそらく、その類のエルフなのじゃろう」


「えっと、ごめん、ブリはそうじゃないんだよ」


「は?」



 モニカにバッサリと切り捨てられたグラトニーは、目を丸くしてモニカの顔を見た。



「ブリはね、最初は肉を捌くのは平気だったんだよ」


「じゃあ、なんで今はダメになったんじゃ?」


「あー……その理由を言ってもいいんだけど……」



 モニカがそう言って、ちらりとブリギットの顔を見た。

 ブリギットは耳を塞ぐと「あー、あー」と声を上げだした。



「その、じつは昔、まだこの店にダグザオーナーがいた頃の話なんだけどね。──ある日、活きのいい鳥が手に入ったって、オーナーが生きたまま持って帰って来たの。で、それを捌いて、新しいメニューを考えるついでに皆で食べようって」


「あー、あー、あー」



 ブリギットは依然、モニカの会話内容を聞かないように声を発している。



「それで、ブリがその鳥を捌く担当になって──」


「たしか、まず、首を落とすんですよね?」


「そう。さすがガレイトさん。まずは首を落として、逆さにつるして、そこから血を抜くんだけど……その日、鳥の動きを固定する拘束がちょっと緩かったらしくてね」


「あ……」



 グラトニーが何かを察したように小さく声を上げた。



「頭を落とした鳥が、厨房内を駆けずり回っちゃって……しかも血をまき散らしながら。で、それを見たブリの顔から血の気が引いちゃって、そのまま気絶したんだよ」


「な、なるほど。たしかに、それでトラウマになっても仕方ないかもしれませんね……」


「それにしても、鳥の頭が落ちたくらいでうだうだと……つか、理由がはっきりしとるならさっさと言わんか。無駄にペラペラと知識をひけらかした妾がバカみたいじゃろ」


「いやあ、なんかそれはそれで興味深かったし、止めるのはもったいないかなって」


「なんてやつじゃ。まったくもう」


「……ほらブリ、もう話は終わったから」



 モニカはそう言うと、ブリギットの手をポンポンと優しくたたいた。



「あー、あー……あれ? もう、大丈夫?」


「大丈夫じゃありません。今まで大目に見てたけど、やっぱり料理人が肉を扱えないのは致命的だよ」


「で、でもでも、豆で肉の代わりとかできるし……そもそも、そんなにお肉って必要ないんじゃないかと……」


「そんなわけないでしょ。この前の火山牛フェア。あれを見たら、何を求められてるかなんて一目瞭然じゃない」


「でもでもでも……!」


「〝でも〟はなし! ……というわけで、今からガレイトさんとお肉取りに行ってもらうから。よろしくね、ブリ」


「────────!!」



 その日、ブリギットの悲痛な叫び声がオステリカ・オスタリカ・フランチェスカから上がったという。

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