生徒会役員の章――Ⅴ
「横暴だ! 横暴だ!」
すれ違った男子生徒から罵声を浴びせられた。まったく知らないコだ。憎しみが篭った目で私を捉えているのには、気が滅入る。まったく、政治系部活に入ってる人間は血気が激しい。まるで一昔前の自由主義を叫んでいた時代のように。
私は無視を決め込んで、地下へと降りていく。生徒会室で何十人も構えていたら大変だぞと
「よお、悪代官」
高梁の口の端は、かすかに吊り上がっていた。
「人の不幸を笑うとは――」
「笑っちゃいられねえよ。明日の勝負に、俺も気が張ってる」
勝負とは……言葉の綾で齟齬が起きそうな表現である。もうちょっと緊張感を抱いてもいいと思うが。
高梁を連れたって部屋に入ると、まず新見副会長の姿が目に入った。挨拶もそこそこに、すぐさま私の安否を問うてきた。
「被害はない? 私とか、プリントを丸めた物を投げつけられたんだけど」
「いや、特にこっちのほうは――」
あえていうほどでもない。さっきの暴言だけでなく、一日中訳の分からぬ戯言を知らない人間から吐かれ続けたが、すべてを聞き流した。真面目な人ほど丁寧に扱おうとするが、この状況で一つ一つ処理しようとするのは自らが滅びかねない。政治家なんてそんなもんだろう。
「大丈夫でしたよ」
「ほんと?」
まさか、本当に大丈夫だとは思っていないだろうが、新見は一回首を縦に振って、「みんな揃ってる」とすぐ奥の机へと視線を向けた。
勉強机を何個も接続して、一つの巨大なテーブルへと作り変えてある。上にはそれを覆うほどの厚紙が引かれ、集まった面々が置いた思い思いの品々で、紙がひっくり返らないように抑えている。生徒会と警団委員会のメンバーで占められ、特に身体の頑固な男共で囲まれた光景は異様だった。
私は席を勧められ、腰を下ろす。安芸津がいた。私に気付くと、いそいそと私のそばへと場所を移動させた。
「お疲れ様です、会長。ひどく顔色が悪いですよ」
「……私が」
「ええ。やはり、政治系の反発に身体が応えてるのかなあって。心は平気と受け流していても、ですけど」
睡眠不足なだけだろう。気にするだけ、またストレスが溜まってしまう。生徒会長は多少の精神力をもってして成し遂げられる役職だ。メンタル管理は怠っていないつもりである。
「おおい、安芸津」
高梁の声が飛ぶ。「あまり会長を茶化すな」
「えへへ。これはまた御冗談を」
「ふん――瀬戸内、そろそろ始めようぜ。全員揃ったところだ」
私は直立不動している面々をざっと眺め、咳払いをした。
「皆さん、始めましょう」
一瞬にして、静寂が訪れた。また、変に緊張していまう。一つ息を吸って、簡単な前置きを挟んだ後、すぐさま本題へと移行した。会議に慣れた連中たちである。連絡事項もスムーズに進んだ。
「……で、これが対象の自宅付近の地図だな」
高梁が呼んだ「対象」とは「警護対象」のことであり、無論豊浜千夏子を指している。小耳に挟んだ情報では、ここ数日は学校外に一切外出していないという。
場所は、文京でも西の方面――華月はちょうど真ん中あたりだから――ここから徒歩三十分ほどで到着するあたりである。地名は小日向というところだ。とりわけ特徴のない地域ではあるのだが。
その一角が、赤いペンで濃く塗りつぶされてある。
「ここが豊浜さんの自宅ですか」
「そうだ。もちろん、本人の許可は取ってある」
そこから高梁は、テキパキと指示を出し始めた。三十人ほどいる警団のメンバーを小隊に振り分け、自宅を実際に取り囲むチーム、周辺道路に警戒するチーム、学校に残って連絡を待つチームと分割した。
すると、安芸津が提案した。
「僕たちも、明日華月で待機したほうがいいんじゃないですか? 事件は教師たちも懸念を示す状況となっています。警団委員会の人たちを信用していないってわけではありませんが、生徒会の人間がいたほうが信憑性も増しますし」
誰も反論する人間がいなかったので、明日は生徒会の緊急会合が開かれることになった。
「そっちが勝手にやるのはいいが」
高梁が指で顔を搔く。
「瀬戸内は借りてっていいか。警団の士気も上がるし、万一の騒動を手早く収められる。近隣住民のトラブルとか」
新見副会長が手を挙げた。
「じゃ、明日の学校は私がトップってことですか? 面白そう! 会長任せて!」
私としては、穏便に終わるならそれでいい。新見の進言を承諾した。
「あとは、当日どうやって現場に行くか、ですね」
自転車は、置き場が見当たらないので論外。歩きが第一候補に挙がったが、明日はカンカン照りになるという予報らしく、熱中症の危惧を生徒会所属の西本から発せられた。
「だったら、他の交通手段はあるのか」高梁が訊く。
「……えっと、電車ですかね……」
「最寄駅から遠い! 俺でも家から歩いた方が早くなるぞ」
強い口調に、西本はすごすごと引き下がった。確かに、高梁のいうとおりである。豊浜の最寄り駅は有楽町江戸川橋駅か、丸の
となると、残る選択肢は限られてくる。
「車か……」
高梁が呟いた。
「あのー」と、ある警団委員の一人が挙手をする。
「僕の先輩が華月のOBでバンを持っているんで、明日運転できるか訊いてみます」
「よし、分かった! あとの人も、知り合いに車を運転できる人がいたら手配してくれ。生徒会のでもOBOGに心当たりがないか探してみれくれ」
「了解しました」
途端、一気に人員があらゆる方向へ駆け出した。ある者は携帯電話を操作し、ある者は近隣の大学の知り合いに声を掛けに行き、ある者は元生徒会の資料を取りに行く。
「さてと」
そう安芸津が独りごちる。いつものコミカルさを兼ね備えた面持ちだった。
「どちらに?」
「そうですね……明日の下見にでもいっておきます」
「はい」
そういって部屋を出ていった安芸津。ちらりと彼のいた場所に目を動かした。
彼の鞄が残っていたのは、小日向まで行ってわざわざ取りに戻ってくるのか。
それとも――。
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