第13話 元最強騎士と就職試験 その3


「──おお! なぁんだ、出来るんじゃん! さっすがガレイトさん!」



 バシ! バシ! バシ!

 満面の笑みで、ガレイトの背中を遠慮なしに叩いているのはモニカ。そのガレイトの前には、綺麗に切り分けられた赤い肉と、白い筋がまな板の上に置かれていた。

 魚と同じように、試験用の肉を用意できなかったモニカは、昨日ガレイトが狩ったばかりの火山牛キャトルボルケイノを間に合せ用の肉として使用していた。量にしておよそ百グラムにも満たないほどの量ではあるが、これだけでも一般に流通している肉の十倍はする。



「なんだ~、心配して損した。こんなに手際がいいってことは、さっきの魚は悪ふざけってこと? もぉ、人が悪いんだから~!」


「ああ、いえ。肉に関しては、相当数狩ってきましたので魚よりは勝手はわかっているだけです。魚も、いちおう俺なりに真剣にやらせていただきました」


「……あ、そ、そうなんだ。まあ、いいや。どちらかというと、魚より肉のほうが下処理は難しいから。どちらにせよ、オッケーかな?」



 モニカのその発言に対して、陰ながら見守っていたブリギットが小さく首を横に振った。



「と、とにかく肉の下処理はこのくらいでいいかな」


「そうですか? 火山牛の肉はまだ残っていますよ?」


「いいっていいって。これは後で使うんだから、これ以上使ってももったいないでしょ?」


「わかりました。……それで、次の試験は?」


「ん? 野菜の下処理だけど……」



 モニカはしばらくガレイトの顔を見つめると、突然パンと手を叩いて口を開いた。



「ま、いっか。べつに野菜なんて下処理しなくていいし」


「そ、そうなんですか?」



 もはや、試験を早く終わらせたがっているモニカに対して、ブリギットが陰から必死に首を横に振って反応する。



「あー……まあ、基本的に灰汁あくが出そうな野菜を茹でるときは、塩を入れるだけだから」


「そ、そうでしたか……基本、野菜を茹でるときは塩を入れる……と」



 ガレイトはどこからか取り出した、小さな手帳に文字を書きなぐっていった。それを見たモニカは眉をひそめると、そこにできたしわをつまんで小さく唸った。



「……じゃあ、次はいま下処理をした具材を使って、下拵えからの簡単な調理をします」


「わかりました。では、とりあえず、魚は水を張った鍋の中に入れて……」


「……え? 出汁ダシでも取るの?」


「出汁? スープを作ろうとしているのですが……」


「す、スープ? そのぶつぎりのままで?」


「はい」


「だったら、せめて内臓や鱗は取らない? それでスープ作ったら、ものすごく生臭くなりそうなんだけど……」


「ふむ、そうでしょうか?」


「う、うん、だから、適当に化粧塩して焼き魚にしよう。幸いそこまで大きい魚じゃないから、内臓わたもそこまで臭くはないと思うし」


「化粧塩? 死装束というものでしょうか?」


「……ああ、ごめん、ヒレの周りにお塩を塗り込むことね」


「なるほど。それを化粧塩と呼ぶのですね……勉強になります」



 すぐさまメモを取るガレイトを尻目に、モニカは「あまり専門的な言葉は使わないほうがいいのかな……」と呟いた。

 ガレイトはメモを取り終えると、厨房に置いてあった塩を手にまぶし、魚の背びれや胸びれ、尾びれなどに丁寧に塩を塗り込んでいった。



「こんな感じでどうでしょうか、モニカさん!」


「うん、完璧! 次はフライパンで焼く……のは止めて、オーブンで焼いたほうが確実かな。よし、耐熱皿を取り出してその上に魚を置いて、オーブンの中に入れて」


「はい! 入れました!」


「はい、了解。火はあたしが外で起こしておくから、ガレイトさんはオーブンの中にそれ入れたら、さっき切ったお肉をお願い」



 モニカはガレイトに指示を出すと、塩と胡椒の入った透明の小瓶を置き、オーブンに火をつけるべく、厨房から外へと出ようとした。



「わかりました! ……ちなみに、お肉はどうすれば?」


「え? うーん、お肉は得意そうだから任せるよ」


「わかりました!」


「……なんか、もう試験というよりも、あたしも巻き込んで普通に料理作ってるだけな気が……」



 モニカはそんなことを呟きながら、厨房から外へと出ていった。それを見送ったガレイトは自信満々に腕まくりをすると、寸胴鍋の中に大量の水を入れ、それを火にかけた。



「やはりここは、先日のドラゴンの失敗も踏まえて──」



 ガレイトは切り分けておいた赤身とスジ肉を全て鍋の中へ入れた。



「今回は煮込む! あの時は焼いたせいで、硬くて食べられなかったから、肉を柔らかくするために酢……ではなく、それよりも強いを入れよう!」



 ガレイトは懐に忍ばせていた、親指ほどの小瓶を取り出すと、中の液体を鍋の中にすべて投入した。

 そしてその瞬間、鍋からジュッという音とともに、黒煙が舞い上がった。



「おお……! さすがは街の薬屋で購入した特注の酸・・・・! 肉が喜びの煙を上げている……! これは、合格確実では……!?」



 なぜか喜びに打ち震えるガレイト。そして、それとは対照的に口を大きく開け、「あわわわわ……!」と漏らしながら小さく震えているブリギット。



「ふむ、それにしても、この鼻をつんざくような、刺激臭──クセになりそうだ……! こいつは定期購入待ったなしか……?」



 こうして、モニカのあずかり知らぬ所で〝|ガレイト流料理〟は進行していき、やがてオーブンで魚が焼きあがった頃、肉のほうも完成したのだった。

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