第5話 ゴースト
「皮肉な話だよな。常識的な行動を取ったせいで、逆に救出困難になってしまったなんて、な」
いつもふざけ調子の真逆も、迷宮の探索中は、さすがに少ししんみりとする。
真逆の指摘に光夜もうなずく。
高層建造物で何か問題が発生して、窓の外には何やらよくわからない光景が広がり、スマホも通じないし、電源も切断されてしまった。
そんな状態で人はどう行動するだろう?
そう、まずは出口を目指すのだ。
高層階にいた人々は、せっかく逃げ出せる場所近くにいながらも、何が起こったかわからないまま、とりあえず階下にある出口を目指した。
これがダンジョン災害が頻発しだした後なら、もしかしたら? と思って屋上を目指したかもしれない。
しかし。渋谷を始めとする東京の高層建造物がダンジョンに呑まれたのは、かなり早い段階だった。
東京に限ったことではない。
世界各国で、高層建造物が真っ先にダンジョンに呑まれたのである。
その理由は、研究者によると、面辺りの人数ではないか? との推測だった。
つまり十人しか立てない場所に、高層建造物なら階数分倍数された人数が加わり、十階なら単純計算で百人存在出来るのだ。
人口密度の高い場所がダンジョン化するという常識に
とは言え、実際には完全に人数が多い順ではなく、一定よりも多い場所からランダムという感じだ。
密度が濃すぎた高層建造物は確率が高かっただけ、と言えるだろう。
実際、摩天楼と言われる高層建造物でも、無事なものも多い。
運が悪かった……。
それが何よりもやるせない思いを、残された家族に抱かせるのだ。
「階段発見」
昔は美しく磨かれていたであろう通路は、コンクリや鉄筋がむき出しになったり、ダンジョン植物と呼ばれるものと融合した部分があったり、と昔の面影はあまりない。
オフィスへと続くドアも、上層階では元の姿そのままであったが、下るほどにダンジョン要素が濃くなっていた。
この高層建造物のオフィス部分は、壁による区切りが少なく、ほぼオープンスペースとなっている。
空間が広く取られていたおかげで、机や椅子、棚の中身などが散乱しつつも行動するのに支障はないが、その分、体格の大きいモンスターも入り込みやすかったようだ。
ガラス張りの窓部分が割られて、入り込んだらしい飛行型モンスターの巣が出来ていたり、壁をよじ登る能力を持つモンスターがうろついていたりもした。
屋内で飛行型モンスターはそれほど怖くないが、壁をよじ登れるモンスターは天井に張り付いていたりするので隠密性が高く、何度かヒヤリとした場面もある。
ところどころに、そういうモンスターの被害に遭ったらしい人骨が散乱していて、光夜はそういった人骨も、ひとかたまりごとにパッケージングして持ち帰るようにしていた。
自然と荷物が多くなるが、運搬には、屋内探索で大荷物は背負えないので、キャリーボックスを使っている。
「光夜っ! ゴースト濃度急上昇!」
階段を発見し、さらに下ろうとしたそのとき、
「全員、精神汚染に備えろ!」
備えたところでどうにかなるのか? という疑念はあるが、気構えがあるのとないのとでは、侵食される確率が全く違うことを、光夜達は経験則として学んでいた。
視界の隅を何かの影が過ぎったような気がする。
それが本当の敵なのか、それとも自分の錯覚なのかわからない。
光夜は唇を噛み締めて、ぐっと下腹に力を入れた。
地球世界の人間にはまだまだ馴染みが薄いダンジョン、いや、深淵世界に満ちる魔力は、強い意思に反応しやすい。
周囲の魔力を支配することが出来れば、ゴーストとの対決も楽になる。
ほぼ手探り状態ではあったが、光夜達はゴーストへの対抗策を少しずつ学んでいた。
初期は全員が恐慌状態になり、慌てて迷宮から脱出する羽目となったのだが、遭遇が回避出来ない以上は、なんとか対抗するしかない。
数少ない体験談を収集し、対抗策として打ち出したのが、他人がやっていたら鼻で笑ってしまいそうな精神論だった。
「ゲ……ン……イキ……ル……イキタ……ウラヤマ……シイ」
「来たか……」
そして、ゴーストは、なんらかの意思を核としている。
恐怖、悲しみ、恨み、妬み。
元となっているのは犠牲者の強い想いであり、ほとんどは、死に至る瞬間の強烈な意識だと言われている。
光夜としては、やりきれない気持ちにもなるが、ゴーストに呑まれて自分達が新たなゴーストの核になる訳にもいかない。
光夜はベルトポーチから安物のコンパクトプレイヤーを取り出した。
十年前、人気だった音楽を収録したものだ。
いろいろと試した結果、最もゴーストに効果的なのは、音楽だった。
小さいながらスピーカーも備えたコンパクトプレイヤーを、再生状態にして遠くへと転がす。
十年前、街中でよく聴いた流行りの音楽が、薄暗い迷宮の階段に響いた。
ゴーストから放射される敵意が薄まる。
光夜は素早く仲間に合図を送り、階段を駆け下りたのだった。
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