第27話 親父
紹介されて向かった宿の名前は
かくれんぼ亭では1泊2食付きで650Gだった。1泊で頼む。
夕飯のメニューは謎鶏肉の煮込みだった。
う~ん、不味くは無い。不味くは無いんだが物足りない。
人間、一度贅沢を知ってしまうと生活のランクを下げるのは難しいという話を聞くけどこれはマジで辛い。
アサシンの語源の教団が麻薬と贅沢によって暗殺者を操っていたってのも納得。
現代人で居られたって事は幸せな呪いにかかっていたみたいなものだな。
出汁とかかつお節とかグー〇ル先生は何も答えてくれない。
この世界には無いようだ。
ちょっとサーナリアさんに相談してみた。
『かつお節ですか?う~ん、かつおに似た魚はあるので作るしかないですね』
『やはりこちらには無いですか?』
『無いですね。作られるのでしたら”醸造”というスキルがありますのでお役に立つと思います』
サーナリアさんの答えには少しすまなそうなニュアンスが感じられた。
『そうですね。少しポイントに余裕ができたら挑戦してみようと思います。ありがとうございました』
しっかりお礼を言って通話を切る。
『浄化』を使って歯磨きと風呂の代わりとする。
『浄化』が便利すぎて他の一般魔法が霞んでしまう。
実は避妊の為にも『浄化』が使われるのだそうな。
まぁ、そのような事態にはまだなっていないが。
ベッドに横になってすぐに寝てしまった。
自分で思っていたよりもずっと疲れていたようだ。
夢を見た。
またかと思った。
直ぐに夢だと分かった。
明晰夢ってやつだ。
あれは5歳になる前の事だった。
俺には母親がいない。
俺はいないものだと思っていたので疑問にも思っていなかった。
そういうものだという事で決着がついていると思っていた。
だが幼稚園の友達に言われた。
どうしてユウキくんだけお母さんいないの?と。
子供は残酷だと言われる。
善悪の判断無く言いたい事、知りたい事が口を割って出る。
そのことについては友達は悪くないと今の俺は分かっている。
悪いのは教育だ。
テレビの子供の教育番組なんて見てると『仲間外れはどれ?』『Who is the spy?』みたいなことをよく言っていた。
そして果物の中から野菜を弾くように、友達の中からちょっと違う子供を弾いていく。
いじめを無くしたいならまずここから変えろと言いたい。
死、ましてや離婚などという概念の無い俺の世界は揺らいだ。
母親がいないのが普通だった俺の世界に母親がいなくなった理由という未知の部分が隠されていた。
俺にはそれをそのまま親父にぶつける事しか解決の方法を知らなかった。
親父は少し困った顔をして俺に告げる。
母親は遠くにいると。
親父と一緒に暮すことができなかったと。
死も離婚も知らなかった俺にはそう返すしか無かったのだろう。
そして壁に掛けられた一枚の絵を見せられた。
親父はイラストレーターをしている。
絵は親父が描いた物で言わば親父の出世作という作品だった。
『微笑むエルフの女』と名付けられたその絵を俺に見せて親父は、
「お前の母さんだ」と言った。
当時は髪の毛が白銀色して耳の長いその絵を見て『これが?』と思ったものだが、ファンタジー世界についての知識が入って来るにつけて『母親をモデルとしてエルフを描いた物だろう』というのが分かってきた。
その頃はその絵を眺める事が多かったようで親父には後から散々揶揄われた。
「お前はあの絵を見せておけば大人しくしているから手がかからなかった」
だそうだ。
ちぇっ。
親父はあの絵だけはいくら積まれても手放さなかった。
俺もそれに賛成だ。
あの絵には思い出がありすぎる。
親父から話を聞いた翌日、友達に友達の母親の前で親父から聞いた話をしたら友達の母親は何かを察したようでそれ以降、俺の母親の話は話題に上らなかった。
翌朝、目覚めは悪くなかった。
久しぶりのベッドはふかふかでよく眠れたようだ。
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