金剛のアガートラム
最早無白
金剛のアガートラム
「なぁ、あの噂知ってるか?」
「どの噂だよ。内容もなしに答えられるか」
「ごめごめ。最近よく聞くアレだよ、『金剛の銀腕』ってヤツ」
「知らない。というか金剛なのに銀腕って、どっちなんだよ」
「さぁね。オレはこの目で見たことないから何とも言えないけど、どうやらソイツはひとたび事件が起こると現れる――」
「らしい、か。言っておくが、僕は面倒事に付き合う趣味はないぞ」
「誘ってもないのにNGかよ。ま、ハナから期待してねぇよ」
「ああ。透明化したら教えてくれ」
――二時間ほど後。友人からのいかにもな話をスルーした帰り道、僕は植え付けられた謎をもてあそんでいた。『金剛の銀腕』……。改めて、金なのか銀なのかはっきりしないネーミングだ。一体誰がややこしい名前まで付けて、にわかに信じがたい噂話を流し始めたのか。ちょっと予想してみるか……名前だけ聞くとダイヤモンド製の義手なんだろうが、『事件現場に現れる』ってなんだよ……。
いやいや、何を本気で考えているんだ。興味のないコンテンツを考察するほど、僕は暇じゃない。それこそ今の間に英単語の一つや二つ、覚えられただろうに――
「うわっ!」
背後からの衝撃により、僕はその身体を立たせるので精一杯だった。
肩が軽い……鞄を持っていかれたか! となると前のバイクに乗っているヤツが犯人……。くそっ、速すぎて番号が見えなかった! 携帯も鞄の中だから警察に通報することもできない! ど、どうすれば……!?
「そこのあなた。取り乱しているようですが、何かあったのですか?」
今度はなんだ? 視線を前方に移すと、そこには茶色のコートを着た背の高い男。買い物の帰りだろうか、右手に提げているエコバッグからはにんじんが少しだけ顔をのぞかせている。
「荷物をひったくられたから慌てていただけです……というか、そんなこと聞いたって別にあなたには関係ないでしょう? わざわざ人の不幸を笑いに来たんですか?」
「いえいえ、そんなことは。わたくしはただ、『正義』を掲げて生きているだけですよ。恐らくあなたの荷物を奪っていったのは、さっき猛スピードで駆けていったあのバイクでしょうね……。とりあえず、取り返してきますね。じゃあこれ、少しだけお願いします」
「え!? あっ、ちょっと待っ――」
彼は僕にエコバッグを預けると、その足でどこに消えたかも分からないバイクを追いかけに行ってしまった。一体なんだったんだ、あの人……。
その後、十分ほどして……。
「お待たせしました! あなたの荷物、取り返してきましたよ」
「あ、ありがとうございます。よく見つけられましたね……」
「ふふ、これも『正義』によるものです。詳しくは言えませんが、そういうものだと解釈してくださると助かります」
「正義――分かりました。お礼も兼ねて、あなたにとって都合の良い解釈をすることにします。どんな過程を踏んだのかについて言及もしません。ではこれで」
「ええ、さようなら」
鞄を取り返してくれたことについての感謝こそあるが、逆を言えばその一点しか持ち合わせていない。これ以上の干渉は不要であると判断して、別れの旨を口に出す。
癖なのか、彼はエコバッグを左手に持ち替え、掲げた右腕をぶんぶん振る。
おい……。嘘、だろ……。
「待ってください! その腕……まさか、『金剛の銀腕』……!?」
「あぁ、それは最近言われているやつですね。学生のあなたにも知られているとは……噂話というのは、広まるのが早いですね」
アイツの話は本当だったのか……。確かにさっきのゴタゴタも、規模こそ小さいが『事件現場』ではある。だからこの男が僕の目の前に現れ出てきた、と。
「ちょうど二時間ほど前に聞いたばかりですが。つかえていた謎も、それこそその腕によって打ち砕かれました」
「そうですか。『正義』のため以外にも、この腕が輝く時があったのですね」
「――そのようですね。あなたに対する謎はさらに深まってしまいましたが」
「あらら……。っと、またどこかで『正義』が危ぶまれているようですね、ちょうどいい……と言うのは不謹慎ですが。とはいえ、わたくしについて知るとしては本当にちょうどいい機会ですね。ついてきますか?」
面倒事に巻き込まれるのはごめんだが、脳に謎を残したままなのはもっとごめんだ。眠りの効率が下がる。ならば、とる選択は一つ。
「行きましょう。あなたのことを知れずに帰ると、夢見が悪くなりそうなので」
彼について行く。向かう先は事件現場だが、どうせ彼は『金剛の銀腕』とやらで守ってくれるからな。
「やはり来たか、
「わたくしは『正義』のために、この身体を動かしているだけですよ。今回は……銀行強盗、ですか。人質は?」
「しっかりと二人もとってる。下手にお前が殴りこむと、脳みそが飛び散るな」
守る対象が多すぎたな。僕の命は一気に軽くなってしまった。
「では、上手に殴り込めばいいだけの話ですね」
銀腕は僕を雑に掴み、銀行の自動ドアを作動させる。
僕の命はもはや亡きものとなってしまった。
「なんだテメェ? コイツらがどうなってもいいのか!?」
「良くない。だからわたくしが『正義』をもって守る」
「ごちゃごちゃうるせぇ!」
銃声。ただし銃声のみ。
「言ったはずだ。『正義』をもって守る、と。――さて、あなたが抱えている謎を明かしましょうか。まずはわたくしの義手――そうですね、わたくしはカッコつけて
予想通り『金剛の銀腕』はダイヤモンド製の義手だったか。なにがアガートラムだ、もっとずっと硬いじゃないか。
って違う、謎はそこじゃない。というかつい数秒前に増えたばかりだ。そのダイヤモンドの腕があったって、銃声だけが聴こえて人質に銃弾が命中していない現象に対する答えにはなり得ない。
「まあ、こんな腕はただ硬いだけの飾りですがね。次にわたくしが掲げる『正義』……。わたくしは少々特殊な人間でして……『正義』に反する行為を捻じ曲げられるんですよね。だから『銃弾が人質に命中する』という『正義』に反する行為を捻じ曲げさせていただきました」
そんなのアリかよ……。だから僕の鞄を取り返すまでの時間が異常に短かったのか。そりゃ正義botになるのも無理ないな。
「謎は解けましたか? ミステリーのような緻密なトリックはありませんが、あなたの眠りは少しだけ良くなったと思いますよ」
ああ。奇抜な夢になりそうだけどな。
金剛のアガートラム 最早無白 @MohayaMushiro
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