21回目の後悔

春菊 甘藍

後悔の果て

 いやはや、何処から語れば良いのやら。


 ある少年がおりました。生まれつき白痴で馬鹿でキチガイと罵られて生きておりました。


 少年は6歳になるまで喋りませんでした。別に話す事はできたけど、少年のかん高い声を嫌った父親が、よく暴力を振るいました。5歳の時に一度喉を潰され、それ以降家で喋る事をやめました。


 妹が生まれました。

 母親に似たためか、両親によく愛されました。兄である少年のように殴られたりはしませんでした。


 妹のおかげで、家での暴力は一時は止みました。

 でも何かにつけ妹を褒める時、少年を比較対象に言の葉でなじってから褒めるのでした。


 褒められる妹を羨ましいと思った少年は、妹にぬいぐるみを投げて八つ当たりしました。泣いてる妹の近くには、鏡がありました。そこには少年を殴る父親と全く同じ顔をした少年の姿がありました。


 まず一回目の後悔。


 少年はそれから改心し、罪滅ぼしをするかのように妹に優しくなりました。小学校も高学年になると、周辺に友達が住んでいなかった妹の遊び相手をよくしてやりました。


 しかし少年にも無二と言えるような親友が出来ました。

 ある日、親友と遊んでいる時に妹が遊んで欲しいとせがんできました。友人との時間を優先し、しつこく遊んでほしがっている妹を少年は強い言葉で罵りました。過去、自分がそうされてきたように。


 友人が帰ると、妹が泣いていました。


 これが二回目の後悔。


  少年は12歳になった。親友と遊ぶ毎日はとても楽しかった。友人の家でトラブルが起きた。少年は自分の家が毎日トラブルだらけだから、もしかしたら友人を助けられるんじゃないかと奔走した。


 それがなんと浅はかで傲慢なことか、このときの少年は知らなかった。事態は好転しなかった。いつも明るかった親友が落ち込んでいた。荒れていた時期もあった。それを何とかしたかった。出来なかった。


 三回目の後悔。


 少年は中学に上がり、勉学に励みました。部活動も頑張りました。しかしどちらも結果が出ず、少年は孤立するようになった。


 あの時もっと頑張れなかった。


 四回目の後悔。


 好きな人が出来た。林間学校にて敷地内にヒントが隠され、班の分かれヒントを探してクイズを解くという催しがあった。班に男子は少年だけだった。だからクラスの中心的存在であった同班の女子に、先に行って見てくるように言われた。断りはしなかった。


 言われたとおり、走ってヒントを確認して回った。使いパシリのようにされていることは分かっていた。だが、一人。女子が追いかけてきていた。少年の足は速いほうだった。なのに彼女は必死に少年へついて行こうとしていた。立ち止まり、彼女が追いつくのを待って、問いかけた。自分に任せて楽にしていれば良いのに何でわざわざ疲れることをするのか、と。

 

 「君に悪いから」


 そんな義理を通すためだけにこの子はこんなにも頑張れるのか。そう思うと、この子に興味が湧いた。彼女は運動部でもないのに、頑張っていたことが分かった。一人少年だけを頑張らせるのが申し訳なくて、追いかけて来てくれたそうだ。


 二人、木漏れ日の中談笑しながら歩いた時、その時すでに彼女の

事を好きになっていたのだろう。でも少年はまだ好きという気持ちを知らなかった。


これが五回目の後悔。


 親の暴力が少し酷くなった時期が合った。

 父親は仕事がうまくいかないのか荒れ、母親に当たり散らす。母親も心を病んで酒に溺れて少年にキツくあたった。


「お前なんか生まなければ良かった。そうすればあいつとも別れられるのに」


 そうか、自分は生まれちゃいけなかったのか。生まれなければ良かったなあ。

 

 これが六回目の後悔。


 好きな子に片思いを続けていた。早く告白すれば良かった。


 七回目の後悔。


 好きな子に告白した。でも、付き合ってくださいとは言えなくて、ただ告白したかっただけだと嘯いてしまった。


 八回目の後悔。

 

 好きな子の友人に、アシストして貰った。相談も聞いて貰った。

 本人に直接、話したかった。出来なかった。


 九回目の後悔。


 フラれた。好きな子の友人とばかり話していたのが良くなかった様だ。好きな子の心も傷つけてしまった。


 十回目の後悔。


 少年も体が成長してきた。家では父親の暴力に抵抗出来るくらいにはなった。基本的には受け身だが、攻撃されるなら反撃した。


 父親にいきなり殴られたら、灰皿を使って反撃した。何度も殴って、許しを請う父親を更に踏みつける。父親の表情、自分の姿を見た母親や妹の表情が目に焼き付いて離れない。


 ああ、本当に自分は生まれるべきじゃなかった。


 十一回目の後悔。


 格闘技をやり始めた。少しは結果が出てきた。父親を練習台にして鍛えた。誰かを傷つける為に。


 十二回目の後悔。


 夏祭りだった。公園のトイレの近くで女性が乱暴されているのを見た。何も出来なかった。その場から逃げ出して人を呼ぶことしか出来なかった。


 鍛えてきたのに、自分を犠牲にしてでも助ける覚悟があれば出来ない人数じゃなかった。大人の男二人なら出来た筈だ。何でやらなかった。


 十三回目の後悔。


 高校生になった少年は、部活で格闘技の部活を選んだ。まだ単純に、自分には力が足りないの思い込んでいた。親は今度は暴力でなく、金銭で縛り付ける様になってきた。

 この時バイトをしてでも頑張る事が出来なかった。


 十四回目の後悔。


 生徒会に入った。仕事を押しつけやすいからだろう。末端構成員だったが、それなりに頑張った。同じ役職の女子と一緒に頑張った。


 ある日、生徒会で一緒だった子に告白された。悪い気はしなかった。こんな自分を好きだと言ってくれたから、最大限期待に応えようと思った。


 十五回目の後悔。


 彼女はも父親と確執があったようだった。たくさん、たくさん一緒に話した。少年はそれくらいしか彼女に提供できなかったから。


 十六回目の後悔。


 彼女は父親から暴行されていた。時を重ねて、言の葉を交わして彼女を理解したつもりになっていた。とんだ間違いだった。ただ、一緒に泣くことしか当時の少年には出来なかった。


 十七回目の後悔。


 彼女のために何かできないか、少年は奔走した。たかだか高校生。できることは限られている。結局何も出来ず、彼女は傷つき続けていた。


 ある日彼女が失踪した。幸いすぐに見つかり命に別状なかったが、精神的ショックのためか記憶があやふやになり、少年を認識できなかった。


 少年はもう限界だった。解熱剤を大量に服薬し、自殺しようとした。できなかった。考えが甘かった。


 十八回目の後悔。


 少年は大学にはいった。彼女を傷つけた屑どもを見つけ、自分の命と引き換えにしてでも殺すため、警察官を志した。


 不純すぎる動機。少年は止まれなかった。強くなるため、鍛えた、鍛え続けた。しかし体の限界が来た。手の指のいくつかが動かなくなった。左目が見えなくなった。


 十九回目の後悔。


 もう鍛え続けることも出来ず、何の力も無く出来ることが無くなり絶望した少年は大量に飲酒して自殺しようとした。出来なかった。格闘技で強くもなれないくせに、酒は強いのか。


 二十回目の後悔。


 二日酔いでふらつく頭を押さえ、寝転がり天井を見つめる。彼女はどうしてるだろうか。彼女は本を読むのが好きだった。色々と教えて貰った。たくさん、たくさん貰ったんだ。なのに自分はどうだ。何にもなれやしない。ただ後悔ばかりを積み上げた人生だ。彼女は一生懸命、物語ろうとしていた。


「私が生きてきた意味を残したいの」


 そっか、そうだ。今の自分に意味はない。ならば彼女が果たそうとしていた夢を受け継ごう。彼女の物語をこの世に残そう。この世に、確かに貴方が存在したことを刻み込もう。


 借り物だが、『夢』ができた。

 何度も死のうとした身だ。今更何をためらうことがあろうか。


 少しだけ、笑えた。

 本当なら数え切れない後悔を積み上げて、今までの人生に意味があったのだと心からそう、言える様に。


 借り物の夢をひっさげて少年は、筆を取る。


「いやはや、何処から語れば良いのやら」


 後ろばかり見て前に進めなかった自分に、彼女のくれた物に気づけなかったことに。


 二十一回目の後悔をした。



 

 



 






 


 


 



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