夢の中の話

水谷一志

第1話 夢の中の話

 僕には婚約者がいる。

そのお相手は……、日本人ではなくベトナム人。それは僕が大学生の時に日本に留学していた彼女に一目惚れしたことがきっかけだった。

最初、こういったことに不得手な僕は想いを伝えるのに苦労した。……でも、今ではこうした関係になることができているので頑張ってよかったと心から思う。


 彼女との会話は、いつも他愛もないものが多い。

「そう言えば、私、日本の万葉集なんかが好き」

おやおや専門的なことを知っているな。しかも流暢とまでは言えないが決してカタコトではない日本語で彼女はそう僕に話しかける。

「ああそう言えば古文の時間に勉強したな……。ところで、古文における夢の話、知ってる?」

「何!?知らない!」

「これは高校の時に勉強した知識だけど、昔の日本人は、例えば男の人の夢の中に女の人が出てきた時、その女の人が男の人を想っている、って解釈したらしいよ」

「へえ~!何か逆でも良さそう!」

なるほどそれは僕も授業で聞いた時に思ったことだ。そんな何気ない彼女のリアクションがかわいい。

「まあそんな女の人の想いが、夢の中で男の人に届くのかもしれないね」

「ロマンチック……!」

「あといろんな思いも、夢の中で人から人に届くものなのかもしれない」

「だといいね!」


 何か気分が乗ってきた僕は余計なことを語りだす。

「ところで話は変わるけど、今朝変な夢を見たよ」

「へえ~どんな夢!?」

「僕が異世界に迷い込む夢」

「また今度は壮大な夢だね!」

「……それで僕は命を狙われるんだ」

「わあ~大変!」

「僕は何とか追っ手から逃れるんだけど……必要以上に敵が強い。だから森の中に逃げ込んでもダンジョンに逃げてもどこかから監視されてるみたいですぐに見つかってしまう」

「そうなんだ……!」

「それで命からがら逃げてる途中で、目が覚めたってわけ」

「朝から怖かったね……。大丈夫!?」

夢の中の話にまで感情移入してくれる彼女がたまらなく愛おしい。

「もちろん大丈夫!あくまで夢の中だから。でもね、夢の中で僕を追った肝心の首謀者は結局見つからなかったんだ」

「そいつは捕まらなかったの!?」

「そう結局どこにいるかも分からなかったし、手下たちも顔は見てないとか言うし……まあ散々な夢だったよ。ただ、手下の一人が『顔は見てないけど電話で指示を出された』って言ってたかな」

「電話は異世界にもあるんだね!……それ録音とかしてないのかな!?」

「いやまあ夢の中の話だからね。でも録音データが見つかって、今頃夢の向こうでは首謀者捕まってるかもね!」

「だといいなあ……!」

これから結婚すると、こんな他愛もない話をもっといっぱいするのだろう。もしかしたら夢でうなされている僕を彼女が隣で心配してくれるかもしれない。

そんなことを妄想していると、彼女が微笑みながら僕に話しかける。

「ところでさあ、一つ質問!」

「何?どうしたの?」





【その夢の中の首謀者、何語を話していたのかなあ!?】  (終)

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夢の中の話 水谷一志 @baker_km

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