第22話 鳥の行列
会話の地雷を踏まないよう、僕は粛々と草刈りドローンのセットアップ準備を続けた。
「アンテナ、そこのビニールに入ってるポールとってくれる?」
「これ?何本か入ってるみたいだけど、どれを?」
「とりあえず全部」
「スイデンどう?わかりそう?」
「そうだね。意外と簡単。何とかなりそう」
弄ってみると、草刈りドローンのセットアップはそこまで難しくない。
基本的には屋外用の掃除ロボットと変わりがないからだ。
ただ図体が大きくてルート検索と設定に癖があるのと、パワーがあるので安全装置の閾値の設定に気をつける必要がある。
「…とりあえず有線モードで庭に出してみようか。その方が設定がしやすいし。電源延長のコードってありますか?」
「こちらに」
「あるんですね…」
この倉庫、何でもあるな。
工事現場なんかで使う持ち歩ける巻きコード30mのセットを草刈りドローンに繋ぎ変えて、マニュアルモードで裏庭に自走させる。
でっかいラジコンを操縦しているみたいで楽しい。
「…暑い!さっきの倉庫で作業してたらダメだったの?」
涼しい倉庫から一転、むっとする草いきれと夏の日差しにさらされてアンテナが不平をこぼした。
「残念ながら無理なんだよね。それよりアンテナ、さっきの旗もって指示するところで立ってもらえる?」
「はいはい…この辺?」
「そう。次は…生垣の脇の角まで」
「いいけど、理由ぐらい教えなさいよ!」
「ああ、ごめん。今、草刈りドローンに庭の座標を教えてるんだ。ほら、お掃除ロボットのキッチンに入るな、とかと同じやつ」
「この子、そういうの出来るんだ。意外に賢いのね」
「そりゃそうさ。高級機は伊達じゃないよ」
アメリカぐらい芝生の庭が広くて形が一定なら庭の航空写真なんかを元に自動で草刈り範囲を設定できるのかもしれないけれど、ハケンゴテンの庭がいかに広くても、芝生以外にもガーデニングしているっぽい植物も多いし、生垣の木に突っ込んだりする可能性もある。
それを避けるには、庭の座標を数多く登録して、その座標群を結ぶ多角形の図形を草刈りの範囲とする必要があるわけで。
と書くと、賢くて大変な作業をするように聞こえるけれど、実際に僕とアンテナがやっているのは伊能忠敬の如く、僕が草刈りドローンに張り付いて指示をし、アンテナが旗を持って走り回る、という珍妙な作業に過ぎなかったりする。
「…あっっつい!!」
「そうだね、暑いね」
旗を立ててGPS座標登録するためには空が見えていなければならず、つまりはよく晴れた夏の日差しに晒され続けることになる。
「お坊ちゃまって、この作業が嫌だから冒険者アプリに依頼を投げたんじゃないかしら」
「…かもしれないね」
実は裏庭をざっと草刈りするだけなら、ここまで厳密に多角形にする必要はなかったのだけど。
ちょっと高級ドローンの制御アプリがあまりに多機能なので、ついつい調子に乗って多めに座標登録してしまい、結果としてアンテナの作業を増やしてしまったのは内緒だ。
「じゃ、軽く動かしますよー!」
アンテナの苦闘の甲斐あって、セットアップした草刈りドローンは、ババババッ元気に草を刈り始めた。
大きなカブトムシが草を食べているような光景で、見ていて楽しい。
バッテリー駆動なためか排ガスの匂いやエンジンの甲高い音もしない。
「…大丈夫そうじゃない?」
「そうだね。あとは幾つか設定を詰めないと」
「まだあるの?」
「うんまあ、細かい話だけど草の高さはスプリンクラーと接触しないように調整しないといけないし…」
タイマーで除草するなら時間帯をどうするか、とか。
自動の充電ステーションを利用するならどこに設置するか、とか。
いろいろと、依頼者と相談する必要があるわけで。
★ ★ ★ ★ ★
「…最近の機械は凄いのねえ」
「このドローンは、特に凄いんです。多機能ですから!」
多すぎるリモコンボタンを目にして当惑した人のように、老婦人はため息をついた。
一方で僕はたくさんのボタンがあればあるだけ、全て押して機能を確かめずにはいられないタイプなので、とにかく要望を根掘り葉掘り聞いて全てを機械の設定に落とし込んだ。
だってこのドローンときたら刈った草をロールにして固めて排出する機能までついてるんだよ?
草刈りドローンの家庭用としてはかなり業務用に近いプロ仕様なわけで、弄っていてとても楽しいんだから仕方ないじゃないか。
「あんた、ほんと細かいの好きよねえ…」
などとアンテナは呆れていたけれど。
それだけ手をかけただけあって充電を終えた草刈りドローンはキビキビと勤勉かつ賢く働き続け、特にトラブルもなく裏庭の鬱蒼とした芝生を綺麗に6センチ高に刈りこみ続ける。
「あ、バッタが飛んだ」
「大きな怪物にいきなり住処を壊されたら驚くよね」
バリバリとドローンが草を刈ると、草に潜んでいたバッタや虫が不意に隠れ場所失い驚いてぴょんぴょんと飛び出す。
「それで、鳥の餌になるのね」
ぴょん、と飛び出した虫を目当てに鳥が庭に降りてきて啄む。
鳥にとってはエサ取りのボーナスステージだ。
「賢い鳥もいるね。ドローンにくっついて歩いてる」
一部の賢い鳥は、ドローンにくっついて回り、ちゃっかりと餌にありつく。
やがて賢い鳥を真似する鳥がだんだん増えてきて、少しすると多くの鳥がドローンにくっついて行列を作りだした。
まるで機械じかけのカブトムシが鳥の楽団を従えて庭で行進しているような、童話っぽい光景が裏庭に出現するのを、僕とアンテナは木陰でノンビリと眺めていた。
セットアップは大変だったけれど、こういう草刈りなら冒険者の仕事としても悪くない。
「録画とSNSアップの許可取っとけば良かったわ」
アンテナが残念そうにつぶやいた。
そうして1時間ほどを費やしてドローンは裏庭の草刈りを無事に終えた。
★ ★ ★ ★ ★
「まあ、ずいぶん綺麗になって!これは全部あの子がやってくれたの?」
「そうですね。少し時間はかかりましたけど、以降はずっと楽にできますよ」
老婦人は、すっかり明るくなった裏庭の芝生の様子に手を叩いて喜んでくれた。
あとは雨の日には使わないとか、充電ステーションを雨のかからない出入りしやすい場所に設置するとか細かい注意はあるけれど、最初の設定さえ終えてしまえばロボット掃除機と扱いは変わらない。
お手伝いさんでも老婦人でも、誰でも使用できるはず。
我ながらいい仕事をした。
「では、依頼完了と言うことで…」
僕が冒険者アプリの依頼完了欄のタップをお願いしようとすると
「じゃあ、表の方もやってもらえないかしら?」
などと、老婦人は言い出すのだった。
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