かぐやの花
ネオン
育ててみた
“かぐやの種”と呼ばれるものが私の家にはある。それは、片手におさまるほど小さな箱に入っている。いつ頃からあるのかはわからない。その箱を開けてはいけないと昔から言われているらしい。私も親に、絶対に開けてはいけない、と言われている。理由を聞いても、危ないから、としか母は答えてくれなかった。
危ないなら捨てちゃえば良いんじゃないかと思ったから祖母にそう言ってみたところ、捨ててはいけない、と言われた。理由を聞いてみると、何が起こるかわからないから、と祖母は答えた。何が起こるかは祖母にもわからないらしい。
私はもうすぐ大学生になる。一人暮らしをすることになり、この家を出てしまう。今しかない、と思った。家に私以外誰もいない時にこっそりとあの箱を開けてみることにした。
家族がみんな出掛けてしまった。今だと思って、押し入れの中にしまわれている箱を取り出した。恐る恐る箱を開けてみると、そこには、小さな、三日月の形をした、茶色い種のようなものが数粒入っていた。
「なんだ、ただの種じゃん」
私はがっかりした。種が入っているだけだったから。けれど、その種のことが無性に気になった。この不思議な形をした種はどんな花を咲かせるのだろうか。私は自分の好奇心に突き動かされて、一粒取り出した。箱は元の通りに戻しておいた。取り出した種は無くさないように小さな袋に入れて、見つからないように自分のカバンの中に入れておいた。
数日後、私は一人暮らしを始めた。
早速私は、その種を育てることにした。
ポットに種を植えてから3日後には芽が出た。
そして、芽が出てからわずか10日後には蕾ができた。
花を育てるのは初めてだったから、どうすれば良いのかわからなかったが、上手く育ってくれてよかった。日の当たる場所、カーテンの外側の窓際に置いて、1日に1回水をあげる、というのは間違いでは無かったようで安心した。
その日は満月だった。せっかくだから見ようと思って、窓にかかっているカーテンを開けた。綺麗な満月だった。ふと、蕾が目に入った。その蕾は今にも咲きそうだった。
その蕾は月の光を受けて徐々に開いていく。花が開く瞬間を目にしたのは初めてだったので、感動した。目が離せなかたまた。月の光に照らされた花はとても神秘的だった。
完全に開いた花は、薄い黄色で小さかった。月の光の効果もあるのだろうか、言葉では言い表せないほど美しかった。
この世のものとは思えないほど美しい花に見惚れていると、突然目の前が暗くなった。
「目を開けてくださいませ」
女性の美しい声が聞こえる。
目を開けると、そこには今までに見た誰よりも美しい女性が数名いて、私を覗き込んでいた。私はふわふわとした物の上に倒れていたようであった。起きあがろうとすると、そこにいた女性が手助けをしてくれた。
「ありがとうございます。…あの、貴女たちは誰ですか?…それと、ここはどこですか」
周りを見回してみても、私と彼女たち以外はいなかった。見渡す限り真っ白で地面はふわふわとしていて、まるで綿飴の上にいるようであった。
「私達は、貴女様を迎えに来たものです。そして、この空間は、私達が住んでいる世界と貴女様がお住みになっていた世界との中間地点でございます」
「…何で私を迎えに来たのですか?」
「それは、貴女様が、あの花を育てなさったからでございます。私達はあの花を咲かせなさった方をお迎えするという使命を月の王から与えられております」
目の前で起こっていることは現実なのだろうか。こんな非現実的な事があるはずが無いとは思っている。しかし、彼女達が淡々と喋るから、彼女達の言葉を嘘だとは思えないのだ。
「では、そろそろ参りましょう。この衣服と羽衣をお召しください。」
私が何も言えないでいると、1人の女性がそう言って、その衣服と羽衣を差し出してきた。それは目の前にいる女性達が着ているものと同じようなものであった。しかし、私に差し出されたものの方が、彼女達のものと比べて布が美しく見えた。特に羽衣は特に美しく、控えめにキラキラと輝いていた。
羽衣を身に付けるなんてまるで昔話に出てくる天女みたいだ、なんて思った。
「あの、着方がわからなんのですけれど…」
私はおずおずと彼女達にそう伝えた。いつも身につけているものとは明らかに違うから自分で着られるとは思えなかった。
「承知しました。では、私達がお手伝いいたします。」
2人の女性が私に近づいてきた。私の今着ている服を脱がせて、美しい衣服を私に着せた。
今まで身につけたものの中でいちばん肌触りがいい。最後に私は羽衣を身に纏った…
「では、参りましょうか」
「…」
「どうかなさいましたか?」
「……何も、わからないんです、……私が、誰なのか…何を、していたのか、何も……。名前も思い出せない、…まったく、おもいだせないんです…。あの、わたしは、だれ、ですか…、あなたたちも、だれ、ですか…」
大層美しい羽衣を見に纏ったまだ子供っぽさが残る女性は、涙を流しながらそう言った。縋るような目で目の前にいる女性を見ている。
「何もわからないのですか?」
そう聞かれて泣きながら頷いた。
「では、説明致します。貴女様は月の王様の奥様になられるお方でございます。貴女様のお名前は王様がつけてくださいますので、それまでお待ちください。私達は王様の使者でございます。貴女様をお迎えに来ました。何もわからなくて不安かと思いますが、安心しなさってくださいませ。私達が貴女様をお守りいたします」
不安そうに涙を流していた彼女は、それを聞いて頷いた。王の使者は彼女の涙を拭いて、いつの間にか現れた乗り物に乗せた。
その乗り物はどこからともなく現れた男性達によって引かれ、王の使者とともにゆっくりと進んでいった。
その乗り物の後ろを歩いている使者達は、ひそひそと話していた。
「久しぶりに来たわね、生贄が」
「そうね。これで、王様の機嫌も治るでしょうね。最近機嫌が悪くて困ってたのよ」
「久しぶりすぎてあの羽衣を着ると記憶が消えちゃうこと、忘れてたわ」
「本当に記憶が消えちゃうんですね。わたし初めて見ました」
「あの種をもう少し人間界にばら撒きましょうか?」
「そうね、王様と相談してみましょうか」
『女子大学生が行方不明になっています…』
テレビではそんなニュースが流れていた。
かぐやの花 ネオン @neon_
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