第92話 王都での一日5

 パーティからユイヤールさんを外して『発光ライト』を使ってもらう。

 夕日に照らされながらも暗くなりかけていた周囲を、ユイヤールさんの身に着けていたナイフの柄頭が光って照らす。

「あ~、無事に成功しましたね」

 他の一般魔法はデモンストレーション的に使うのが難しい。

「『乾燥ドライ』とか試してみたいですか?」

 乾燥を使うなら、水作成で水を掛けてあげれば……

 レベル20になって、成長したことによって魔法強度も上がっている。

 今では水作成1回で約2,700L作ることが出来るようになった。

「水なら作成出来ますが……」

 一応尋ねないとね。マルケスのように何も言わずに水作成をすると、迷惑になるかもしれん。

「あっ、いえ。水は必要ないので……」

 え~っ、必要になると思って覚悟(?)を決めた所だったのに……

「確認しなくていいのですか?」

「はい。他は使いながら覚えますから」

 まぁ、本人がそう言うなら……


「あっ、そこの道を入ったところが牧場です」

 夕闇が迫る草原の中を、舗装もされていない細い道が続いている。

 道の先には小さくはない家と畜舎がいくつか見て取れる。

 家の周囲から細い道に沿って柵が設けられていて、ずーっと街道のあるところまで続いている。

 ミレーの絵画の様な風景だなぁ。

 牧場の奥の方では小さな少年らしい人影が、牛を追って畜舎に入れようとしている。

 少年がこちらを見たのか、大きく手を振っている。

 隣に座ったユイヤールさんが手を振り返してる。実に牧歌的な風景だ。

 ここには俺やフラン、ルリが手に入れられなかった物、手放した物があるのだろう。

 でもこの幸せはとても脆い。浮かぶシャボン玉のようなものだ。

 風や砂埃、重力の影響でシャボン液が上部から薄くなってしまっても割れる。

 俺の魔法1発で壊せてしまう。


 勿論俺にそんな意思は無い。今のこの状況では。

 だがそれは将来にわたっての、未来永劫の幸せを保障しない。

 現に一度俺はそれを壊してしまった。俺と美樹とのをだ。

 だがそれはもう一方の天秤に載ったのが美樹の命だと思ったからだ。

 俺が美樹を助けに飛び込まなかったらどうなっていたか?

 その答えはもうどこにも無い。知りたくもない。

 願うならば、この異世界でもう一度そのような事態に陥る事の無き事を。


 さあ、ダークサイドに落ちそうな考え事はここまでにして、話を戻そう。

 牧場の畜舎に馬車を横付けして止めると、ユイヤールさんは牧場主の兄を探しに畜舎の中へ入っていった。

 俺は馬車を降りると手持無沙汰に畜舎を前に、追い込まれてきた牛が畜舎に入っていくのを眺めていた。

 一つ訂正しないといけない事が出来てしまった。

 ユイヤールさんの甥だと思っていた少年は少女で、姪であることが判明した。

 勿論、本人にそんな事は判らないので、心の中でだけで謝っておこう。


 モウモウと通り過ぎていく牛を数えるのにも飽きてきた頃、ユイヤールさんが恐らく兄である人物と共に戻ってきた。

「あんたが牛乳や乳製品を買いたいという客か?」

「そうですが、あなたがユイヤールさんの……」

「兄で牧場主だ」

 なるほど、お兄さんはお客の応対は慣れていないのか、ぶっきらぼうでつっけんどんだ。

 お兄さんの名前はボロウィンさん。

 父から受け継いだ牧場を弟と共に守っているそうだ。

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