第32話 この定型的でつまらない仕事は
警護期間終了後、改めてミック警護官を通じてロス市警とセキュリティ・コンサルタントの契約を結ばないか、という話が来た。
他の警備会社にも話を聞いてみたが、対ドローンで有効な警備計画を持っていて、かつ価格が比較的安価なシステムを提案できる企業はなかったそうだ。
サンダースが会社の方に話を通すと、副業をしている人間は他にも多かったので特に問題なく申請は承認された。
「本当は虫を駆除するだけのシステムだったんだけどな…」
戸惑うところは多かったが、周囲の勧めもあって法人登録し起業することにした。
事業を始めてみると、意外なことに思いのほかサンダースの会社には引き合いがあった。
主な顧客は暗殺に怯える麻薬組織ではなく、パパラッチの盗撮に怯える有名人からであった。
カリフォルニア州には、世界の有名大企業の本拠地が集合しており、ロスアンゼルスにはハリウッドもある。
(カリフォルニア州にある本拠地のある企業をwikiで調べてみて欲しい)
プライバシーを何よりも大事にしたい、という巨万の富を持つ多くのセレブ達にとって、セレブの私生活を暴いて一発当てようという輩は害虫そのものなわけだ。
セレブ達はプライバシーを確保するためにも広い敷地と広大な邸宅を購入しているし、そのプライバシーを守るよく出来た警備システムに金を払う用意がある。
「パパラッチの方の手段も進歩してますからね。以前は望遠レンズで撮影していましたけれど、今の道具は小型ドローンですよ。盗撮も遠距離の写真じゃなくて、接近しての動画でないと買い取ってもらえませんから」
と、セレブ事情に疎いサンダースに教えてくれたのは元パパラッチの経歴を買って契約した営業マンだった。
そうした現代パパラッチの道具は、GPSチップ搭載義務のない小型・短時間飛行のドローンで元はセルフィ―撮影用のものを違法改造して飛行時間と距離を伸ばしたものだという。
「そんな玩具で撮影の役に立つのかい?飛行時間が限られるってことは撮影時間も限られるだろう?」
「まあそうなんですけどね、一発で狙うよりは敷地外から複数回送り込んで自動撮影に張り込む張り込む場所を決めるんですよ。飛ばして、適当な場所に着陸させて一定時間撮影。バッテリーが上がる前に戻らせる。そうやってセレブの家の地図データや活動時間を買い取って撮影班に売ることを専門にしてる連中もいます」
「なんだかすごい世界だね…」
サンダースには有名人には興味が薄かったので、そうまでしてセレブと呼ばれる人達の私生活に興味を抱く人間がいることや、そのゴシップ映像が富を生む仕組みには、正直なところ嫌悪を感じた。
★ ★ ★ ★ ★
サンダースが設立した企業の主要業務はセキュリティ・コンサルタントとして顧客邸宅及び敷地に侵入を試みるドローンの飛行経路の推定とセンサー群の設置のプランニングである。
サンダースは、それを「ドローンの経済的飛行経路を予測する」と表現する。
パパラッチの小型ドローンは自由にどこからでも侵入できるようでいて、実はかなりの制限がある。
飛行時間は長くないし、売れる映像が取れる撮影角度や距離にも制限がある。
パパラッチはドローンの稼働時間という予算制限の中で、最も効果的に撮影できる場所というゴールを狙っているわけで、ゴールに至るコストパフォーマンスの良いルートを設定する可能性が高い、という予測が立てられる。
つまり敷地の形状、家屋の形状、家人の行動パターン、ドローン電波の限界距離等の様々な変数をインプットすると、ドローンの侵入経路が高い確率で3D空間上で予測を視覚化できる。
あとの話は簡単で、その予測ルートを潰すように動体センサーを置いて行けば仕事は終わりとなる。
センサーの設置を依頼されることもあれば、プライバシーを守るために自分で設置するという顧客もいる。
ドローンの侵入を感知できさえすれば、対応は難しくない。
ドローン侵入感知後の仕事は警備会社の仕事である。
対ドローン電波銃で撃ち落としても良いし―――超小型ドローンは過電流対策されていないことが多い―――敷地の外にいるパパラッチを捕まえて訴訟に持ち込んでも良い。
サンダースは、この一連の数式を用いてセレブの家ごとにカスタマイズされた高度なドローン警備を他社と比較して低コストで実現し、評価と信頼を築いて行くことになったのである。
ただ本人は所属する企業の仕事も好きで、セレブ警備の仕事はあくまで「副業」というスタンスを変えなかった。
セレブの警備という仕事に面白みを見いだせなかったこともあるし、自身の技術に自信を得た、ということもある。
「こんな定型的でつまらない仕事はプログラムにやらせる方がいい」とサンダースは感じていたし、それを実現するために余暇に地道にコードを書き続けていた。
このソフトウェアが出来上がれば、誰でも簡単に対ドローン警備を立てることができるようになる。
しかし、そうした画期的なドローン警備ソフトウェアの開発を知れば、パパラッチだけでなくセレブ警備ビジネスで稼いでいるビジネスパートナー達も、強く反対するに違いなかった。
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