第7話 突然②_呆然
5月下旬・多目的A_金曜日
設けられた台本探しの期間が終わり、台本を決める日になった。教室に入ると、いつもの平田部長と三井先輩の2人が前の机に座り、向かいに部員が右から1年、2年、男子の順で座っていた。そして男子のいる席につくと、台本決めが始まった。方法としては、2年生が主導で用意した60分台本5冊の中から、ざっくり目を通して、どれをやりたいか選ぶという決め方だ。3人座れる長机を向かい合わせにくっつけ、真ん中に台本を置く。いいと思った台本の場所に座り、そのチームで台本の良さをアピールしていくという単純なものだ。『バンク・バン・レッスン』『白犬伝』『いつものクラス通信』『生徒総会』『森のひと』この5本の中から選ぶことになり、悠之亮は『いつものクラス通信』の机に着席した。他の台本にもそれぞれ座るが、その時点で唯一「森のひと」だけが誰一人座ることなく廃案となった。
「それじゃ、みんな集まったので始めたいと思います。その前に…。」
なぜか平田部長の顔が少し暗い。普段から見せる笑顔が消えているだけなのだが、それが一層全員に不安を煽る。
「ちょっとこの話を最初からするのは申し訳ないんだけど……。」
次に平田部長から放たれたのはとんでもないものだった。
「今この中で演劇部辞めようと思ってる人、手をあげてくください。」
凍りついた。誰も予想しない部長の言葉で全員が戸惑う。誰かと視線を送れば、自分ではないという反応があちこちで行われる。その時悠之亮が送った視線は、たった一人にしかいかなかった。
「まぁこれで手あげる人なんていないわな。」
小笠先輩が鼻で薄ら笑いで言うと、平田部長は小さく頷いた。わかっているが、一応聞いてみたのだろう。
「じゃあみんな目を閉じて伏せてください。」
「それ俺も?」
「当たり前だろ。」
前にいたから大丈夫と思っていた三井先輩がきょとんとした顔で聞くと、小笠先輩は笑顔を見せながら言い放った。他の人はどう思っているのかわからないが、少なくともその時の悠之亮は心底理解できなかった。だからといって、なんでそんなことする必要があるのか、と聞けば、この空気をもっと悪くしてしまうこともわかっていたので、ここはおとなしく従った。
「今この中で演劇部辞めようと思ってる人、手をあげてくください。」
平田部長はもう一度同じ質問をする。もちろん悠之亮は手をあげない。ただ静かな空間で布が擦れる音を聴くことに専念した。音は聞こえなかった。
「オッケー。じゃあ顔をあげてください。」
顔を上げた瞬間、不穏な空気が漂った。全員から懐疑の念を感じる。それぞれが、それぞれを見てお前ではないかと疑っているのだ。そして平田部長は、この不穏な空気になんと拍車をかけた。
「正直言うと……辞めようと思ってる人が……います。」
最悪だ。なぜ開示したのか悠之亮は心底理解できなかった。あんただけ知ってればいいじゃないか。なんで僕らにも伝える必要がある? それをして何になる? これ以上不安を煽ってどうする? 炎は徐々に大きくなっていく。ただ座っているだけなのに体が熱い。まだよくわかっていない1年が、個人的な意見を怒りに任せて言うのはまずいと考えることはできた。目の前に置いておいた水筒に手を伸ばす。大量の水を勢いよく体に流し込むことで、自分の感情を鎮火した。
全員気持ちを切り替えて、台本選びのための話し合いを始めたが、その時間は最悪の一言だった。お互いがお互いを潰し合っていた。
「この作品ではこの部分の表現が難しいと思うのですが、どう表現するのですか?」
「この部分では小道具を制作して表現をしようと思います。」
「でもそうするとそれを制作する時間で稽古の時間が減りませんか?」
「それなら買って色を変えればいいと思います。」
「それを買うにはかなり高価なものなのでそこまでの費用は割けないと思います。」
「それについては考えていませんでした……。」
こんな会話の連続だ。粗探しが上手い奴が勝つゲーム。平田部長と小笠先輩が特に秀でていたものだ。この会議は……いや会議にもなっていない。『戦争』である。まるで、一本の矛が4つの『国』で回されているかのような。それを手にした
結局、台本決めは週をまたいで火曜日まで続き、火曜の活動終了間際で多数決を取る形で終戦となった。
勝利したのは平田部長と小笠先輩が推していた「バンク・バン・レッスン」。悠之亮はこの瞬間、初めて2人のことが人間として見れなくなった。
__醜悪至極とはまさにこのことである__
過去の失敗は、未来でやり直せますか? 夢田雄記 @yumedayuki
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。過去の失敗は、未来でやり直せますか?の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます