第6話 落札、確保

 オークション会場は広々とした空間で、照明は舞台上以外落とされていた。客席は連なり、一階席と二階席があることから、よほど地下深くに設置されているようだ。全体的に暗く、そして何より——


「これ多分、闇魔法士が関与してるね。<影魔法>か<暗魔法>かは分からないけど、客同士の顔が一切見えないようになってる。……<幻惑>のスキルの可能性もあるか?」


 ——そう呟くそふかさんの姿は黒く塗りつぶされたようになっていた。人型であり、シルエットで何となく分かるが……知らない人間同士なら誰が誰だか分からないだろう。


 マリリンさんは何か用事があるらしく、どっかに行った。


 開始時間まで椅子に座って待っていると、身を屈めながら近寄ってくる人物がいた。


「ねぇ、こーはいちゃんで合ってる?」


 この声はヤクチュウさんか。

 振り向いて少し驚いた。シルエットが何か違う。


 “何か”を頭に乗せ、“何か”を腕に抱え……撫でているのか? 如何せん全て真っ黒だから、どこからどこまでがその“何か”なのかが分からん。八宝菜さんから借りたとかいう使役獣だろうか。


「ヤクチュウさん、その……物体は?」

「八宝菜がね、薬屋は兎が好きだからってくれたんだよ!」

「……くれた? 貸すのではなく?」

「うん! 他にもいっぱい<使役>してるから、二匹くらいなら問題ないんだって。私の指示も聞くようにしてくれたの!」


 使役獣セレブが。やっぱ殺して召喚陣ドロップするか確かめるか?


「だ、駄目だよっ!?」

「急にどうしたんです?」

「いや、何かこの子たちをじっと見つめてたから、殺されちゃうのかなって」

「被害妄想……。やはりクスリを……?」

「キメてないよ???」


 別にヤクチュウさんがガチの薬中だとしても、気にする人間はここにいないというのに……(冤罪)。


「それにしても、どこかのギャングに潜入中だったのでは?」

「証拠は粗方集め終わったよ~。後はマリリンちゃんに歯向かったバカな人たちが、言い逃れもできないように現場を取り押さえるだけ!」


 流石マリリンさん過激派。敵対勢力に容赦がない。


 私も、初めて過激的なヤクチュウさんを見たときは面を食らったものだ。今では我らが文芸部に真面な人間がいる方がおかしいと分かるのだが。


「あっ! マリリンちゃん!」


 いつの間にか人影が一つ増えていた。シルエットしか分からないのによく気づいたな。


「薬屋! ……後、そふかとこーはいちゃんか」

「愛しのヤクチュウさんと二人きりじゃなくて残念でしたね」

「そふかみたいなこと言うじゃん」

「寒気のすることを言わないでください」


 何故だか本当に寒気がした。ひんやりとした空気が纏わりつく。さてはそふかさんが何かやったな? マリリンさんとヤクチュウさんが何も感じてない辺り、よほど精密な調整をしていると見える。高度な技術を嫌がらせに使うな。


「あ、始まるみたい。ほら、座って座って~」


 マリリンさんに促され、座る。シルエット的にヤクチュウさん、マリリンさん、私、そふかさんの順である。私とそふかさんを隣にする神経が理解できない。意地でもヤクチュウさんの隣を確保するその姿勢には逆に感服する。


「マリリンさんマリリンさん」

「何?」

「私って可愛い後輩じゃないですか」

「用件を先に言いなよ」

「何か買ってください」

「お金持ってるでしょ」

「嫌ですねぇ、人の金で買うのが良いんじゃないですか」

「内容には概ね同意だけど、こーはいに買い与える理由がないね」

「今協力してますよ?」

「メドゥーサの召喚陣要らないの?」

「チッ」


 やはり、マリリンさんから搾り取るのには限界があるか。やれやれ、後輩に厳しい先輩しかいないな。


「ほら、せっかくだから楽しもうよ」


 マリリンさん(のシルエット)が舞台の方に顔を向けると、すでにオークションは始まっていた。司会の男が舞台を盛り上げ、それにつられて値段も吊り上がっていく。


 今のところ、惹かれる物も者もない。召喚陣があったら迷わず購入するが……なさそうだな。


「さぁキリの良い三十番! 様子見している皆様もそろそろ“買い”をオススメしますよ? なんせお次はエリクサー! 伝説の秘薬にございます!!! 効果のほどはいかほどか? 果たして本物なのか? お疑いになるのも分かります! えぇ、分かりますとも! ですので試して御覧に入れましょう! オイ、そこの!」


 舞台脇の警備員を呼びつけ、スポットライトが当てられる。同時にワゴンに乗った剣が運ばれ、それを手に取った司会者は警備員を斬りつけた。スパッと腕が切断される。意外と剣士系の職業を持っているのだろうか。


「ゥ、ギィ゛イ゛イ゛イ イ イ イ ヤ ァ゛ア゛ア゛ア゛ア ア ア アア゛ア゛ア゛゛! ! ! ! ! ——ッ! ッ!!! ッハ、ハァッ!!!」

「さて、ここで切断面を合わせ、繋ぎ合わせるだけならば最上級や精好な上級程度のHPポーションで可能です! ですがこれはエリクサー! 御覧ください!」


 警備員の傷口に薬を一滴。すると——


「アァ……! ア、あ? ——! え、はっ!? う、腕が!」


 斬り落とされた腕はそのまま、新しく腕が生え変わっていた。


「御覧になりましたか!? この効果! 正しく本物です! さぁお求めの方は百万セヒアから!」

「百万!」「五百万!」「二千万!」「八千万!」「一億三百万!」「二億!!」

「さぁさぁ値段は上がり続けています! 無理もありません! 今! 目の前に! この世のありとあらゆる怪我が! 病が! 例え生まれつきのものであろうとお構いなしに治る薬があるのですから!」

「この効果、並の薬師じゃないね」

「いやー、それほどでも」


 そふかさんの言葉に、ヤクチュウさんが反応する。


「やっぱり、君が製作したものか」

「そうだよ~。でも、出品したの誰なんだろう? 転売ならぶっ飛ばさなきゃ」

「ヤクチュウさんって意外と解決法が荒々しいですよね。で、マリリンさん。さっきどっか行ってたのって?」

「出品しに行ってた♡」

「でしょうね」


 むしろマリリンさん以外に誰がいるのか。ヤクチュウさんの薬を好き勝手できるのは文芸部メンバーだけらしく、さらに断りもなく売ることができるなんてマリリンさんの特権である。


「稼げるときは稼ぎたいしね」

「……この後どうせ壊滅させるんですし、やる意味なくないですか? 客からも好きなだけ奪えば良いでしょう」

「別に? 壊滅させる気はないけど」

「は?」

「私たちは騎士団じゃないし、取り締まりに来たわけでもない。ただ、“私の与り知らぬところで”オークションをやってるのが気に食わないだけ。なら、私を欺いたこのオークションの主催者と関係者を〆て、このショーと顧客は引き継いだ方が良いでしょ?」


 は~~~、抜け目ねぇ~~~。


「他にはもういらっしゃいませんね? では、三十億で落札です!!! 番号と同じの三十という数字で落札!!! ではその流れで番号三十一番! こちら獣人の奴隷になります!」


 とんでもねぇ金額で落札した。「もうちょっと値段引き上げられたんじゃない?」という声が何か左隣から聞こえた気がするが、気のせいだろう。金に貪欲すぎる商人とか知らない子ですね。


 そこから暇な時間が続いた。やっぱり召喚陣はなかった。クソが。こんなところでも私は運に恵まれないのか。


「楽しい時間は早いもので! お次で最後となります! ラスト! 八十三番! 今回の大目玉! なんと幽霊の奴隷です! その強さは、なんとかのゲパレン奴隷商会お墨付き! 拘束を解くと暴れ出す可能性があるので、力を試すのはご容赦ください! 顔立ちも美しく、愛玩用として購入するのもまた一興!」


 白髪の幼い少女。服は(元々だが)ボロボロで、目隠しをされている。腕は鎖で何十二も巻かれ、猿轡に手錠に足枷にと“普通の”少女であるならば些か過剰ではなかろうか。だが、彼女は“普通”ではない。


 八宝菜さんが、舞台に上がった。


「ふふっ」

「え、何」


 マリリンさんからドン引きの視線が送られた。


「可愛い後輩にそんな反応しないでください。傷ついちゃいます」

「こーはいが……傷つく……???」

「殴りますよ」


 全く、どうして文芸部には失礼な先輩方しかいないのだろうか。


「で、何がそんなに楽しいの?」

「だって、貴重じゃないですか。大人しく拘束される八宝菜さんなんて」


 いつもならとっくに鎖を引き千切るか、そうでなくとも自分を拘束する人間を殺しているに違いない。


「そう? 八宝菜って面白ければ結構何でもするよ?」

「でも、不自由は受け入れないでしょう?」

「あぁ……」


 八宝菜さんは事実“何でもする”。だがそれは、決まってある程度の自由な状態を保っているときだ。「好きなことを好きなときに好きなだけしたい」と、前に言っていたことを覚えている。束縛を何より嫌い、ストレスとする八宝菜さんが、一時的とはいえ拘束されることを許容した。


「恐らくですが、マリリンさんやヤクチュウさん、……そしてそふかさんとの友情が、そうさせるのでしょうね」


 多分、八宝菜さんは先輩方と遊んでいる時間が楽しくて堪らないのだと思う。それこそ、先輩方に自身の体の自由を、物を、時間を、取られることを許せるほどには。


「嬉しいこと言ってくれるじゃん」

「人を喜ばせることには定評があるので」

「それは嘘」


 マリリンさんと戯れているうちに、商品説明が終わったようだ。朗々と、司会者が宣言する。


「それでは千万からどうぞ!」

「千万!」「五千万!」「い——」


「——八十三億」


 マリリンさんの鈴を転がすような声が、会場に響いた。


 シン、と静まり返る。


「なぜそんな中途半端な値段に?」

「八宝菜の番号が八十三番だったから」


 くだらねぇ……。


「キリ良く百億くらいで良くないですか?」

「あー、まぁ確かに。ねぇ! さっきの取り下げていい?」

「——えっ、あぁ! 冗談でしたか! 性質の悪いジョークはおやめください! あまりの驚きにわたくし、心臓が止まってしまうかと——」

「やっぱ百億で」

「——」


 司会者が絶句した。死んでないか?


「当初の目的は果たされたし、後の処理は私たちでやるよ。お疲れ様」


 ひらり、と紙を一枚渡される。召喚陣だ。


「ちなみに見てく?」

「いえ、興味ないので」

「だろうね」


 こうして、ギャングとの戦いは終わった。ぶっちゃけ、私一ミリもギャングと関わってないが。なんなら何もやってないが。

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