第4話 一匹目
はい、深呼吸。吸ってー、吐いてー。手の震えが収まりましたね。ほらそこ、禁断症状とか言わない。
不審者ばりに周りに誰かいないかを確認する。大丈夫か? 大丈夫だよな?
気が済んだところで、アイテム欄が二つしかない初期配布のマジックバッグから一枚の紙を取り出す。
召喚陣:スライム
召喚術というファンタジーものではポピュラーな魔術だが、『FMB』の世界での職業人口は少ない。その僅かな人たちでさえ、検証や世界観の考察のために就いているだけで、本気で召喚術師になりたいわけではない。
なぜそのような事態が起こるのか。答えは簡単。そもそも魔物が召喚できないのである。
魔物を召喚するための召喚陣は超、超、超、低確率でドロップする。しかし、召喚術師は召喚獣がいなければ戦えない。ジョブの枠を一つ使って戦おうとしても、魔法はある事情で使えず、前衛職はステータスバランスが悪く、中途半端になる。そして魔術は本来サブで使うもので、コスパがとんでもなく悪い。そして、他のプレイヤーが倒してドロップした召喚陣を購入しようとしてもドロップ率が低いので流通数も少なく、最下級の召喚陣でさえ初心者では手が出ないほど高額なのである。ならば、自分で得ようと思っても戦う手段が……と負の連鎖が永遠と続いている。召喚術師に似ている使役術師(テイマーのようなもの)とは大違いだ。あちらは最下級程度なら魔術ギルドで簡単に使役陣が購入できる。凄まじい格差を感じた。
要するに、この召喚陣を失くしたら死ねる、心が(倒置法)。
故に、さっさと使ってしまうことにした。絶対に幻覚だと分かっているが、後ろに何か気配感じて怖い。
「召喚:スライム」
羊皮紙から光が溢れる。青に、赤に、黄に、緑に、紫に、色が移り変わり、部屋を埋め尽くす。
徐々に魔術陣は大きくなり、部屋の限界まで広がった後、一気に収縮した。そのサイズは、丁度スライム一匹が収まる程である。
ぴょこん、と案外あっけなく、スライムが現れた。
「……」
スライムに喉という器官は存在しないので、鳴き声すらも上げない。
透き通った水色の体。楕円形で、触ってみるとぷるぷるもちもちした。お前は人を駄目にするクッションか。
『FMB』において、スライムの形状は二種類あり、一つは今召喚したような楕円形のもの。もう一つは洞窟などに潜む、水溜まりのような液状のスライムだ。前者は突進か包み込んで捕食、消化くらいしかできないが、後者は天井に張り付いて奇襲してきたり、触れただけで体が溶ける個体もあったりと暗殺者とジョブを兼務している使役術師なら、まず使役しておきたい魔物である。
楕円形のスライムだって、捕食ができる。そう言って使役したプレイヤーがいた。実際、捕食の条件は“自分と同じ、または自分より小さい物”に限るため、戦闘では使い物にならなかったらしい。ここにも格差が。
スライム、というと私は擬態ができたり、物理攻撃が無効だったり、稀に魔法が使えたりと強い方を思い浮かべるラノベ脳なのだが、現実はそう甘くないようである。
余談だが、私は元々ラノベ好きだ。ただ、あの先輩方は油断するとすぐ自分の好きなものを布教し出すので、いつの間にかゲームも漫画もアニソンも全部大好き人間に変えられていた。新手のホラーか?
「……」
スライムに目という器官は存在しないので、こいつが今何を意識しているかも分からない。召喚術師と使役術師が同じかは分からないが、使役術師は魔物と共に過ごしていれば、大体何を伝えようとしているか分かるらしい。相変わらずリアリティー半端ないな、このゲーム。
「……共に過ごす、か」
なら、名前を付ける必要がある。『FMB』に、魔物に名前を付けることの恩恵はないのだが、“スライム”と呼称するのも面倒だろう。
名前、名前か……。スライム、スラ、イム、ライム……? いやでも、こいつは水色だしな。ぷるぷる、ぷる、るぷ。もちもち、餅? わらび餅?
……。
……別に私のネーミングセンスがないわけではないのだが、今から考えてもいい名前は思いつかないだろうし、何か別の怪物から名前を取ろう。そうだ、急ぎの要件だからな。さっさと名前を決めるためだ。仕方ない。
「お前」
「……」
スライムに耳という器官は存在しないので、私の声にも無反応だ。ぴくりとも動かない。死んでないよな?
「お前の名前はショゴスだ」
ショゴス。クトゥルフ神話に出てくる種族だ。確か、ファンタジーものにおけるスライムのモデルだったか?
イマジナリー部長が「おい馬鹿止めろ」とツッコミを入れてきたが、努めて無視する。
「さて、初陣と行こうか。ショゴス。お前は戦わないけどな」
「……!」
私がショゴスを抱えると、器用にも肩に飛び乗り、そして頭に乗った。
「そこが定位置でいいのか?」
「……!」
問いかけると、ぷよぷよとした体で飛び跳ね、二回頭を叩いてくる。
……可愛いかもしれない。
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