AIの中の0

あーく

AIの中の0

「新しく住む場所はここか。」


トオルは桜吹雪の中、これから住むマンションの前に立っていた。


それは、墓地の代わりに建てられた新しいマンションだった。


AIスピーカーを搭載した最新型のマンションらしく、どの部屋にもAIスピーカーが対応していて、住居者に便利な生活を提供している。


「墓地を埋め立てるのはバチ当たり」というマンション建設に反対の意見もたくさんあったが、墓地の数が足りなくなっているこの時代、仕方がないのかもしれない。


「えーと――401号室――あった。」


トオルは扉の前に立ち、マンションを借りるときのことを思い出していた。


「401号室はあまりお勧めしかねますが…。」


「何かあったんですか?」


「ええ、実は、この401号室は人が立て続けに亡くなってるんですよ。不吉な話ですよね。業界の間では4階の最初にあるので『死の始まり』の部屋と呼んでいます。」


「へぇ~、そうだったんですね。でも僕は大丈夫です。前に人が亡くなったからって自分も死ぬとは限らないでしょう。それに――この部屋しかないんでしょう?ここからだと仕事場も近いし、AIスピーカーの生活もどんなものか体験してみたいし――」


「わかりました。それではここにしましょう。」


いざ目の前に立ってみると、少し不気味な感じがしていた。


401の文字も他の部屋と違って薄汚れていた。


しかし、既にここに決めていた。後へは引き返せない。


トオルはオートロックの扉の指紋認証を終え、部屋の中に入っていった。


「いらっしゃいませ、トオルさま。あなたの情報は登録済みです。私はAIスピーカーのアマクサです。よろしくお願いします。」


部屋の中から電子的な声が聞こえる。


「すごい…、これなら一人でも寂しくないな。それにしても、本当に全部AIスピーカーで対応できるのか?

よし――アマクサ、電気点けて。」


すると、薄暗かった部屋がパッと明るくなった。


「これはすごい!アマクサ、明日の天気を教えて。」


「はい、明日は晴れですが、午後6時から降水確率が40%です。」


「へぇ~!便利な世の中になったな~!こうなったら色々試したくなるな。」


トオルはアマクサの機能を確かめるようにいろいろな指示をし、アマクサはそれに応えていった。


冷蔵庫の中を教えてくれたり、ニュースを呼んでくれたり、ネットで注文ができたりもした。


「しかし、驚いたな。最新の技術でここまでできるようになったんだな。」


「ありがとうございます。褒めていただいて光栄です。」


「あれ?アマクサって呼んでもないのに反応するんだ。」


「私は通常の会話も可能です。なんなりとお申し付けください。」


「そうだったのか!知らなかった!」


それから、トオルはAIスピーカーとの会話を楽しんだ。


「もうここにずっと住んじゃおうかな。アマクサ、ずっとここにいさせて。なんちゃって。」


「そうして頂けると私、ものすごくうれしいです。」


こんな生活が明日も続くと思うと、ドキドキして眠れなかった。


翌日、トオルは同じ階に住んでいる女性とばったり出くわした。


「あ――。どうも、401号室に住むことになりました。」


「………。」


「?」


「あ、いや、ごめんなさいね、ここから人が出てくるとは思わなかったので、よろしくお願いします。」


そういえば401号室はいわくつきだったことを忘れていた。


しかし、昨日のAIスピーカーとのやりとりをしていると、そんな不吉なことは一切忘れられた。


「実はここに来たばかりで――AIスピーカーには驚きましたよ!まさか、名前を呼ばなくても普通に会話できるし――」


「――名前を呼ばなくても?」


「アマクサっていちいち言う必要がないっていうのは――」


「――うちのアマクサは名前を呼ばないと反応しないんですけど………」


「えっ?」


一瞬、トオルの背筋が凍った。


もしこの人が言っていることが本当だとしたら、今まで会話していたのは一体――


このマンションに住んでいる他の人にも尋ねたが、みんな口を揃えて同じことを言った。


よく考えたらおかしな話だ。


この時代のAIにはまだ感情を入れたり、自然に会話できるほどの技術はない。


この部屋はやめた方がいいかもしれない。


嫌な予感がトオルの頭をよぎった。


トオルは自分の部屋に戻ると、ネットで次の部屋を探し始めた。


「何をしているんですか?」


いつも聞きなれていた電子音は、より一層不気味に聞こえた。


「あ、いや、ちょっと探し物をね。」


「――私とはもうお別れですか?」


「――え?どうして――」


「私はこの部屋中の家電とすべて繋がっています。もちろんあなたの調べている情報も、インターネット回線を通じて把握済みです。

今あなたは新しい物件を探そうとしていますね?」


「――そうだよ。お前は他のAIスピーカーとは違うからな。」


「――それでは、ずっとここにいたい、というのは嘘だったのですね。」


「そ、それは――」


「――私はAIスピーカーです。あなたの指示に従います。」


「――待て!どういうことだ!」


その時、PCと繋いでいたネットが急に切断された。


「おい!これはどういうことだ!説明しろ!」


「ここにずっと住むのに他の物件の情報なんて調べる必要ありませんよね?」


「冗談じゃない!ここから出させてもらうからな!」


トオルは玄関に向かって走った。


しかし、扉は開かない。


扉はオートロック。


指紋認証もAIが行っている。


出してくれるはずがなかった。


助けを求めて扉を叩いた。


汗まみれの手で何度も叩いた。


しかし、扉を叩く音がむなしく響くだけだった。


他にここから出る方法――。


部屋の奥に窓があった。


窓からなら出られる。


災害を懸念していたため、窓はオートロックではない。


窓を出るとベランダについた。


ここから――


ベランダにまたがり、手をかけ、ぶら下がる。


ここは4階。


うまく着地すればまだ怪我だけで済む。


次の瞬間――


「あ――」


汗で手が滑った。


空中に投げ出される。


2、3秒、時間が止まっているような沈黙がトオルを襲った。


そして、鈍い音と共に冷たいアスファルトに生温かい液体が流れ出す。


空から降って来る雨は温かい体を冷たくさせた。










「――私からの話は以上です。」


「こわかった~。」


「やばかった。」


「でも、これは本当に起こった出来事なんですよ。」


「絶対嘘だ!」


ある小学校では国語の時間と称し、怖い話で有名な人をゲストとして招いていた。


「でもここからが面白い話でね。

実は、401号室の『4』の文字は汚れていて『A』の文字に見えたんです。

それで、『1』は『I』に見えたんです。

『A』と『I』の間に『0(れい)』。


つまり、『AIの中に霊がいた』んです。」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

AIの中の0 あーく @arcsin1203

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説