第4話 残された想い
この日、光夜が潜るダンジョンは、渋谷駅直結で多くの人に親しまれていた高層複合施設だ。
地上の階層だけで三十四階、さらに地下四階、しかも複雑な内部構造を持っていた建造物がそのままダンジョンに呑まれてしまった。
救出出来たのは最上階から五階層目ぐらいまで、それよりも下の階層に降りようとすると、人がバタバタと倒れだしたのである。
政府はこれを未知の毒ガスと判断。
二次被害を避けるために救出作業を打ち切った。
後に判明したことだが、これは大勢の人の恐怖が変異によって魔法のような放出となった現象だったようだ。
結局、対応策が提案され、見捨てられた形の人々の救出、あるいは遺体の確認を行おうと、消防隊員や自衛隊員が魔法的な防御を行って迷宮に再アタックしたのは、建物がダンジョンに呑まれてから二年近くが経過した後だった。
だが、このアタックも惨憺たる結果となる。
深部への侵入を試みた隊員達からの通信が途切れ、どれだけ待っても戻って来る者は誰もいなかった。
そうして、渋谷高層ビルディング迷宮は、正式に見捨てられたのだ。
「本当に、気をつけてくださいね」
光夜が迷宮に潜り始めた当初は、なんとか
説得を諦めた、ということもあるだろうが、何年も迷宮に潜って生き残っている光夜の実績を信用しているのだろう。
それでも一応いちいち注意を促すのは、どうやら探索者協会のマニュアルには、ビルディング迷宮に潜る探索者には注意をしなければならない、とあるからのようだ。
おそらく責任問題を回避するためだろう。
くだらない、と光夜は思うが、係員も仕事なのだ。
文句を言う筋合いではない。
専用ロッカーから愛用のショットガンを取り出し装備する。
弾はそれなりの値段がするが、威力は折り紙付きだ。
発射に火薬ではなく魔法を使っているので、弾の構造自体は単純なのだが、素材がダンジョン鉱石なので安くはないのである。
光夜のショットガンは、ポンプアクション式で装填数は基本的に六発。
弾の種類によっては八発装填することも出来る。
普通のショットガンなら発射後の空薬莢を排出する必要があるが、ダンジョン用のショットガンはそれがない。
その分素早く再装填が出来るし、継ぎ足し装填も可能だ。
最強の弾はオリハルコンだろう。
比類なき硬度を誇るオリハルコンは、ショットガンの爆発的な発射によって凶悪極まりない凶器となる。
ただしその分恐ろしく高い。
光夜は、いざというときのための必殺の一撃用にお守り代わりに持っているだけだ。
多くの探索者が日常使いしているのが、地球世界にも存在する銀を使った弾である。
銀は柔らかいが、魔法との相性がよく、発射の瞬間に付与した魔法をインパクトの瞬間まで維持することが出来た。
ようするに魔法攻撃を銃によって行うのだ。
そして銀という素材は、ダンジョンでは簡単に採取出来るため値段が安い。
使い捨ての弾には最適なのだ。
弾の大きさは魔法の効果範囲と比例するので、大きな弾を装填出来るほど強い。
光夜が武器にショットガンを選んだ最大の理由は、単純に攻撃力が高いからだ。
「侵入を開始する」
そんな凶悪な武器を携えて、光夜は高層ビルディング迷宮へと足を踏み入れた。
普通のダンジョンとは違い、ひとけの少ない渋谷ビルディング迷宮は静寂のなかにある。
存在するのは、ダンジョンからモンスターが襲撃して来ないように見張っている、哨戒中の自衛隊員だけだ。
彼らは光夜に「お気をつけて」と、真摯なまなざしを向け、声を掛けた。
「ご苦労さまです」
光夜は会釈しただけだが、真逆が明るく挨拶を返す。
渋谷のビルディング迷宮は、最上階とその一階下の階層が地上に出ていて、侵入口は最上階より一階層下の三十三階の窓からになる。
ほぼ全面ガラス張りだった窓部分には既にガラスはなく、侵入は容易だ。
もちろんすでに電気は通ってないので、下への移動には階段と止まったエスカレーターを使うしかない。
とは言え、上層階はいいが、中層階からはフロアが変質しているので、もはや元の見取り図は役に立たず、探索して階下へと降りる手段を確保しなければならないのだ。
光夜は現在、ようやく二十階のオフィス部分まで辿り着き、探索者用アプリによってそこまでは一応マップを作成してある。
とは言え、たまに変動するので、完全に信用することは出来ないが……。
「ゴースト濃度は今のところ低い」
ぼそりと、
ゴーストというのは、人の怨念と魔力が融合して生まれたパッシブエリアとされる現象だ。
声が聞こえたり、異常現象が起こったり、エリア内に侵入した人間が幻を見たり、と様々な通常では考えられない異常が発生するエリアであり、しかも場所が固定している訳でもなく、常に移動している。
迷宮で恐れられる現象の一つだ。
すでに探索済みの場所で探せる限りの犠牲者の遺品や、痕跡は回収している。
以前、うっかり見逃しそうになった鍵のかかる引き出しに、メモ帳に書かれた遺書が残されていたことがあった。
家族への切々とした想いを綴ったその遺書に、なんとも言えない気持ちになった光夜である。
それ以降、光夜はより慎重に、さまざまな場所を探索するようになったのだ。
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