第2話 元最強騎士は再就職ダメです


「──そうですねぇ……」



 パラパラパラ……。

 市役所の窓口のような場所で、金髪の女性が手元のパンフレットをめくる。

 その女性の横にも同じような窓口が五つほど並んでおり、皆、同じような制服を着用していた。



「とくに今のところ、ノースター・・・・・の料理人を募集しているパーティはありませんねぇ……」


「そうですか……」



 そんな女性の対面に座っていたガレイトが、小さい声で呟く。


 ここは冒険者ギルド波浪輪悪ハローワーク、そのグランティ支所。

 冒険者を夢見る者。

 ただ単に仕事を探している者。

 自分の力を試しに来た者。

 等々、様々な志しを持った者たちが、職探し、または仕事探しをする場所。

 ガレイトはガザボトリオに解雇を言い渡された後、そこから一番近い街、ここグランティへ職探しにやってきていた。


 がやがやがや。

 波浪輪悪はこの日も盛況のようで、現在、ガレイトの後ろにも、長蛇の列が出来上がっていた。



「──はい。どのパーティも基本、料理人はシングルスター・・・・・・・からの募集となっています」


「そ、そうですよね。やっぱり飯はちゃんとしたのを食べたいですよね」


「はい。ここを妥協してしまうと、そもそもの依頼の達成に影響を及ぼしかねません。最近は特に、料理人に拘っているパーティは多いですね」


「……ちなみに、いま、俺がシングルスターに昇格することは……」


「無理ですね」



 きっぱりと、女性がガレイトの目を見て言い放つ。

 ガレイトはそれを受け、先ほどよりも大きなため息をついた。



「ガレイトさんがシングルを獲得するにはおそらく、天地がひっくり返ろうと無理だとは思いますが……」


「そ、そんなにですか?」


「ええ、はい。……それよりもどうでしょう?」


どう・・とは? ……なにがですか?」


「ガレイトさんは体格もいいですし、あなたの資料を見る限りだと……たしか前職は〝傭兵・・〟でしたよね?」


「え!? は、はい……傭兵、でした……ね」



 ガレイトが女性から目を逸らして答えた。

 その額には脂汗が滲んでいる。

 これは勿論、ガレイトの嘘、というよりも正体を悟られない為の方便である。

 ──のだが、女性の手元。

 ガレイトには見えないところに置いてある彼の履歴書には、彼の情報が事細かに記載されていた。


〝超重要人物〟

〝本名ガレイト・ヴィントナーズ〟

〝元ヴィルヘルム・ナイツ団長〟

〝現在は料理人志望〟

〝隙あらば勧誘〟

〝隙がなくとも勧誘〟

〝なんとしても冒険者として引き入れる事〟

 

 等々、彼の顔写真とともに、多数の注意書きがあった。

 したがってこの状況、どちらかというと女性がガレイトの嘘に付き合っているという形なのであった。



「……ぷっ、それにしても、あの帝国の騎士団長様が傭兵って……」



 堪えきれなくなったのか、女性が口元をおさえる。



「ど、どうかしましたか……?」


「いえ? なんでも?」



 キリッと真顔で返す女性。



「そうですか……」


「はい。ですので、料理人は止めて、冒険者になられたほうが、都合が良いと思うのですが、いかがでしょうか?」


「つ、都合? なんのですか?」


「勿論、こちらの……」


「波浪輪悪さんの?」


「いえ、ガレイトさんの都合です」


「い、いえ……それはちょっと……魔物とか、その、怖いですし……」


「ぷっ、散々危険指定魔物を倒してきたクセに……」


「え?」


「い、いえ、なんでも」


「そうですか?」


「というか、なりましょうよ!」



 女性は拳を固めると、力強く言った。



「えぇ……」


「冒険者! 絶対すぐに一番になれますって! ご自分を信じてください!」


「な、なんですか、急に……」


「いえ、こう見えてもあたし、自身があるんです! 目に! これまでも多数の冒険者さんを送り出した実績がありますし!」


「はぁ……そうですか……」


「はい! ですので──」


「あの、すみません。料理人になる……と皆に大見得をきってしまったので、一区切りつくまで、これ一本でやっていこうかと」


「へっ、そすか。わかりやした」



 女性は口を尖らせるて言うと、あからさまに不貞腐れてしまう。



「申し訳ありませんが、騎士に二言はないですから」


「……きし?」


「──あっ!」


「あれあれ、〝きし〟って、もしかして〝騎士〟の事ですかー?」


「え、え~っと……あの……」


「もしかしてぇー、ガレイトさんってぇ、騎士だったんですかぁー?」



 わざとらしい女性の問いに、ガレイトの汗も止まらなくなっていく。



「あの、えーっと、き、きき、き……」


「ふふ、冗談ですよ。それはそうと、ガレイトさ──」


「きし……」


「……へ?」


「きし、しししししししししししし」


「……はい?」


「きししししししししししししししししし!」



 ガレイトは肩を震わせながら、気持ちの悪い笑い声をあげた。

 それを見た女性の顔は完全にひきつっており、ドン引きしている。



「そ、そうですか、わかりました」


「え……?」


「……何がわかったのかは、具体的には申し上げられませんが、御指名があればまた連絡させていただきます。あまり期待せずに待っていてくださいね」


「は、はい……ありがとうございまし──」


「あ! そうだ! ひとつ、ご報告があったんです!」



 女性がそう言って立ち上がると、ガレイトも嬉しそうに席を立った。



「な、なんでしょう!? もしかして、じつはまだ料理人を募集しているパーティとか──」


「いえ、もし心変わりして、冒険者になりたいとのことでしたら、いつでもおっしゃってくださいね。ガレイトさんなら順番を待たず、最速、最短でお取次ぎさせていただきますので!」


「あ、はい……わかりました……」


「またどうぞー! 次の方ー!」


「ありがとう、ございました……」



 ガレイトは椅子を元の位置に戻すと、トボトボと、その場を後にした。



 ◇



「──うーむ……やはり尻尾は筋線維が多くて硬いから、煮込んだほうが良かったのか……」



 ざわざわ……ざわざわ……。



「いや、俺は普通に噛めてたし、そりゃ、腹をくだしはしたけど、普通の人なら問題なく食べられる硬さで、味付けのはずだ……」



 陽が傾きかけた頃、グランティの街。



「でも、だったら、つぎ、もしドラゴン・モヒートを狩ったのなら、煮込んでみるか?」



 その大通り。

 そこに、ブツブツと独り言を言う大男がひとり。

 あからさまに、悪目立ちをしていた。



「しかし、その際の味付けはどうすれば……? 柔らかくするんだから、やっぱり酢……?」



 男の名はガレイト・ヴィントナーズ。

 メートル法に換算すると、二メートルを超える身長の大男である。

 そんな男が険しい顔で、腕組みまでして、ぶつぶつと呟きながら歩いている。

 通りの人々は皆、警戒しながら、ガレイトの一挙手一投足に注目していた。

 しかし──



「おにいさん! おにいさん!」



 そんなガレイトに物怖じすることなく、ひとりの女性が声をかけた。

 女性は小太りで、黒いショート丈のエプロンをつけている。

 年の頃は20代半ば。

 髪は黒く短いショートボブで、顔にはほんのりと化粧が施されていた。



「もしよかったらうちでご飯食べていきなよ、美味しいよ!」



 女性がガレイトに元気に声をかける。

 しかしガレイトは、全くその声に反応を示さない。



「いや、酢じゃなくて、ここは思い切って、より酸性の強い……硫酸なんかを使えば……?」


「硫酸!?」


「だが、硫酸は果たして、料理に使っていいものなのか……」


「な、なんか物騒なこと言ってない……?」


「ふむぅ……」


「ていうか、あたしの話聞こえてる? おーい、おにーさーん?」



 女性がポンポンとガレイトの腰を叩く。



「──はッ!?」


「あ、ようやく気が付い──」


「なるほど……! 糸口はやはり、調味料ではなく薬品だったか」


「え?」


「まずは調味料を揃えるのではなく、薬品を揃えるべきだったんだ!」


「ちょっとちょっと……」


「しかし、どうせ俺の作ったものだと、俺自身がすぐに腹を下してしまうし……誰かに味見を頼んだほうがいいと思うのだが……一体だれを……」


「おーい! 無視しないでー!」


「え? ああ……」



 ここでやっと女性の存在に気が付いたのか、ガレイトが女性のほうを向いた。

 女性はガレイトに気づいてもらって嬉しかったのか、ぴょこんぴょこんと、飛び跳ねる。



「ああ、すみません。すこし集中していまして……」


「う、うん、すごい集中してたね……」


「申し訳ない。それで、俺に何か用ですか?」


「用、あるよ! おにいさん、お腹すいてない?」


「お腹……ですか……」



「そういえば……」と言って、腹に手を当てるガレイト。


「ごめんね、いきなり声かけて。……あたしはモニカ」


「モニカさん、こんにちは」


「はい、こんにちは。で、ここの近くにあるレストランでウェイター兼、簡単な調理もしてるんだけど、晩飯時になってもお客さんが来てくれなくてさ」


「それはそれは……」


「それで仕方なくここで客引きしてたんだよ」


「なるほど」


「おにいさんいっぱい食べてくれそうだしさ、どう?」


「え?」


「うちで食べてかない?」


「えっと……」


「というか、食べに来なよ! ここらへんの店の中なら、味はピカイチだからさ!」


「そ、そう……ですね。ちょうど時間も時間ですし、お邪魔させてもら──」


「一名様、ご案なーい!」


「あ、あはは……」



 モニカの勢いに、苦笑いを浮かべるガレイト。



「あの、ちなみに、そのお店はどこに……?」


「ああ、だいじょーぶ! あたしが案内してあげるから! こっちだよ!」



 モニカがそう言うと、ガレイトと二人、連れ添うように歩き出した。



「それにしてもおにいさん、おっきいね。冒険者さんか、軍人さん?」


「えーっと……違います」


「ふうん? ここではあまり見ない顔だけど、外国の人なのかな?」


「ああ、はい。この街へは、たまたま近くを通りかかっただけで。ちなみに職業は……料理人です」


「料理人!」


「はい」


「へえ、じゃあ一気にハードルが上がったわけかぁ……」


「ハードル、ですか?」


「そう。腕が鳴るじゃないか。ブリ・・にも発破かけないと」


「ブリ……」


「気合い入れて料理作らないと、ボロクソ言われるよってね」


「いえいえ、自分なんて、他人を評価できるほど偉くもすごくもないですし……」


「おっ。謙虚なんだね。大きいのに」


「体の大きさは関係ないかと……」


「ふふ、良いことだよ。謙虚は美徳さ」


「……あの、すみませんそれで、ブリ・・というのは?」


「え? ああ、ごめんごめん、ブリはあだ名で、本名はブリギットね。うちの店〝オステリカ・オスタリカ・フランチェスカ〟の料理長だよ」


「料理長、ですか。さぞすごいお方なのでしょうね」


「まあね、すごいんだよ、あの子は」


「それにしても、オスタリ……すごい店名ですね。なにか意味はあるんですか?」


「意味? 意味かぁ……特にないんじゃないかな?」


「え? 意味ないんですか?」


「先代の料理長はそういうのあまり考えない人だったしね。たぶん語感が良かったからだと思うよ」


「な、なるほど。ですが、オステリカ・オスタリカ・フランチェスカ・・・・・・・……ですか?」


「うん? もしかして、聞いたことある?」


「ああ、いえ。……やはり、フランチェスカという名前自体、そんなに珍しいものでもないので、たぶん気のせいかと」


「そう? ──あ、ここだよ!」



 モニカはそこで歩を止めると「じゃじゃーん!」と得意げに建物を指さした。

 モニカの指さした先──

 そこはレストランというよりも、まるで長年使われていない、潰れかけのログハウスのような建物だった。



「え、えー……っと……」


「あ、あはは……ごめんごめん。なにせお客さんが来ないから、お金もなくてさ、お店の改善費とか修繕費とかも捻出できなくて、人手もあたしとブリで、女二人だけだからさ、そこまで手が回らないんだよね」


「そうでしたか……」


「いいよいいよ。あたしもたぶん、従業員の人に自信満々に連れられて、こんな店を見せられたら、きっとそんな反応になると思う」


「は、はぁ……」


「けど、本当に味はいいの。なんなら、美味しくなかったら、お金ももらわない! それで……どう?」


「えーっと……ですね……」


「お願い! マジで金欠なの! 助けて! おにいさん!」



 モニカはぱん、と手を合わせると、ガレイトに頭を下げて必死に頼み込んだ。



「あの、じつは俺、胃腸が極端に弱くて、すこしでも変なものを食べたら、すぐに腹を下してしまって……」


「それは大丈夫! 店はこんなだけど、内装や厨房だけは清潔だから!」


「──わかりました」


「へ?」


「一度食べると言ったからには、食べさせていただきます。騎士に二言はありませんから」


「あ、ありがとうおにいさん……! 助かるよー……!」


「いえ、こちらこそよろしくお願いします」


「ふふ。でも……騎士? おにいさん、騎士だったの? 体大きいもんね」


「え? あっ!」


「ん?」


「そ……ういう意味……では……」


「じゃあ、どういう意味?」


「きし……」


「へ?」


「きししししししししししししし……!」



 肩を震わせて笑うガレイト。

 顔を引きつらせ、ドン引きするモニカ。



「……あ、ああ……うん、まあ、どうぞ、入って……?」

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