第31話 見えないものが見えると幸せになれる?
家庭の中と外から押し寄せる幾多の困難にめげず与えられた時間と資金でサンダースは駆除システムのプロトタイプを作り上げた。
「名付けてサーチ&デストロイ!どうだい?」
サンダースはシステム管理画面を情報端末に映し出して胸を張った。
システム全体像の原理自体は単純である。
サンダースは敷地を凡そ3M×3Mの区画に区切り、各グリッドに地上からわずかに浮かせる形で動体センサーを埋めこんだ。
動体センサーは予めAI学習されたパターンに則り、担当地域にヘビ、サソリ、クモ、ムカデが侵入を検知するとWifi を通じてセンターに知らせる。
センター側ではグリッドを家人への脅威別に管理しており、該当する生物が脅威度の高い地区に侵入した時点で警告を出す。
警告は承認プロセスを経て駆除依頼が出される。
監視、管理、警告、駆除を一体化した家庭平和維持システムである。
「結局、駆除は人の手でやるのね」
「…まあね。専用ドローンを開発するとなると、高くつきすぎるからね」
アメリカの都市部ではドローンの武装にはテロ対策の観点から強い規制がある。
現在のロスアンゼルスでは蛇を駆除できる武器を搭載してしまうと、明確に法律違反となる。
隣人も火炎放射器を積んだ飛行ドローンが獲物を探して自動で飛び回るのは歓迎しないだろう。
「まあ、とにかくこいつがあれば少なくとも君が家の中で蛇を見つける、なんて事態は避けられるはずさ」
「それならいいけど…もう気味の悪い籠や箱は必要ないでしょうね。ガサゴソと一晩中音がし続けて気持ちが悪かったわ」
「はは…あれはプレ学習には必要だったからね。ちゃんと処分しておいたよ」
通常、動体センサーは動くもの全てを感知する。
その情報ノイズから、パターン学習を通じて、ヘビ、サソリ、クモ、ムカデだけをより分けるためには、実際にデータを取るのが早い。
そこでサンダースは実際にそれらの虫や動物を捕獲し、センサーと一緒に箱へ閉じ込めて学習を行った。
結果として早期に動体センサーの精度は上がったわけだが、妻はその手段が気に入らなかったらしい。
データ学習中、妻は実験器具を置いたガレージには決して一歩も入ろうとはしなかった。
「実際には環境に応じてアジャストしていく必要があるけどね。草も生えてれば風も吹くわけだし」
そうして作り上げたシステムが、今から立ち上がろうとしている。
「さて…よしよし…データが来てるぞ…」
サンダースの手元の情報端末には、各センサーからの情報が刻々と送られてきている。
「…あれ?」
「どうしたの?」
「いや…なんでもない。君は見ない方が。まだテスト中だから」
サンダースはさり気なく妻からデータを隠そうとしたが「いいから!」と語気荒く阻止された。
「ヘビ 7 サソリ 9 クモ 24 ムカデ 56 総計 96。…なによ、これ!?」
「いやあ…ほら、まだセンサーの調整中だから。実際にそれだけいるとは限らないし。それに脅威度ってパラメーターを見てごらんよ。ほとんどは敷地でも外縁部にいるから…ね?大丈夫だよ…気にすることないよ…」
サンダースは無駄と知りつつも弱々しく主張したが、妻の血走り座った目を見れば、その主張は永久氷壁に小石を投げつけるが如き無為な行為であることは明らかだった。
「サンダース」
「はい」
「わたしは、今夜は安心して眠りたいわ」
「はい」
「愛してるわよ、ダーリン」
「僕もだよ、ハニー」
「じゃあ、頑張ってね」
ぴしゃりと言いつけると、妻は早足でガレージを出て自宅に戻り厳重に窓という窓を閉めて回った。
サンダースはため息をつくと、特製の蛇つかみ棒と虫取り網と大きな麻袋を取るために歩き出した。
見えなかったものが見えるようになったからといって、人は幸せになるとは限らないのだった。
★ ★ ★ ★ ★
妻の関心を引くことには失敗したサンダースだったが、別の人間はシステムに興味を示した。
サンダースを警護していた警護官である。
「ミスターサンダース、あなたの作り上げたシステムは非常に繊細ですね。虫や蛇の侵入まで感知するとか」
「そうですね。動くものであれば大抵は感知できます。監視カメラでは死角になりやすい箇所にもセンサーさえ埋めておけば感知できます。ただの動体センサーですから費用も安いですしね」
「例えばの話ですが…センサーを人間の侵入に対応できるよう改良したりとか…」
「できるでしょうね。人間は虫のように空も飛べませんし、ヘビのように這うこともできませんから。しかし、そういった警備向けシステムは警備会社が開発しているでしょう。実際に、あなたのように警護の方もいらっしゃいますし」
「なるほど。動くものであれば人以外…例えば飛行ドローンなども感知できるように調整できますか?」
「ええ。虫よりよほど感知しやすいですよ。高高度の飛行物体は難しいですけれど、数十メートルであれば市販のセンサーの組み合わせで十分に」
「例えドローンがステルス化していても?」
「虫に比べれば別に何ということもないですよ。実際のドローンはずっと大きいし動いているわけですから。電波吸収したり飛行音を下げても意味がありません」
「なるほど…」
サンダースの警備システムに興味を示した警護官の名前はミックという。
元はロス市警麻薬課の刑事であり、麻薬犯罪者どもが高度な技術を導入するのと比較し遅々として進まない市警のハイテク装備に苛立ちを覚えていた。
それだけに、たかが家の害虫退治に魔法のようなハイテクを駆使するサンダースを畏敬の念を抱くと共に、いささか残念な気分も感じていたのだった。
だが、この妻にはめっぽう弱いオタク男の技術は使える、と見た。
ミック警護官は意を決して切り出した。
「仮にですが、麻薬密売組織がドローンで暗殺を企てているとしたら、この警備システムは役立ちますか?」
「そんな可能性があるんですか!?」
「仮に、の話です。南米マフィアの抗争では対立する組織の家の上空までドローンを飛行させて手榴弾を落とすようなこともするそうです」
「物騒な話ですね…たしか国内で販売される飛行ドローンには全てGPSチップ搭載が義務化されていますし、GPS経由の長距離誘導は難しいのでは」
「そうですね。国内事例では、数百メートルの距離で有視界操縦のドローンに銃を撃たせる、という手口もあります」
「うーん…そうなると…」
「難しいですか?」
「いえ。操縦してみるとわかりますけど、ドローンの飛行経路にはそれほど自由度はないんですよ。目的地までのコースを数学的に推定することはそこまで難しい話じゃありません。ターゲットになっている人の行動、家、周囲の地形データがあれば、飛行経路を推定してセンサーを置くことは難しくないですよね。監視カメラの設置と同じです。人が侵入する経路をドローンに置き換えただけですから」
サンダースは思いつくままに解決策を述べたが、その話は警護官を瞠目させるに十分だった。
「なるほど…それも警備会社の方では導入済みなんでしょうか?」
「えっ?いやあ…どうでしょう?」
そんなことは警護官の方が専門で詳しいはずじゃないのか。
サンダースは困惑して頭をかいた。
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