この小説はそのまま読まずに語って聞かせたい!!
ちびまるフォイ
原作通りであること
世界の9割の人間が失明した今、1割の人間だけが選べる人気職業が「語り
活字を読めなくなった暗黒の世界の中、小説を語って聞かせることは多くの人に求められる。
自分も人気の語り部として名を馳せるものだと思っていたが現実は厳しかった。
「……そして、主人公はついに無人島を脱出したのです! めでたしめでたし!!」
小説劇場に集まった人たちは最後まで聞いていたはずなのに不思議そうな顔をしていた。
「つまりどういうこと?」
「なんかぼやっとした話だったね」
「あーーつまんな。時間の無駄だったわ」
「あのですね、最初の方にあったあのセリフが結末のコレを意味していてですね。
途中途中にあるスプーンが伏線で、あれでそれで……」
慌ててフォローに入るがすでに心の離れた聴衆には届かなかった。
花形である「小説の語り部」であったとしても人気が出るのはごく一部。
「はぁ……こんなはずじゃなかったのになぁ……」
読み聞かせる小説についても人気の語り部さんには、自分の作品を読んでほしいとオファーが来る。
一方で自分のような底辺語り部が手に取れる小説は質の低いもので、差は広がるばかり。
昔にネットで投稿されていた小説を語って聞かせるくらいしかなかった。
「こんな面白くない話じゃウケないよ……」
面白くない小説を人気のない語り部が話したところで意味があるのか。
そんな疑問をぐっと心に秘めながら何度も何度もつまらない話を語って聞かせた。
ある日の舞台で小説を読み聞かせていた。
ふと、聴衆席を見ると誰もがうつむいて寝息を立てている。
(そりゃそうだよな……つまらないもの……)
読み聞かせている小説は退屈な日常パートに差し掛かったところ。
もはや聴衆はただ耳に流れるBGMとしか入っていないのだろう。
「しかし! そんなときに急に空から悪魔が!!」
とっさの判断だった。
小説にかかれていない一行を追加して、大きめの声を出した。
これには半分眠っていた聴衆もパッと目を開く。
その後の展開なんか考えてもいないし、今さらもとの小説側に戻ることもできない。
後に引けなくなったので小説は手に持ちつつも書かれている内容は無視して、
小説のどこかに着地できるよう即興で物語を語って聞かせた。
読み終わると、聴衆は立ち上がり大きな拍手をしてくれた。
「いやぁ面白かった!」
「あんた最高だよ!!」
「ずっと緊張しっぱなしだった!」
「ありがとうございます! ありがとうございます!」
小説の語り部として初めて人から評価された瞬間だった。
この心地よさは生涯忘れられないほどの感動を与えてくれた。
「どうせこんなクソ小説をそのまま読み聞かせたところ意味ない。
面白くなるように俺がアレンジしてこそだ」
これに味をしめてからというもの、立つ舞台それぞれでアレンジ小説を語り聞かせた。
聴衆の反応が見えないまま書かれた小説よりも、
リアルタイムでの客の反応を取り入れた語り部小説のほうが聴衆の心を掴む。
客の前に立つ回数はどんどん増えていき、気がついた頃には人気語り部として名をはせていた。
「こんなクソ小説でも語り部の腕しだいで人気になれるんだなぁ」
改めて読み返しても退屈な物語だがすっかり頭にはいった小説を見ていた。
すると、不機嫌そうな白い杖をついた男が目の前に立っていた。
「あんたが人気語り部かい?」
「……あなたは?」
「私はあんたが語って聞かせている小説の原作者だよ」
「原作者さんがどうしてここに……?」
「聞いた話じゃあんたの読み聞かせは好評だそうじゃないか。
それもこれもあれもどれも、原作である私の小説の面白さだと思わないか」
「そ、そうでしょうかねぇ……」
「良い原作あってこそなのに、原作者の私にはちっとも報酬が振り込まれてない。
これからはお前が舞台に立つたびに売上の90%を私とし、残り10%をお前が……」
「勝手に話を進めないでくださいよ! ここまで人気になったのは俺の読み聞かせの技術の成果でしょう!?」
「いいや、私の原作が面白かったからだ。お前のおかげじゃない」
「そんなわけない! 最初はあんたの小説をそのまま読んでいたんだ!
でも聴衆に配慮がない自分がたりまっしぐらの小説にみんな退屈していた!」
「なんだと?」
「だから俺がこのダメダメ小説を面白くするためにあれこれ工夫したんだ!
それなのに、原作の力で人気になれたなんてあつかましいぞ!」
「貴様……言わせておけば!!」
怒りに顔を歪ませていた原作者であったがなにか思い出したのか表情を変えた。
「ふふん、お前はさっき"工夫した"といったな?」
「それがどうしたっていうんだ」
「語り部が原作を改変することは小説警察によって禁止されている。
お前は許可のない二次創作で金を得ていたことになるんだよ」
「そんな……!」
「しかし、私も鬼じゃない。お前がさっきの報酬の話を受け入れるのならおおめにみてやろう」
「……ぐっ」
「私としても君に読み聞かせてもらいたい新作もあるからね。
こんな形で原作と語り部との絆が切れるのは避けたいんだよ」
絆なんてしらじらしい。実際には金のなる木を逃したくないだけだろうに。
「……わ、わかりました。話を受け入れます。
俺としても二次創作が暴露されて語り部人生を降りたくないですから」
「よしよし。ものわかりがよくて助かるよ」
「それで新作というのは?」
「これだよ。音声で書き上げた最新作だ。自信作だよ。
今度は原作通り読み聞かせるんだ。いいね?」
ちょっとめくっただけでも、いたるところに退屈がはびこっていた。
これをそのまま読んでしまったら集団催眠術として眠らせるだけだ。
「原作者さん、ひとつ提案なんですが」
「なんだ。原作を変えることは許さないぞ」
「ええもちろん、すべては原作が正しいのは大前提です。
それではなくお披露目の方法について相談したいのです」
「言ってみろ」
「原作小説をそのまま出しても今や9割が失明しているので需要は低い。
そこで先に語り部が本より先に読み聞かせるのはどうでしょう。
幸いにも、俺にはたくさんの固定客がついています」
「いいことを言うじゃないか! それがいい! 最高のプロモーションになるぞ!!」
新作を渡された俺はたくさんの客が入る舞台へと立った。
原作者も舞台の袖に控えている。
マイクの前に立つと、原作小説を開いた。
けれど目は活字を追うことなく、聴衆が楽しめるように全力で改変した物語を話した。
これには舞台袖に控えていた原作者もブチギレでやってきた。
「貴様!! 何を勝手なことを!!」
「勝手なこと? なんの話です?」
「すっとぼけやがって! 原作を改変したじゃないか!
私の作品を侮辱した罪は重いぞ! すでに二次創作違反で小説警察を呼んだからな!!」
まもなくパトカーのサイレンとともに小説警察がやってきた。
「勝手な原作改変の通報で来ました!」
「こいつだ! こいつが私の小説を勝手に改変して読み聞かせてたんだ!」
「なにを言っているんですか。俺はそのまま読んだだけですよ。
むしろ俺の語りを改変し小説に落とし込んだあなたのほうが罪なのでは?」
「はぁ!? 貴様、何を言っている! 自分が原作だとでもいいたいのか!!」
盲目の小説警察はどちらが原作かわからなくなった。
そこで原作を確かめるためにひとつ質問した。
「で、どっちが先に世に出たんです?」
この小説はそのまま読まずに語って聞かせたい!! ちびまるフォイ @firestorage
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