第38話 3つの進路
これだから金融屋というやつは…。
気を取り直して友人のアドバイスの続きを尋ねる。
「だんだん聞くのも嫌になってきたんだが、他にはどういう種類の申し出があるんだい?」
ジョーは明快に答えた。
「買収だね。君のビジネスを丸ごと買って、自社ビジネスのグループ企業に加える。これは王道と言って良いだろうね」
「なるほど。普通だ」
「そうだね。いわゆる起業家、が目指す一般的なイグジット戦略の一つだな。大抵の起業家は大組織での事業運営に向いていないから、事業を売った資金と起業経験を生かしてまた別の事業を起こす。成功したら売る、というサイクルを繰り返す。いわゆる連続起業家、というやつになっていくわけだ。個人的な感想だけれども、君はこの道が向いているような気がするな」
「いやいや!とても無理だよ。今回の成功はたまたまさ」
「君は最初にセレブ警備の事業でヒットを放っていただろう?さらに今回の軍との契約でホームランを当てた。こいつは、なかなかの打率だぜ?マイナーリーグの打者にしても、いずれメジャーに上がれる資質だ」
「うーん…自分ではとてもそうは思えないが…」
「まあいいさ。その評価は君の会社に来るオファーの数と金額が示している。それが外部評価というものだよ。話を戻すとね、もしも君が事業を売却しようとするなら、幾つか気を付けた方が良い点がある」
「まさに、聞きたいのはそこだよ。教えてくれ」
「サンダース、君が意識しているかどうかはわからないが、君の事業は君が想像するより遥かに価値がある。何といっても、軍と契約を結んでいるのは大きい。機密情報を守れて、製品のタフさに信頼があり、愛国的な企業である、と認められた証拠だからね。新興系の情報技術企業だけでなく、保守的な大企業も君の事業を傘下に収めたがっている。それだけ軍との契約、というのは大きな価値があるものなんだ」
「ライセンス単価は安かったけれど、信頼獲得には役立った、ってことか」
「信頼は価値になり、値段に反映される。企業買収の世界では、いわゆる簿外価値と呼ばれるものになるね。ブランド、と言い換えてもいいかもしれない」
「ブランド、ねえ」
ジョーは窓に映る自分の格好を省みた。
そこには中背でやや縮れ毛の茶色髪の男が、麻の生成りのシャツ、短パン、サンダルでモニターとキーボードを前にして座っている。
ブランドというやつも安くなったもんだ。
「君が何を考えているかわかるが、安い、というのも立派なブランドさ。君の社の製品は他社と比較しても非常に安価なんだ。ユーザーインターフェースはわかりやすいが、グラフィックは最低限で出力結果も使いやすいが愛想はない。今どきVR対応もしていない」
「よく手に入れたな。社の製品は一応、軍用品で民間には流していいんだが」
「そこは伝手と調査費、というやつがあるからね」
「性能については、軍用品だから、グラフィックを削ったのは最低限のスペックでも動くことを重視した結果だし、VR対応は出力データの規格は対応しているから、VRアプリにつなげば可能だよ。なにもうちの製品内で機能を持つ必要はない」
「まさに、そういう点が評価されているわけだね。質実剛健。現場でも使用しやすい、と。それもブランドだよ」
「ふうん」
どうもエンジニア畑の自分では、ウォール街で切った張ったを繰り返している友人に口では叶いそうもない、と気づきサンダースは口をつぐんだ。
「それで買収に応じるとしても、軍との契約は確認した方がいい。現在の軍は技術が外国、具体的には中国とロシアに流れていくことを極端に怖れている。そうした機密漏洩条項があるはずだ。
だから、買収先企業にも本社が海外であったり、資本に外国が一定以上の割合で参加していたり、過去に機密漏洩事件を起こした企業とは、そもそも契約を結べないよう縛りがあるはずだ。そのあたりは軍に問い合わせるか、専門の弁護士に確認した方がいい」
「君のところでも確認できるのかい?」
「できるさ。有料だがね。だが決して安い金額じゃないから、まずは投資を受け入れるのか、上場を目指すのか、あるいは事業売却に進むのか。大まかな方針を決めて、それから調査を依頼した方がいいと思うね。おっと時間だ」
きっかり1時間でジョーはモニターから姿を消した。
それからしばらくの間、サンダースは友人が消えたモニターをじっと座ったまま眺めていた。
★ ★ ★ ★ ★
陸軍で使用された「A.D.S.S」の評価は上々で、試用から本格運用に移るようになってライセンス収入は激増した。
評価の高さと価格の安さから、アメリカ陸軍だけでなく、アメリカ海兵隊や、アメリカ以外の同盟国でも使用されることになったからだ。
アメリカ海兵隊はアメリカ四軍の中でも特に予算不足に悩んでいる、と聞いたことがあるので採用されたことに不思議はなかったが、海外の軍隊にも採用されたのは驚きだった。
軍事の世界でアメリカ軍に採用されている、ということは西側世界の軍事でデファクトスタンダードを握ることにも等しい、ということを知ったのは軍関係者と話をしてからのことだった。
全ては順調。
しかしサンダースは、今後の方針を定められずに悩み続けていた。
そんなとき、軍の関係者と話をしていて「最近、基地内でピザの配達が遅い」という愚痴を聞いたサンダースは突発的に「それ、うちが何とかしましょう」と持ち掛けていた。
悩むよりも、とにかく手を動かしたくなったのだ。
じっさい思い付きで「基地内ピザ配達」を手掛けたこと、でサンダースのその後の人生は意外な方向に向かうことになる。
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