第56話 地獄のとば口

 次の日、夜明け前から降り始めた雨は大雨とはならなかったが降り続け、朝にはすっかり地面を濡らすまでになっていた。

 残念だがこの状態では竈での調理をあきらめて倉庫の中の調理しないで食べられる物で手早く済ませてしまおう。

 道中も苦労するだろうから早く出発したいしね。

 早速タチアナさんに相談するために馬車へ。

 コンコン。

「はい」

「ユウキです。朝食の相談なんですが今大丈夫ですか?」

 今この馬車はベルナリアの部屋という扱いだ。

 外から開けることはタブー。

 中からタチアナさんが開けるのを待つ形になるのだが……

「お嬢様、こちらに腕を……」

 ……

「さあ、次はこれをお履きになって……」


 5分ほど待たされてドアが中から開けられた。

「お待たせしました」

「おはようございます」

「おはようございます」

「今日は御覧の通りの天気なので早めに出発しようと考えています。朝食の準備も難しそうなので今までの食事から出させていただこうと思うのですが」

 タチアナさんはチラリと俺の後ろの地面を見ると、

「そうですわね。そうして下さい」

「分かりました」


 馬車の中を確認すると既に寝ていた寝台は畳まれて、テーブル&シートに戻されている。

 この馬車は前後のシートの天板が3つ折れになっていて、広げるとテーブルの上で前からと後ろからの板が合わさり、ベッドとして使えるようになっている。

 テーブルの上に皿やカップを並べハムやチーズ、柑橘類を避けて果物を出して切っていく。

 パンをバスケットに盛り、お嬢様にはホットミルク、ポットに『水作成』『加熱』で紅茶を用意する。

 準備が完了したので女性テントの2人を呼ぶ。

 女性テントは馬車の入口のすぐそばに建ててあるので声を掛けるだけでいい。

「フラン、テレーゼさん、食事の用意が馬車の中にできている。今日は早めの出発しようと思う。準備を進めてくれ」

「はい」

「分かりました」

 中から二人の声が返ってきた。

 その声を聞いて俺はおっちゃんと合流するために馬が繋がれた木の所に向かった。


「おっちゃん、食事にしよう」

「おう、今行く」

 そう言うとおっちゃんは馬の背をポンポンと労るように叩くとテントの方に踏み出した。

 馬の為の飲み水は雨のために足りていたが……

乾燥ドライ

 あまり雨に濡れると体が冷えて良くないので馬に『乾燥』を唱えた。

「馬たちの様子はどうですか?」

「雨で昨日の疲れが少し残っちまってるが……ぼちぼちって所だな。今日は体力使うだろうから出来れば早めに休ませてやりたいが……」

 ぶっちゃけ道路の状態がそれ程悪くなっていなくて、意外に進めれば早く休めるが……

「大きなトラブルが無ければ早く休みを取りましょう」

 おっちゃんとしゃべりながらテントに戻ると食事の準備をして手早く朝食を終わらせた。


 昼の小一時間の休憩で軽食を取って再び王都に向かって進む。

 今日はテサーラの街を出て3日目、エメロンの街との中間点にたどり着くのが今日の目標だ。

 今日は雨という事もあり、必要のない物は全て倉庫に入れてもらっている。

 少しでも馬車を軽くして泥濘ぬかるみに車輪を取られないようにする為だ。

 マルケスの馭者としての腕がいいのか、左右には揺れるが泥濘には嵌ってはいなかった。

 ここまでは泥濘を避けれていたのだろう。

 だが、坂道を下り切った所で道路の幅一杯に水たまりが出来ていた。

 水たまりの中の状況が分からない。

 そんな場合、なるべく速度を変えずに抜けるといいのだが……

 馬の一頭が水たまりの中で足を滑らせて行き足を落としてしまった。

 一度車輪が深く泥濘に潜り込んでしまうとマルケスがいくら馬をけしかけても馬車は動けなくなってしまった。

 スケルトン何体かで馬車の後ろから押させたんだがスケルトンは体重が軽い。

 力が強くても体重が軽いと馬車を押しても足が滑って前に進まない。

 俺は詳しく調べるために馭者台から降りて馬車の車輪を見に行った。

 4つの車輪の内3つは約10cm、残りの1つは約15cm泥に埋まっていた。


 これは俺の判断ミスだった。

 初めからこうしていれば良かった。

 馬の周り、馬車の周りに『乾燥』を掛けて車輪が滑らないようにして馬にひかせながら俺も後ろから押した。

 車内から女性たちが心配して見ていたようだが、無事に抜け出すことが出来た。

 皆にホッとした雰囲気が拡がった。


 完全に抜け出した所で馬車は停車、俺は馭者台に戻ろうとしたところで馬車の中から声が掛かった。

 タチアナさんだった。

「中にお入りください。今、お茶を入れますので少し休憩なさってください」


 これが地獄の始まりだった……

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