第11話
細身の長身、黒い髪を高い所でまとめているが、それでもまだ長いのがわかるほどだ。おろしたら腰のあたりまでゆうに届いてしまうのではないだろうか。髪、長いですね、と和明がいうと、驚いたような、恐れるような、なんとも言い難い表情を見せた。
失言だった、と和明が弁明しようと思った刹那、女は、ああとうなずき、朗らかに笑った。
「これ、ヘアドネーションのためにずっと伸ばしてたんですけどね。なんか、切るタイミングがわからなくなってしまったんです」
「ヘアドネーション? ……かつらとか、そういうののためのやつですか」
「そうです。抗癌剤の副作用とかで毛が抜けてしまうではないですか。そういう人のために無料でかつらをつくってたりして。そのための髪の毛の寄付です」
「へえ、なるほど。そうなんですね」
アルバイトの面接とは思えないほどはっきりとした受け答えで、身なりも、就職活動中の学生のように見えた。印象はこのうえなく良い。今までに会ったことのないタイプの応募者だ。
「勤務はいつから可能ですか?」
藤原梨絵は背筋をぴんと伸ばし、椅子に浅く腰掛けている。肩がわずかに緊張した。
「すぐにでも、勤務可能です」
和明はその些細な変化を見逃さなかった。
「たとえば、明日からでも?」
「はい! むしろ、明日からでも勤務できるんですか?」
梨絵のやる気に満ちた声に、和明は引っ掛かりを感じた。はっきりとは言葉にできない小さな違和感。和明のこういう嫌な予感だけは、なぜか当たる。突如として舞い降りた奇妙な直感が、どうか外れていてくれと内心願った。
「いえ。すみません、それはできないんです。セキュリティの都合上、申請にお時間いただくかと思います——」
梨絵の頬が、糸で引かれたように、ぴくりと動いた。
「なので、最短でも二週間くらいはいただくかと。藤原さんにすぐにでも働いていただけたら、私どものとても助かるのですが……。でも、申請が済むまで本社での研修などもありますし」
「わかりました。……ただ、できるだけ早いと助かるのですが」
「もちろん考慮いたします。もしご縁があれば、最短で対応させていただきます」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
梨絵は、まだ口をつけていないお茶に手を伸ばした。ミーティングルームはガラス一枚で仕切られているだけだが、オフィスの喧騒からは遠い。
「では、ほかに質問もないようでしたら、これで終わりにしましょうか」
画面に映し出されている梨絵の履歴書の情報と、目の前に座る梨絵は、寸分の狂いもなく一致していた。
「はい。大丈夫です。ありがとうございました」
「はい。ありがとうございました。では、結果は後日ご連絡いたします。採用、不採用いずれの場合も、お電話いたしますので」
また、梨絵の頬がぴくりと動いた。
「承知しました。ありがとうございました」
一瞬浮かんだいびつな表情を隠すように、梨絵は深く頭を下げた。最後まで好印象なのに、和明のなかにある引っ掛かりだけはいつまでも消えなかった。
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