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アイデアを出し尽くして唸っていると、理緒が机の上に出していた代替機のスマホを眺めてから、次に真を見て苦笑交じりに言った。
「オタクだってキモがられると思って黙ってたけど、言うね。私ロケモン好きだから、実はロケモンGOもやってるんだ。……最近はGPS切ってるから全然起動してなかったんだけどさ」
ロケモンのパズルゲームをやっていたから何となく察してた……とは敢えて言わなかった。理緒の覚悟を無駄にするのは申し訳なかった。それにGPSを切ったのは、やはり親の追跡を恐れてのことだろう。不倫の被害で趣味を邪魔された同志を茶化すのは気が引ける。
「それでね、ロケモンGOを遊んでるプレイヤーなら、いつ、どこの辺りでプレイしてたかが運が良ければ分かるの。記念物とか施設とかにゲーム内でのスポットがあって、そこにプレイヤーの名前が載る。前にうちのお母さんにも勧めたんだけど、最近はめっきりプレイしてないみたいで……。もしプレイしてたら移動履歴が分かったかもしれないのに」
理緒は肩を落としたが真は感心した。まさかゲームにそんな使い道があるとは。意外と使える手かもしれない。
「うちの親父はそこそこプレイしてたはずだぜ。俺もたまーに借りて遊んでる」真が言うと理緒が身を乗り出した。「ユーザーIDは?」聞かれて、真は閉口した。「IDなんて覚えてるわけないよね」と理緒が言ったが、口を閉ざした理由はそうではない。
信治は家族を裏切って不倫をしている。それを暴くために、彼のゲームアプリのユーザーIDが役に立つ。それが分かりやすいIDだから、真は思い出したくなかった。
「SAGI02191003」
告げられたIDをメモしていた理緒が手を止め、思いっきり眉を寄せる。視線を持ち上げて真を見た。
「……あんたもしかして誕生日、二月十九日?」
ん、と真はうなずいた。ちなみに実の誕生日が十月三日だ。まるで家族思いの父親のようなユーザーIDを、信治はゲーム内で使っている。矛盾だ。理緒は複雑そうな顔をしてから、シャーペンの芯を仕舞って言った。
「私は十二月八日だよ。プレゼント期待してるね」
***
インスタントカメラをお互いに一つずつ購入してからは、塾帰りに張り込みをしつつ観察報告を繰り返すばかりの日が続いた。両親の動向をつぶさに観察して、必要であれば声をかけて反応を見て、その所見を記録し後日報告し合う。「今年の自由研究、親の観察日記ってのはどうかな」いつだか理緒が塾でぼやいていた。確かに理科の授業でやるよりも立派なレポートができつつある。
夏休みも中盤に差し掛かれば他の予定も入る。二人で会えない日もあったし、二人とも張り込めない日だってあった。うっかり真が合図の出し方を間違えて、二階のドーナツ屋から降りてきた理緒が一階の古本屋で真を見つけて小突き回したこともあった。
二度目の登校日を翌週に控えた火曜日。すっかり常連になってしまったドーナツ屋のカウンター席で、真は期間限定のミルクアイスをかじった。
「なんか振り出しだよな。むしろ前より何も起きねえ。大人ってそんな頻繁にデートするわけじゃないだろうし、ホテルにも最近全然来てないみたいだし」
「まあね。でも振り出しってわけじゃないと思うよ」
隣でアイスココア片手に宿題をしていた理緒が、余裕綽々に言ってのける。
「ここは田舎じゃないけど都会でもない。施設や建物の数は限られていて、遊びに行く場所もマンネリ化する。つまりあの人たちが違うラブホを転々としてるんだとしても、そのうちローテーションが巡ってきて、必ずここに戻ってくる」
垂れるアイスと格闘する真をあざ笑うような口ぶりで、理緒は続けた。
「ここで空振りだったねと私達が言えば言うほど、現場に出くわす確率は高くなるんだよ」
「……佐生お前、悪い顔するようになったなぁ」
「ふふん、悪のカリスマって感じ?」
「え?」
「だから悪のカリス……なんでもない……」
また真の知らないアニメか何かの話だろうか。少し興味がわいてきたから、今度タイトルを聞いてみよう。歯で折ったアイスが予想以上に多く口に入ってきて、真はもごつきながら考えた。
確かに理緒の言うことは正しい。はずれを引けば、次に当たりを引く確率を高める。真実を知った上で観察をしている内に、親を追い詰めている感覚は確かに増していた。多分やれるだろう、と思う。彼らが不倫を続ける限り、いつか必ず尻尾を出す瞬間が訪れるという確信があった。
「昨日さ、親父が久々に母さんと話してたんだけど」
舌の上で小さくなったアイスのかけらを丸呑みする。
「夏休みだしどこか遊びに行こうかって。あいつがそんなこと言うの珍しいんだ、家族のことに全然興味なさそうなやつだからさ。それで母さんがちょっと変な顔して、予定開けとくよ、なんて言って」
「それで、どうなった?」
「結局おじゃん。親父は八月二十日から空いてるって言ったけど、ちょうど母さんはその辺りに取材の予定が入ってるからって。親父はもうすぐ出張だって言ってたしさ。予定が合わない」
そっか、と呟いた理緒が何かを取りつくろうように続けた。
「ええと、残念だったね。遊びに行けなくて」
「うそつき」
アイスの棒を噛みながら、真はゆっくり言った。
「出張は嘘だ。嘘じゃなくても、きっと一日か何時間かは出張以外の用事がある。佐生もそう思うだろ?」
歯型のついた棒を口から取り出す。理緒は神妙な顔をして唇を震わせ、こくりと頷いた後、気まずそうにうつむいた。
「……今のうそつきって、私に言ったのかと思った。遊べなくて残念だねって、あれは嘘だよ。あんたと同じこと思った。好都合だ、証拠を見つけられるチャンスかもって」
「知ってたよ。今のはダブルミーニングってやつ。映画のタイトルとかで使われるやつ」
「難しい言葉を知ってるね」
ドン、と何かを打つ音が響いた。理緒が窓の外に視線を反らす。キラキラとした灯りが群れになって、帯状に道路を覆っていくのが見えた。はっぴを着た集団が神輿を担いで、何かを叫びながらゆっくり進んでいる。企業ビルも花屋もラブホテルも平等に、神輿は通り過ぎて行った。「地区の相撲大会に駆り出されることになって」登校日にぼやいていた長沼の声を思い出して、そういえば今日は夏祭りだと真はぼんやり思った。実が浴衣を着たがっていて、文乃が肩揚げした浴衣の糸をほどいていた光景を、確かに見た記憶がある。同じリビングの中で一人スマホを見つめていた信治に気を取られて、今の今まで忘れていただけで。
露店や花火や下駄の音に胸を躍らせていた鷺岡真を、どうやら昨年の夏休みに置いてきてしまったらしい。――夏祭り、行かなくて良かったの? 真も理緒も口にはしない。自分達には愚問だ。遊びよりも優先したいことがあるのだと、今さっき話したばかりではないか。
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