第2話 阿鼻叫喚のキャラメイク(※個人差があります)

「本体全部同期させたかー?」

「「「おー」」」

「水分とって、ちゃんとトイレにも行ったかー?」

「「「おー」」」

「VRの世界に行く準備はできたかー?」

「「「おー」」」


 仮眠室という暗がりのためか、意味もなく抑えめの声になる部長に合わせて、私も返事をした。


「じゃあ、行くぞー」

「「「おー」」」


 部長、副部長、先輩方、そして私の順でヘッドセットを被り、寝る体勢に入る。しかし、実際に寝るわけではない。私たちはこれより、ゲームの世界へ行くのだ。


 ふっと体が沈む感覚がし、目を開くと、橙色や水色などといった淡い色に包まれた空間が現れる。同期されたヘッドセットは文芸部員全員の意識を集め、現実と変らない姿でそこにいた。


「よーし、全員いるかー? 点呼ー! はい、1!」

「2」「3!」「……4!」「5」「6」「「7! あっ」」「8!!」「9!」

「うーん、今回は失敗かぁ……」


 ちなみに、文芸部員は総員10名である。そして、文芸部の点呼はあらかじめ番号を決めていない。故に、よく他の部員の様子を見ていないと、被ったり間が空いたりするのだ。

 あと余談だが、獅子高等学校は男女共学である。文芸部員が全員女なのは、全くの偶然だ。ここだけ男女比がおかしい。


「さて、ぶっちゃけ私説明書読んでないから、ここどこか分かってないんだけど。ここどこ?」

「響、ここはキャラメイクするとこだよ」


 部長(本名、和泉響)に天羽あもう先輩が声をかける。そして、その内容を理解した途端——


 ——部長と副部長が、悪い顔になった。


 邪悪な笑みというか何というか、一瞬で「あっ、これ碌なこと考えてないな」と分かるような満面の笑顔だった。なお、部長は常に布マスクを着けているため、表情は分かりにくい。が、基本喧しいので感情は読み取りやすいのである。


「キャラメイク! なるほどね、確かに準備は必要だからね。そうそう、一個いい?」


 今思いついた、という風にわざとらしく提案する部長。嫌な予感しかしない。


「皆のキャラメイクを、私たちにさせてほしいんだ」


 にこぉ、と笑う(実際には目を細めているだけのようにしか見えない)部長は両手を合わせて、お願いのポーズをとった。


「アバターは双葉が、種族とジョブ、そしてプレイヤーネームは私が作るよ。大丈夫! ネタ構成にしたりはしないからさ! ちゃんと、強くやつにするから、ね?」

「あ、部長。私は自分で作ります」

「そう、そりゃ残念」

「でも、アバター作成の方は副部長にお願いします。それは苦手なので」

「おけ。じゃあ、種族とかジョブとか教えてくんね? イメージに合わせて作っから」


 マジで嫌な予感しかしなかったので、先手を指しておいた。先に言っておかないと、さっさと話を進めてしまいかねない。そして重要なのは妥協を忘れないことである。この部長、口先から生まれてきたような女なので、宥め、すかし、脅し、全てを利用して目的を果たそうとするのだ。どこの策士キャラだ。頭のねじが緩いというかぶっ飛んでいるので間違っても策士にはなれないが。

 何はともあれ、外見は副部長(本名、双葉廻)に任せることにした。まぁ、造形が上手くないのは事実である。快く引き受けてくれたので、そこはお任せしよう。


「ほら、双葉がアバター作成上手いのはみんな知ってるでしょ? それに私だって希望に沿った形にするつもりだし」


 私が断ったことで「どうする?」みたいな雰囲気が漂った先輩方に、部長がプレゼンを続ける。

 舌先三寸で丸め込もうとしている部長を尻目に、自分のステータスをさっさと決めることにした。

 目の前にある半透明のウィンドウを操作し、すでに考えていたプレイヤーネーム、種族、ジョブを入力する。まぁ、こんなもんか。


プレイヤーネーム:こーはい

種族:黒猫ブラックキャット

一次職業メインジョブ:召喚術師

二次職業サブジョブ:闇魔法士


 プレイヤーネームは先輩方を混乱させないために、安直なものにした。決して私のネーミングセンスがないわけではない。決して。

 黒猫は闇魔法を得意とする種族である。闇魔法の初期スキルは<死霊魔法>を選び、召喚術と併用するつもりだ。

 そしてもちろん、能力値はMPとINTにガン振りする。自分を鍛えても意味がないジョブだから仕方ない。むしろ、そのためにこの二つを選んだ。あとは、とある理由によりLUCも上げておく。

 自分のステータス決めが終わり、他の諸々の設定をしてから意識を先輩方に移すと、部長と副部長が楽し気にウィンドウを弄っている。どうやら、舌戦は部長の勝利で幕を閉じたらしい。舌戦とはいっても、部長が一方的に捲し立てていただけのような気もしなくもないが。

 何はともあれ副部長に近寄り、アバター作成を依頼する。「任せとけって」と中性的な顔と声×柔らかな微笑×(無い)胸をドンと叩くという頼りがいのある動作で言われる。やはりイケメン(顔面偏差値、性格両方において)である。どこぞの部長にもこの紳士的な対応を見習ってほしいものだ。副部長も愉快犯気質なことには目をつむっておくことにする。

 種族やジョブを考慮し、私は黒髪ロングの猫耳少女となった。少女とはいっても、中学生くらいの見た目である。瞳はアメジストのように透き通っており、この透明度を出すために副部長は四苦八苦していた。服装も自由に作れるらしく、やたら紋章やら金具やらごてごてと装飾がある黒いフード付きのロングマント……コート? だった。ファッションにはあまり詳しくないので、よく分からない。

 出来上がったアバターを見て、副部長は、


「やべぇ、まんま響の性癖になったわ」


 と若干引いていた。どういうことなの……、と説明を求めるように視線を向けたが、すっと目を逸らされた。

 どう足掻いても藪蛇になる予感しかしない話題なので、先に行くことで私は逃げる。あと、時々先輩方の悲鳴も聞こえるが、それも努めて無視する。「ごっめーん! もう確定しちゃったから、変更できないんだ!」なんて悪びれる様子のない愉快犯の声も聞こえても、「どうする? 殺す?」「苦しい感じで殺るか」「武器はないし、タコ殴りにできるね!」「せやな!」などという物騒な相談が聞こえても、無視である。関わってはいけない。


 私は、再び体が沈む感覚に身を投じた。

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