第2話

時は流れて…


2021年3月31日のことであった。


場所は、大新田(おおしんでん)にあるフジワラ化学(建材メーカー)の製造工場にて…


麗斗(39歳)が働いている職場である。


この日はお給料日であったが、麗斗のガマンは限度を大きく超えていた。


月給17万5000円で、毎月12万円のテンビキ貯金と保険料などの諸費とお昼のお弁当代を差し引いて3万5000円が手取りで支給される。


麗斗は、テンビキされた12万円がきちんと貯金されているのかどうかと不安にかられていた。


もしかしたら、テンビキ貯金した分が穂香のために使われたのではないのか…


15年間ガマンしたけど、もう限界だ!!


麗斗の怒りは、最高値に達した。


時は、夕方5時50分頃であった。


ところ変わって、ギンゾウ夫婦の家の広間にて…


家の広間に、ギンゾウ夫婦と太郎(50歳)と太郎の妻・菜水(なみ・42歳)と穂香(21歳・大学生)の5人がいた。


テーブルの上には、菜水が作った夕食が置かれていた。


(ガラガラ…ピシャッ!!)


玄関で、戸が激しく締まる音が聞こえた。


「オドレら!!帰ったぞ!!」


麗斗の怒鳴り声が家中に響き渡った。


ギンゾウは、ヘラヘラした表情で言うた。


「麗斗、お帰り…一緒に晩ごはんを食べようか?」


麗斗は、より強烈な怒鳴り声でギンゾウをイカクした。


「ふざけんなクソ野郎!!」


ギンゾウは、ものすごく困った声で言うた。


「なんでそんなにガーガーおらぶ(怒鳴る)んぞぉ…おとーさん、しんどいねん…」


ギンゾウの胸ぐらをつかんだ麗斗は、右手でコブシを作ってイカクした。


「ふざけんなよドロボー!!オレのテンビキ貯金を返せ!!」

「待ってくれぇ~」


ギンゾウは、必死になって麗斗に許し乞いをした。


この時、太郎の横にいた菜水がやさしい声で『まあまあ…』と言うて麗斗をなだめた。


「ああ、麗斗さんおちついてよ。」

「はぐいたらしいのぉ!!なんで止めるのだ!?」

「怒る気持ちはよくわかるけど、おちついてよ。」

「おちついていられるか!!」

「麗斗さんは、テンビキ貯金が他に使われていたかもしれないと思って不安になっていたのかなぁ?」


麗斗をなだめている菜水は、ギンゾウにテンビキ貯金の口座におカネは残っているかどうかを聞いた。


「義父さま、麗斗さんのテンビキ貯金の口座におカネ残っているかなぁ~?」


ギンゾウは、ものすごく言いにくい声で答えた。


「ああ…ある…口座におカネは残っているよ…」


菜水は、やさしい声で麗斗に言うた。


「麗斗さん、大丈夫よ…口座におカネは残っているよ…(ギンゾウに向いて言う)全額残っているよね?」

「(いいわけがましい声で言う)ああ、全額あるよ…ワシを信じろ…」

「麗斗さん、もういいでしょ…(やさしい声でみんなに言う)…それじゃ、晩ごはんを食べようね。」


麗斗をうまくなだめた菜水は、晩ごはんの用意を始めた。


菜水は、みんなが食べるごはんをお茶わんにつぎながら穂香にやさしく言うた。


「7時から穂香ちゃんが楽しみにしている番組をみるのよね…」


ごはんをつぎ終えたあと、みそ汁をつぐ。


しかし、菜水はみそ汁をつぐのをやめた。


ギンゾウは、菜水がなんでみそ汁をつぐのをやめたので『おやっ?』とこくびをかしげた。


「菜水さん。」

「はい?」

「みそ汁はつがないのかなぁ?」

「えっ?」


菜水がなまけていると思い込んだギンゾウは、思わず声を荒げた。


「みそ汁つげといよんのがきこえんのか!?」


菜水は、いいわけがましい声で言うた。


「つぎ…ます…けどぉ…ちょっと、ぬるくなった…」


それを聞いたともえが、菜水を怒鳴りつけた。


「またみそ汁を冷ましたのね!!」

「ごめんなさい…」

「ごめんなさいじゃないでしょ!!ちょっとぬるくなったみたい…ぬるくなったからみそ汁つがないと言おうとしたのね!!」

「ですから、温めなおします!!」

「ンマー!!なんなのかしら!!態度が悪い嫁ね!!」


ギンゾウ夫婦は、菜水を怒鳴りつけた。


「早く温め直せ!!」

「すみません!!」

「穂香ちゃんは、7時からテレビをみるのだぞ!!チンタラチンタラするな!!ナマケモノ!!」


ギンゾウから怒鳴られた菜水は、みそ汁がたくさん入っている鍋をキッチンへ運んだ。


ガステーブルの上にお鍋を置いて、コックをひねった。


(カチャン、チチチチチチチチ…カチャン、チチチチチチチチ…)


しかし、思うように点火しない…


(カチャンカチャンカチャンカチャンカチャンカチャン…)


何度コックをひねっても、点火しない…


広間から、ともえの怒鳴り声が聞こえた。


「菜水さん!!早くしなさい!!みんなが待っているわよ!!」

「すぐに温めなおします!!ゆっくりとかんで食べてください!!」


早くしなきゃ…


穂香ちゃんが楽しみにしている番組が始まっちゃう…


ガスがつかない…


どうしよう…


「キーッ!!」


菜水は、みそ汁を赤色のヴェルフィーナ(ダイヤモンドマルチパン)のレンジ対応のお鍋に入れ替えた。


それをヤマゼンの電子レンジに入れて温めることにした。


電子レンジのタイマーをセットして、スタートボタンを押した。


しかし、電子レンジが古いので思う通りに温まらない…


この時、ギンゾウが怒鳴り声をあげた。


「ヤロー!!ふざけとんか!!早くしろナマケモノ!!」


ギンゾウから怒鳴られた菜水は、ワーッとさけびながら外へ飛び出した。


アタシは、菅野家のご家族に気に入られようと一生懸命にがんばっているのに…


うまく行かない…


つらい…


時は流れて…


4月5日の午前9時20分頃であった。


場所は、今治市矢田にある私立大学の構内にて…


大学の構内では、2~4回生の学生たちがサークル・同好会・愛好会のプラカードをかかげて新入生の入会カンユウを繰り広げていた。


穂香は、うつろな表情で構内に入った。


菅野家にあいまいな形で預けられた穂香は、ギンゾウ夫婦のコネで私立大学の付属小学校へ越境入学した。


初等部から中等部~高等部~大学と同じ構内にある学校に16年間通いつづけた。


ラクチンエスカレーター式でなんの苦労もせずに学園生活を過ごした穂香は、パニックを起こした。


ギンゾウ夫婦は、穂香のために太郎と麗斗のテンビキ貯金を勝手に引き出して、穂香にたっぷり愛情を注いだ。


『かわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいい…』

『できんことはせんでもええ…』

『ガッコーへ行ってる間は、ガッコーを楽しんでこい…』

『大学卒業後の就職は、用意しといてあげるから…』

『シューカツなんかせんでもええ…』


ギンゾウ夫婦から過剰に甘やかされた穂香を受け入れる事業所が、どこにあるのか…


あるわけない…


急につらくなった穂香は、ワーッと泣きながら構内から走り去った。


その日の夜であった。


家の広間には太郎と菜水がいた。


ギンゾウ夫婦は、地区の集まりに…麗斗は職場の歓迎会にそれぞれ出席していたので家にいなかった。


そんな中で、太郎と菜水がひどい大ゲンカを起こした。


大ゲンカの原因は、菜水の実家の父親のことである。


菜水の父親が太郎に、休日の予定の有無を聞く…


太郎が『予定はない…』と言うと、菜水の父親が『今度の休みに、家に遊びに行ってもいい?』と言う。


菜水の父親がしつこく聞いてくるので、太郎は激怒していた。


太郎と菜水は、1年前にお見合い結婚した。


菜水の父親が知人の家(暴力団事務所)でオイチョカブをしていた時に、ヤクザの男から『イカサマしたな!!』と怒鳴られた。


その時、菜水の父親はヤクザの男から『5000万出せ!!』とキョウハクされた。


それを聞いたギンゾウ夫婦が、ヤクザ組織を封じ込めるために(正統派の)弁護士さんを立ててジダンした。


ジダン金は、太郎と麗斗のテンビキ貯金の口座のカネをあてた。


菜水は、菅野家に恩返しをするために太郎とお見合いして、すぐに結婚した。


だが、夫婦仲は険悪だった。


時は、深夜11時過ぎであった。


デイスイ状態の太郎は、ワケの分からない言葉を菜水にぶつけた。


「オドレええかげんにせえよ!!オレがなんで怒っているのか、わかっとんか!?」


菜水は、泣き叫びながら太郎に言うた。


「あなた、なんでそんな大声出すのよ!?」

「やかましいだまれ!!オドレのオトンがオレに休日の予定を聞いたあと、『遊びに行ってもいい?』としつこく言うけん、ウンザリしてんだよ!!オドレ!!ふざけとんか!!」

「イヤー!!」


太郎は、のみかけのサントリーオールドの水割りを菜水にかけた。


「あなた!!なんでアタシに八つ当たりするのよ!?いたい!!やめて!!」


菜水は、太郎に無理やり倒された。


「やめて!!あなたやめて!!」

「オドレの父親がオレのテンビキ貯金をドロボーしたけん、やっつけてやる!!ワーッ!!」

「いたい!!」


(バシッ!!バシッ!!バシッ!!)


太郎に押さえ付けられた菜水は、平手打ちで顔を激しく叩かれた。


そこへ、穂香が帰宅した。


穂香がみている前で、太郎は菜水に激しい暴行を加えていた。


恐ろしい光景をみた穂香は、身体が凍りついてその場から逃げ出すことができなかった。

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