第45話 ユウキと言う男、フランシスと言う女

 ノーラタンの街を出て野営で1泊し、次の日の夕方予定通りのテサーラの街に着いた。


 因みに馬車には普段、馭者の横の席に俺が乗って、女性4人がカーゴの中だった。

 野営中は馬車の中にお嬢とメイドが寝て、テント2つに俺と馭者、フランとテレーゼに分かれて寝ていた。

 まぁ馭者は俺の見張りもするように言われているんだろうな。


 馭者の話によるとテサーラの街にウェスタ―家の別邸がある訳では無いらしい。

 ただ定宿があるとの事でそこに部屋を押さえているのだと言う。

 宿でも箱馬車を停めれる所はそんなに多くは無いそうで、結構ランクの高い宿なのだとか。

 そこに2部屋取ってあるそうで、部屋割りを聞くとお嬢、メイド、護衛で一部屋と俺とフランで一部屋との事。

 えっ、馭者のおっちゃんは?と聞くと箱馬車の見張りで馬車で寝るとの事。

 おっちゃん大丈夫かと聞くとおっちゃんから怪しい答えが……

「これが楽しみなんじゃ~!」

 普段お嬢とメイドが寝ている所を合法的に使えるというご褒美とも言える至福の時間なんだそうな。

 このおっちゃん、別の意味で大丈夫なんか?

 これ、俺がおっちゃんを見張らにゃいけないんじゃ?


 宿の夕食はご相伴に与ったのだがピクシーガーデン亭で出されたものと比べるとさすがに手間も味も格が違った。

 食事時の会話の話題となるとこんな場合はどうしてもお互いの話になってしまう。

 俺の話題、フランの話題、お嬢様の話題、メイドの話題、護衛の話題。

 馭者の話題はどうしても扱いが……皆興味が無いし……

 俺の話題が一番困った。

 話せる部分が殆ど無い。

 年齢は1865歳となっているが実際は19年しか生きていないし、こっちの世界に来てやっとこさ今日が21日目って所だ。

 向こうの世界のは話せないだろうし1800年も何やってたと聞かれても何もしてないぞ。

 やばい。やばい。マジやばい。

 設定を考えないとボロが出てしまう。

 ハイエルフの寿命は一万年程度、普通のエルフが500年程度なので破格と言って良いほど長寿だ。

 見分けるのも難しくない。

 耳の形が違うのだ。

 エルフの耳がアーモンドのような形としたら、ハイエルフの耳は横上部にフィンガーチョコレートが飛び出したような形になっている。


 ハイエルフは成長が人間より遅く、ハイエルフの子供は通常180歳程まではハイエルフの大人たちに守られて里の中で育つ。

 その間に狩りの仕方や果樹の世話や魔法の使い方などを学ぶ。

 200歳で成人を迎えると殆どは里の中で仕事を与えられて暮すようになる。


 俺はハーフエルフという設定だ。

 当然どちらかの親がハイエルフでもう一方が人間という事だろう。

 1865歳の俺は人間の方の親はもう生きていない年齢だ。

 困った。

 俺には母親の記憶はないから親父に育てられた事にしないといけない。

 母親の事について聞かれても何も話せん。

 でも人間の親に育てられたとは思えない。

 どう考えても成人する前に人間の親は亡くなってるもんな。

 そうするとハイエルフなのは親父って事にしないとダメなのか。

 年齢も1865歳は無理がありすぎる。

 265歳とかにするべきだろう。

『鑑定』スキルとかで調べられない限り年齢が分かる事は無いだろう。

 サーナリアさんに問い合わせをしたところ、『鑑定』は勇者と魔王のスキルなので普通の人は持っていないそうだ。

 一部のアーティファクトに鑑定されることはあるそうだが、めったに存在しないそうなのでばれることはほぼ無いだろうとの事。

 年齢を1600年マイナス。

 うん、なんて見事な鯖だ。


 親父はイラストレーターなのでこの世界では何だろう?

 絵描きと言う職業は無くはない。

 ただ貴族や王族、一部の豪商に雇われて絵を描くだけで一般市民の目につく事は無い。

 親父はこの世界じゃ生きられそうに無いな。

 まぁ、eスポーツの選手なんてもっと生きられそうも無いが。


 いつかこの世界のだれかに本当の事を話す日が来るのだろうか?


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


 私はあの日、モンスターの襲撃によって殆ど全てを失った。

 伯母でウィッチだったスーシャン、樵で恋人のヤシガン、多くの同じ村で暮らしていた人たち。

 暮していた家、薬草の畑、ウィッチ見習いの職、道具。


 私は幼いころに魔法の才能を見出されてウィッチの伯母に預けられていたが、物心ついた時には両親は既にいなかった。

 伯母さんに以前聞いた時に両親もモンスターに殺されたと言っていた。

 街壁に守られた街中に住んでいない人の死因の第一位はモンスターの襲撃だ。

 それは昔も今も変わらない。


 小さな村の生活は安全とは決して言えない。

 それでも冒険者の生活よりはまだマシだと思っていた。

 冒険者はモンスターを倒してお金を稼ぐ人達だ。

 自らの命を掛け金に危険に身を曝し敵を打ち払いて高い配当を得る。

 正気の沙汰では無いと思っていた。

 しかし全てを失った私は正気も失ってしまっていたのだろう。

 冒険者になるという選択をしてしまっていた。

 もう片方の選択肢も冒険者に負けず劣らず最低の物だったから……


 だがこの選択はしてみればそんなに悪いものでは無かった。

 目の前の男、ユウキはそれ程の有望株だった。

 ネクロマンサーという職業クラスだと言うがスケルトンの下僕をたくさん引き連れてその下僕が殆どの戦闘を終わらせてしまう。

 スケルトン達やモンスターの死体を一瞬でどこかに収納したり取り出したりする魔法。

 一瞬で遠くの街に移動できてしまう魔法。

 声に出さずに会話ができてしまう魔法。

 どれも聞いた事の無い魔法だ。

 他の人に口外してはいけないそれらの魔法を使うユウキ。


 この男の傍に居る。

 それは村で生活するのと比べても少し安全なのでは?と思えてしまう。

 この男の傍に居れば。

 この男の傍にさえ居れば……


 問題は私がユウキの役に殆ど立っていないという事だ。

 ユウキは私がパーティメンバーだという事で魔法の事だとか色々な秘密を共有する事を許した。

 ユウキは私の境遇に同情したのか色々気を使ってくれている。

 だがそれだけでは足りない。

 もう私は失いたくないのだ。


 ユウキが私を捨てないような何かが必要だ。

 ユウキは今の護衛任務を受ける時に、女である私のお陰で受注できたと言っていた。

 私に有ってユウキに無い物。

 私に有ってユウキに無い唯一ただひとつの物。


 もう何も失わないために……

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