生徒会役員の章――Ⅱ
「
頑健な身体を高ぶらかせながら、高梁が訊いてきた。おそらく私は、ひどく怪訝な表情になっていただろう。
「私にそんなメルヘンな行為ができるとでも?」
「いいや思わん。瀬戸内の性分ぐらい理解はしているつもりだ」
「ありがたいことです」
ふん、と高梁も同じく見下ろす。二階に位置する、外階段の踊り場からの眺めだ。グラウンドの半分使ったテニスコートで、ラリーを打ち合う男たちが見えたことだろう。
「あれは安芸津か。もう片方は――」
「たぶん一年生。私も知らない人です」
「ようやく先輩面できるってか。楽しそうなプレイしてやがる」
「彼は楽しむことを意義としていますから」
「気持ち悪い」
よいしょっと、とグラウンドから視線を外す。背後には学校から去る者たちがぞろぞろと降りてくる。幼さと不安が残る顔。無茶をしでかしそうな顔。切羽詰まった顔。落ち着いた顔。十人十色だ。
「警察は、捜査の進展について何かいってきたか」
「なにも」
「『左閣』は?」
「なにも」
「いやらしいなあ」
苦笑いをして、高梁はまたグラウンドの試合へと戻る。サーブに力があるな、と一人独りごちっている。どっちを応援しているのかは知らないが、こちらもこちらで実に楽しそうだ。警団委員会を統べるリーダーとしての素質が、そこにあるようにも見えた。
「やっぱり、青沼は気にしているようだ」
高梁は視線を寄こす。「いつ衝突が起こるか、たまったもんじゃない。お前から強くいえねえのか」
「君は警告したんですか? 彼に」
「もちろん。次の土曜日、警団が豊浜さんの家を警備するっていったろ。一日中引きこもってもらってね。だからお前も抑えろっていったんだけどな」
風が良く当たる。ボールが飛びやすそうだ。
「感謝はされた。でも、龍泉寺にケリをどうしても付けたいらしい。最後には、『同じ
「なるほど。言い草としは下品ですが、合理的ではある」
「納得してる場合かよ」
高梁は拳を強く握る。「なあ、お前から説得することができねえのか? あいつが暴走するのを止めるのって瀬戸内ぐらいしかいないだろ」
「たぶん、高梁君と同じ流れで論破されて終わりです」
「そうか。そうだよなあ……」
気落ちしている高梁。人の二倍ほどある肩は下に向きっぱなしだ。旧友を助けたい気はある。私だってそうだ。だが、一度決めたら突っ走る青沼の性格からしたら、誰が忠告しようとも無駄に終わるだろう。
左右の決定的対立の影響は、一般生徒にも波及しはじめた。
ここ数日、勃発への恐怖と生徒会への不信、ともども私に襲い掛かっている。朝、教室へ自席に着いたら、何枚もの意見書やら手紙やら暴言の殴り捨てやらが中でパンパンに詰まっていた。
それらを鞄に突っ込んで、ただいま生徒会室に鎮座している。
「お、安芸津だ」
高梁が呟いた。
階段を上がってくるのは、
ジャージ姿とラケットは、生徒会室で会う時よりもスポーティーに見えた。実際、小柄ながら腕の肉付きがいい。人懐っこい笑みを浮かべながら、
「こんにちは。先輩方はなにを?」
と訊いてきた。
「お前の試合を観てたんだよ」高梁が答える。
「ありがたい! ただ、うまいプレーができたかどうか……」
「いや、普通にラケット振れてたよ」
「そうですか! いやあ、お恥ずかしい。見られてるなんて思わなかったな。もうちょっと真面目にやってたのに」
ああ、そうと曖昧に高梁は返す。会話を自分のペースに持ってく力というか、饒舌な口ぶりが空気の外側を占領する。じわじわ、と中へ押し迫ってくるような。
「あ、瀬戸内会長。今日の内容は」
私は、いつも彼に魅せられているのか。
「部活は」
「早引けします」
「じゃあ、生徒会室で話します」
「了解です!」
子供じみた、そして違和感のない敬礼をして、安芸津は階段をスキップしていった。
〇
家の都合があるから、と高梁とも別れ、一人で生徒会室に向かう。最上階ではなく地下一階に位置しているのが、またなんとも、しょぼくれている。
途中、女子生徒とすれ違った。中学生、下手したら小学生とでも思われそうな小柄な女子だった。なにやら紙を手にしながら、一目散に走っていく。私はスルーを決め込んだ。
今度は、知り合いの女子生徒と遭遇した。
「あぁ! かいちょー! やっと見つけた!」
息を切らしながら、
「どうしたんですか。そんなに慌てて」
「いいから、生徒会室に来て! わたしだけではどうにも……」
「わかりました」
新見副会長にできなくて私にできることなんて、あるのだろうか。不安の押し売りが私に渡り、さあ次は誰の番だとなれないのが、生徒会長の辛いところである。
「いったい、どうしたっていうんです」
速足で急ぎながら私が尋ねると、「新聞部」と落ち着かせる息の切れ目で副会長は答えた。
「新聞部? どうしてまた」
「バックナンバーを見にきたから
不法占拠を働いたなら、学校における大問題である。生徒会室に旗でも立てた時には、生徒だけではない、教師陣が重い腰を上げる事態になりかねない。保安のためにも、阻止は絶対である。
たどり着いた生徒会室は、先ほどと変わらない光景だった。遠くから吹奏楽部の音色が聞こえる以外、無音な空間。私がドアノブを開け放つと、想像よりもはるか少ない、占拠――いや、そんな違法行為などはしていない三人が、綺麗に並んで座っていた。
「お、来た」
一人が呟くのが聞こえた。私が目を
正面で向かい合う。
新聞部と対峙するのは初めてだ。何かと動いているのは知っているが、生徒会への取材は下の者にやらせているし、私が発したコメントも同様である。遠ざけたつもりはないが、近すぎてデメリットが生じるのも気に入らない。隔たりがあってこその、生徒会長と新聞部の関係だった。
アポなしの直接取材――なるほど、不意を突かれた。
「用件を申し出てください」
金髪の生徒がはいと答え、おい江田、と小柄の男子に促した。江田と呼ばれた人は、しゃべりに慣れていないのか、目線をさ迷わせながら口を開いた。
「えっと……新聞部の者なんすけども、実は僕たち、巷を騒がせてる、ほら、あの事件、あるじゃないですか。それを独自で調べていやしてね」
何の事件ですか、と。そこまで意地悪な質問はできなかった。首を縦に振って、先へ促す。
「要は犯人捜しをしているんすが、どうも、容疑者の絞り込みが難しくてですね。華月の生徒は総勢1046人。文京区全域にまで含めると、22万6259人。当然、華月生には文京区外から通学する人も多くいるから、華月生の中から文京区在住の生徒を差し引き、残りを文京区人口に加えると、22万6388人いるわけです」
スラスラと出てくる数字に、私は思わず腕を組む。
「もちろん、文京区外の人がやった、という可能性も否定できません。結局、容疑者はどこへでも膨れ上がっていきます。ですから、僕たちはある要素を基にして、それに該当する人物に重きを置くことにしました」
「疑いをかける人物を厳選したってわけですね」
「ええ、おっしゃる通り。そこから推論した特徴は、左右両方の主要人物を狙う目的があり、被害者両方の住所を知れる人間」
ここで初めて、江田が話を切った。
私は宙を見上げ、要点をまとめる。
ああ、そうか。私が馬鹿なだけだったか。期待して、損した。
「つまり、君らは私が二つの事件を起こしたと、いいたいのですか」
ええっ! と新見副会長が叫ぶ。はっ、としたように口元をふさいで、「ごめんなさい――ていうか、会長が……犯人?」と疑いをかけてきた。
「なわけない――」
「待って! えー、ちょ、待って! なんでそっちの方向に!」
今度、叫んだのは火種を蒔いた張本人の江田だった。なぜまたこいつが……。
「ちょ、ちょっと、待ってください! 僕はまだ、会長が暴行事件をふるったなんてこと一言もいってないじゃないですか!」
「えー! 逆に違うの? この流れで」副会長がいう。
「いや、ちが……」
こんなはずじゃない、とばかりに首を何度も振り、「ちょっと、廿日市ー。助けて……。僕もう死にそう……」と隣の金髪に助けを求めた。
「ああ? お前さあ……」
「言い方の問題だろ? あーもう、できないよ! 難しいよ!」
「わめくな。うるさい」
廿日市と呼ばれた金髪男は、江田の爆発頭を鷲掴みにし、「痛い! ちぎれる!」とまた叫びはじめた。逆効果なのでは? と思ったのも束の間、江田はぐったりと机に突っ伏した。
「ごめんなさいね。変にさせて」
と廿日市は手裏剣を切る。「まあ、あなたを疑うつもりは本当にないんです」
「そこの方の口ぶりからして、私を疑いにきたとしか思えなかったですが。もっとも、私の早とちりだったかもしれません」
「いやいや。押しかけた側が誤解を生んだのなら、非はこっちにある。どちらにせよ、あなたに証拠がない。証拠がない以上、追及できないのがウチの定めでして」
「その通りだ!」
むくりと江田が起き上がった。
「青沼兼吾氏と旧知の仲である瀬戸内会長。昨年の選挙戦で『NGC』が票集めに協力したとか、それを『左閣』の龍泉寺毅彦氏が知って揺さぶりをかけているとか、いろんな噂があります。もしこれが真実だとしたら、会長は口封じのために二つのグループを襲う動機があるように見える」
が、しかし! 演説のごとく、江田の口調は激しくなる。
「結局は噂。机上の空論でしかない。よってこの件は見過ごすしかない。ただ状況的にだけいえば揃っているともいえる。もしかしたら、会長に近い人間が犯人かもしれない。そう思って、取材させていただきました!」
バッと頭を下げる江田。額がテーブルにくっついている。ほとんど土下座だ。私は手を組んで、ゆっくりと尋ねた。
「一つ質問していいですか」
「なんなりと」
「江田君……だっけ、
目的の損失。行動する人間に、よく欠けているものだ。このコも――。
だが、即座に、声が返ってきた。
「知りたいからです」
たった一言。それだけで、何か、誰かに似ているような感じがした。デジャヴだろうか――。
その時、気の抜けたドアの音が響いた。
「や、これは……なんとも
安芸津がいた。ブレザーに着替えていて、唇を真一文字に結んでいる。
すぐに、結びついた。
自己利益を目的として、一心に追及する姿。まさに、「同じ狢」じゃないか。まさか、ここにもいるとは――。
「お邪魔でしたか」
私が真顔のままでいられた自信は、ない。
「いいや、構わない」
満足そうに頷いて、次は江田へと身体を向けた。
「やあ、
「やあ、安芸津……僕は平気さ。いたって普通」
「そうか。まあ、進平君はどこへいっても平常運転だからね。君の魅力でもある」
それから……と安芸津の視線は、両サイドへと向かう。
「廿日市君と、宮島さんだよね。よろしく。僕は安芸津忍。進平君とは、文麗中からの同級生なんだ」
「ああ、君が!」
金髪男が手を出す。「どうも、廿日市です」
「よろしくね」と、握り返す。
「噂はかねがね」
「お互いに」
奥にいた女子、宮島はペコリと頭を下げた。
「私の名前も知っていたんですね」
「そりゃ、もう」
安芸津はわざとらしく、両手を大っぴらに広げた。
「学年でもトップクラスの成績。加えて進平君と一緒に行動してるんだ。意外性というか、悪い言い方をすれば目に付いちゃってね」
そうなんだ、と宮島は答えた。意外性に付け加えるとすれば、傍から見ても美しいその美貌も加味してのことだろう。隠しておくところが、安芸津にも羞恥心があるのだ、と思えるところである。
「それで――」と室内をざっくり見渡し、江田に戻る。「君らは何をしているんだ?」
「……えっと、その――」
「ここは新聞部が来るべき場所じゃない。立ち入り規制を設けているはずだけどね」
「……暗黙のルールにしかすぎない。生徒手帳に記されてる校則違反でもない」
「いいや。不退去罪は立派な犯罪だ。日本の法律のね」
そして安芸津は携帯電話を取り出すと、何度も放り投げてはキャッチする。
「お互いに面倒はよそうじゃないか。教師も警察も介入しないのが、華月の美点なんだからさ。それとも、『報道の自由』なんて戯言、この状況でほざくつもりかい?」
「安芸津……てめえ」
苦々しい言葉が江田の口からこぼれ出る。皮膚が食い込むそうなくらい、拳を強く握っていた。屈辱なのか、不甲斐なさなのか、私には分からなかった。
「江田君。一旦、ここは下がろう」
宮島の提案に、江田は肯定とも拒絶ともとれない態度を保っていた。
それをじっくりと観察するよう、安芸津の瞳は悪趣味っぽく動いていた。
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