生徒会役員の章――Ⅰ





 私は自分を自覚している。

 交渉に向く人間ではないし、いまだ全校生徒の前で声を上げるのにも抵抗がある。ただ人一倍、政治や高校自治に関しての興味や熱意があることが、感情をややこしくしてしまった。

 知り合いの伝手つてを辿り、作戦を練って行動に移した結果、見事生徒会長への座を得ることができた。偶然も左右したとはいえ、選挙結果に勝利した時の感慨は計り知れないものだった。

 無党派で出馬した意味は、やはりあったのだろう。

 政治系部活が多いとはいえ、全生徒の六、七割はなんら関係のない一般高校生だ。政治的な思想を元に徒党を組んで、街を闊歩かっぽするよりも、安定で穏やかな学校生活を望む意見が多数を占める。右にも左にも属さない人間が選ばれるのは、至極当然の結果ともいえなくもない。

 安芸津にんを生徒会役員に迎え入れたのは、私の弱点を埋めてくれる。そういう単純な気持ちでしかなかったのだ。



         〇



 生徒会室でふんぞり返っているのは、最大左翼『左閣華月支部』の総長・龍泉寺りゅうせんじ毅彦たけひこだ。筆で書いたような太い眉に分厚い顔の皮膚。およそ高校生とは思えない年季の入った強面は、恐怖と圧力を兼ね備えている。

「こんにちは、龍泉寺さん」

 私が挨拶をすると、「おう」と低い声で応じた。付き人が二人、ソファーの後ろに控えていたが、龍泉寺が顎でしゃくると、室外に消えていった。

「大変だったようで」私がいう。

「ああ」

「紅林さんのお怪我は?」

「腕の骨が折れただけで幸いだった」

「それはなんとも……」

 私は曖昧に濁す。「無事で何よりでした」

「ああ」

 さらに深く椅子にもたれかかり、龍泉寺はいう。

「要件はただ一つ。これからの数日、俺たちが何をしようとも気付かないふりをしてほしい」

 人に物を頼む態度か、と私は心中で毒づく。

「……ふりですか。大目に見てほしい、と」

「安心しろ。殺しはしないさ」

「つまり、『左閣』の中でもう犯人を突き止めたとでも」

「馬鹿いうなよ。俺らがそんな手間をかけると思うか?」

 龍泉寺は固めた髪の毛を撫でる。紅林の証言は、警察を通じて私の耳にも届いている。青い服を着た集団にやられた、と。『NGC』――New Generation Club――のイメージカラーだ。

「早計な気がします」

 龍泉寺の眉間がピキリと歪む。

 第一、先週発生した『NGC』のメンバー暴行は、『左閣』の噂だとされている。赤をまとった極左集団は、華月の中でもトップの団員数を持つ大御所だ。同時に、それぞれの人員同士の繋がりが極端に薄い。ネットのホームページから登録すれば、誰でも一員だと名乗れる。龍泉寺と直接の繋がりがあるわけでもない。

 政治のことなど無知な生徒たちが、自由度の高い『左閣』の名を借り、校外で多くの乱闘事件を起こしているのも生徒会としては頂けない。

「仇討ちは、終わりが見えなくなります」

「そうねぇ」

 腕を組み、黙る。聞く気にもならない、ということか。

「悪いが、あんたの意見を聞きにきたわけじゃない。事前報告だけは済ましておけ、と他からせっつかれたもんでね。まあ、あんたはこの部屋で大人しくしてりゃいいだけだ。警団の奴にもそう伝えとけ」

「代わりといってはなんですが」

 立ち上がった龍泉寺から、睨みが効かされる。怖がりな人だったら、冗談抜きに失神してしまうほどのすごみがある。

「現場に残されていた遺留品について、紅林さんが何かいってませんでしたか」

「知ってどうする」

「さあ。あなたに教える義務はない」

 響き渡る大きな舌打ち。しゃくに障ったのがわかる。

「チラシが落ちていたんじゃないんですか。高校生の海外留学を宣伝しているチラシが」

 深い深いため息を、龍泉寺は吐いた。

「何の意味があるのかねえ……」

 捨て台詞ぜりふを残し、二人組が開いていた扉の向こうへと消えていった。

「総長。また新聞部から取材の申し込みが来ていて……」

「あぁ? 適当にあしらっとけといっただろが」

「はい。それが、奴らやけにしつこくてですね――」

 そこから先は、フェードアウトしていった。



         〇



 龍泉寺が去ってから十分ほど。またもや来客が到来した。

 今度は、「右側」の人間だった。

「やあ。瀬戸内せとうち会長。今日もいい天気だねーははは」

 呑気な挨拶を交わしてきたのは、『NGC』のリーダー・青沼兼吾である。染めた茶髪と着崩したYシャツの胸元から、銀のペンダントを覗かせている。遊び人としか思えないような印象だ。

 さっきのとは打って変わって、極端に明るい。対応するのに余計疲れるな、と私は肩をすくめたくなった。

 と、青沼に隠れて、もう一人の人物も生徒会室に来訪していた。

高梁たかはし君もいたんですか」

「おう。瀬戸内」

 細身だが肉付きはガッチリとしている。かつて柔道を長らく経験したいたからか、喧嘩にはめっぽう強い。その上、「戦闘防衛のための手段」としてめったに自分からは攻撃しない。高校内部の警備と保安を担う警団委員会の団長として、頼りになる存在である。

 長々と雑談をするつもりは毛頭ない。「左」からの反発がこないように平等性を保ちながら、話をする。

「龍泉寺さんから聞きました。やはり、海外留学のチラシだったようです」

「おー、てことは」遠足でもいくかのように、青沼の声は溌剌としている。「同一犯ってことが確定したね」

「そう。警察と生徒会と当人しか知りえない情報です。無論、私は外部に漏らしていないですが、お二人は」

「はーい、俺誰にもしゃべってません。あ、倒れた森吾を見つけた奴なら知ってるよ。もちろん口止めはしておいた」

「発見者なので、致し方がない。高梁君は?」

「俺は誰にもいってない。一人で完結している」

 よし。これで、青沼兼吾の弟――森吾と、紅林の暴行。何かしらの意図があって、例のチラシを置いたのだ。しかし、いったいなぜ……?

「ところで、森吾君の容体は」

「あー、家でずっとゲームしているよ。羨ましいよねー、俺もサボりてぇー」

「それならよかった……でも、少し淡泊すぎないですか?」

 リーダーの弟は、今年華月に入学したばっかりだというのに、とんだ災難だ。兄の活動からして弟にも飛び火するだろうことは、覚悟できていたのだろうか。私には分からなかった。

「見てれば分かるんもんだよ」

 青沼は鼻を鳴らす。

「兄弟姉妹なんて、一番近い他人なんだよ。だからこそ、ちょっと遠くのほうから見守っている距離感がちょうどいい。この部屋で会長だけが、こういう感覚を掴めないかもね」

 余裕をこかれた私は、ぐうの音も出ない。高梁は腕を組んで、口を結ぶ。持たざる者が想像する世界には限界があるものだ。

「でぇ、会長。『左閣』の総長さんは、他にはなんて?」

 ああ、困った。平等性が、ぶれてしまう。しょうがない。保安のためだ。まずは、次の被害者をなくすことが最優先である。

「気を付けてください。あなた、狙われますよ」

「やっぱり、そっか」

「瀬戸内。俺が警護をするべきか」

 意気揚々と、高梁がいう。

「動いても見逃せ、というのが総長の頼みです」

「やる気満々かよ」

「所詮は口約束です。我々は我々の正義を貫くべきだ。事件を未然に防ぐのが警団委員会のやることでしょう? 過去のことを探るのは警察に任せましょう」

 了解、と高梁は頷く。

 青沼は両手の拳を握り、落ち着きのない動きをしている。

「いい度胸だ龍泉寺。返り討ちにしてやる……」

「待て待て。『NGC』も動くと余計ややこしくなる」

「いいや。たとえ会長の頼みだって、これだけは譲れないね。『左閣』は民衆の敵だぜ? 反共やら反帝国主義やらっていう標榜はもう形骸化されてる。そのくせ下にまで統率が取れてないから、団員の暴力行為にリーダーはなんも責任を取らない。紅林? だっけ? が襲われたのも、ある種の報いだろうよ」

「おい、青沼」高梁が肩を叩く。「そこらへんにしとけ。お前らがいえた口じゃない。『左閣』の筋肉体質も、お前らの小賢しいマネも、こっちにとっては迷惑なんだ」 

 ふん、と拗ねる青沼。革新系右翼・『NGC』を率いる者としては、やけに子供じみている態度だ。活動人数としては『左閣』、さらに排外主義・レイシズムをうたう、インターネット中心の極右系『日本プロテクト会』には劣っている。ただ、二年前に青沼自らが創設したばかりの政治系部活動にしては、驚異的な躍進を見せてきた。

 個人的に繋がりのある知り合いとして、生徒会長の肩書は足枷あしかせになってくる。それでも、いやだからこそ、打つ手はあるのでは、と私は思っている。

「そういえば瀬戸内」

 高梁が思い出したようにいう。

「さっき青沼と話してたんだが、次に狙われそうな人は『NGC』の中から、絞れそうなんだ。それも一人に」

「そうなのか?」

「やめろ桃弥とうや」青沼がいなす。「確証がない」

「案外いい線いってたと思うんだが……」

 高梁の視線が、こちらに向く。警団のみならず警察にとっても、来週の土曜にまた起こるかもしれない事件について、警護対象が判明できるなら、これ以上の価値はない。

 私は頭を巡らせる。このような時、役に立ちそうな、利用できそうな――。

「どちらにしろ、危険が迫った時や、人手が足りない時は私にいってください」

「生徒会を使うのか?」

「いいや」

 私はかぶりを振った。

「先輩に、良い伝手つてがあります。元生徒会にいた人間ですが」


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